医学界新聞


わかりあうための思想をわかちあうためのシンポジウム

2007.04.23

 

わかりあうための思想をわかちあうためのシンポジウム

第1回構造構成主義シンポジウム開催


 さる3月11日,早稲田大学(東京都新宿区)において,「わかりあうための思想をわかちあうためのシンポジウム(第1回構造構成主義シンポジウム)」が行われた。構造構成主義は政治,教育,医療などの世界における議論紛糾の種となる信念対立に注目し,それらを解消し新たな道筋を見いだしていくための思想的体系であり,西條剛央氏(日本学術振興会研究員)が提唱したもの。今回のシンポジウムでは,構造構成主義の基盤となる思想を提供した池田清彦氏(早稲田大)をはじめ,思想界,あるいは医療界からも多くの演者が登壇した。


エントロピー/秩序/差異

 開会の挨拶に立った池田清彦氏は,「エントロピー増大は物理学の法則。生命をはじめとしたさまざまな組織は,局所的にその流れを秩序化することによって成立している。しかし局所的な秩序化は必ず,他所のエントロピー増大をもたらす」と述べたうえで,アメリカの政策とテロリズムの関係など,局所的な秩序化と世界全体でのエントロピー増大との関係性を指摘。「本シンポジウムを,秩序化しすぎない,なるべくエントロピーを局所化しない方策を考えるきっかけとしてほしい」と開会の言葉をまとめた。

 また,特別講演に登壇した養老孟司氏(東大名誉教授)は冒頭に政治学者・丸山眞男氏の「日本に思想はない」という言葉を引用したうえで,日本人は「無思想という思想」を持っているという自身の発見について述べた。

 養老氏は環境や情報のあり方,さらには人々の思考のあり方を含めた総体が差異の原理に基づいた「感覚的世界」から離れつつある傾向を指摘。現代社会が同一性一辺倒になることに警鐘を鳴らした。

構造主義科学論からの継承

 続いて池田清彦氏,竹田青嗣氏(早稲田大),西條氏による,信念対立の解消を主題とした鼎談が行われた。構造構成主義は,池田氏の「構造主義科学論」と竹田氏の「現象学」を発展的に体系化した思想体系であることから,最初に,3氏の学問的つながりや,構造構成主義の成り立ちが議論された。その後,西條氏の司会のもと,竹田氏は哲学的観点から,池田氏は「ことば」や「科学理論」の観点から,信念対立の解消につながる議論を交換した。西條氏いわく「全員“フォワードタイプ”」の鼎談は,信念対立の解消へとつながる知的刺激に満ちたものとなった。

医療領域の展開の可能性

 この日,最後のプログラムは「構造構成主義の医療領域への展開」(司会=国立精神・神経センター 川野健治氏)。政治から医療まで,あらゆる領域に適用可能な思想的体系である構造構成主義だが,それがもっとも有効性を発揮すると期待されているのが医療領域であるという。

 その理由について,演者の京極真氏(社会医学技術学院)は,医療現場においては信念対立が生じる場面が多いことと,それが引き起こす影響が大きいことを挙げた。さらに,医療現場における信念対立は「医療者個人内」「医療者・患者間」「医療者間」「医療者・行政官」「医療訴訟」など多様であり,最終的に信念対立は“医療崩壊”を招きうると解説した。

 京極氏は,医療崩壊を回避するためには,信念対立を解消する理路が必要であると強調。それは既存の医療だけでなく,未知の医療に対しても妥当するようなメタ性を備えた原理論が必要であると述べ,そうした条件を満たす理路として,自身が案出したSCHC(Structure―Construction Health Care;構造構成的医療論)を紹介した。京極氏は「SCHCは医療における信念対立を解消する理路を担保することで,信念対立を契機とした医療崩壊を回避する可能性がある」と述べ,講演をまとめた。

 一方NBM(Narative Based Medicine)領域の業績で著名な斎藤清二氏(富山大)は,医師・看護師などの医療職の間で一般的な思考枠組みであるPOSシステムの主観・客観問題に言及。S(subjective;主観情報),O(objective;客観情報)の境界線はどこにあるのか? 客観情報といっても,あくまで観察者の主観ではないのか? と問題提起した。そのうえで,斎藤氏が提唱する人間科学的医学の立場から医学における主観・客観問題を解消する視点について論じた。

 また,看護研究者の立場で登壇した高木廣文氏(東邦大)は,量的研究と質的研究の信念対立の問題を掘り下げた。構造構成主義は,質的研究と量的研究を同時に基礎づけるとされているが,高木氏は,医療領域で量的研究と質的研究の対立構造が生じる場合,何よりエビデンス性ということが論点になることを指摘。「質的研究の科学性を担保するだけでは,エビデンス性を保証するには不十分なのではないか」と問題提起した上で,そのためには質的研究結果の一般化可能性をいかに呈示するかが課題になると述べた。

 休憩を挟んで8時間あまりにわたって行われたシンポジウムでは,医療領域を含んだ,あらゆる人間科学領域を橋渡しするための方策について議論が交わされた。なお,本シンポジウムの模様は来春発行予定の『構造構成主義研究2』(北大路書房)に収録されるほか,弊社刊『看護学雑誌』(今年秋頃発行号)に医療関連の話題が掲載される予定である。

 本シンポジウム主催者である西條剛央氏による連載「研究以前のモンダイ」が,今号より本紙看護号に掲載されます。そちらも合わせてお楽しみください。

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