胆・膵癌診療の現在と未来(田中雅夫,山雄健次)
ガイドラインが紡ぐ診療のコンセンサス
対談・座談会
2007.04.02
【対談】胆・膵癌診療の現在と未来ガイドラインが紡ぐ診療のコンセンサス | |
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近年,画像診断機器の改良によって明瞭な画像が得られるようになり,医師が画像からきちんと診断できるかどうかが治療の方向性を決めるうえでも大きなウエイトを占めるようになった。本紙では,『IPMN/MCN国際診療ガイドライン』の代表著者田中雅夫氏と『画像所見のよみ方と鑑別診断-胆・膵』の編集に携わった山雄健次氏に,胆・膵診療を外科・内科両面から総括していただき,さらに将来像についてもお話しいただいた。
画像診断の現状
山雄 画像診断技術の進歩は著しく,画像診断のあり方は大きく様変わりしたと思います。その一例として,先日,膵臓の病気の方にHDG(hypotonic duodenography:低緊張性十二指腸造影)を行う機会がありました。今のように画像診断技術が発達していない時代にはHDGで診断することがありましたが,今はほとんど顧みられません。私もほとんどしていませんが,する時には「HDGはこうやるんだ!」と後輩たちに怒鳴りながら教えています(笑)。田中 確かにHDGができる先生は,少なくなりましたね。画像診断を胆・膵に限りますと,MDCT(multidetector-row CT)1つで足りてしまうことが多いと認識しています。MRが進んで,ERCP(endoscopic retrograde cholangiopancreatography:内視鏡的逆行性胆管膵管造影)を凌駕……とは,本音では言いたくないのですが,MRCP(magnetic resonance cholangio-pancreatography:磁気共鳴胆管膵管撮像法)が非常にきれいな像をつくるようになりました。これはすごい進歩だったと思います。
山雄 きれいな像をつくれるようになり,以前はERCPが膵疾患診断の中心でしたが,現在はMRCPやMDCTにとって代わられていますね。そうはいってもERCPは,内視鏡的胆管ドレナージや細胞診など,他に譲ることができない長所がありますからこれからも必要な手技ですね。上皮内癌や小さな膵癌の診断は,まだまだERCPでしかできません。ただ,ERCPを行う症例をどのようにセレクションしていくか,というところが難しいですね。
田中 そうですね。膵は,なんといっても膵癌をいかに早く見つけるか,鑑別するかが重要です。これは昔から注目されていて,私も唱えておりますが,「糖尿病を軽く見てはいけない」,「嚢胞がきっかけになることがある」ということです。嚢胞がきっかけとなり,ERCPを行い,上皮内癌が見つかるというのは,すばらしいストーリーです。そのためにはERCPで膵液を採取しなければなりませんからね。
山雄 IPMN(intraductal papillary mucinous neoplasms:膵管内乳頭粘液性腫瘍)や,糖尿病,最近アメリカで注目されている家族性膵癌の家系,遺伝性慢性膵炎などが膵癌の母地になります。これらをセレクションし,ERCP→細胞診→上皮内癌・小膵癌の発見→切除→予後の改善というストーリーはすごくきれいでいいですね。
田中 私は膵癌をどんどん切除しています。しかし膵癌は十数ミリで切除しても再発してしまいます。化学療法が効くようにはなりましたが,最終的には助けることができません。やはりミリ単位で見つけていくことが重要です。そこは内科の先生方の双肩にかかっておりますね。
山雄 ずしりと感じております。膵癌の大きさですが私どもの成績では,2cm以下の切除で,3年生存率が100%,5年生存率で78%です。従来からいわれています2cm以下の小膵癌を見つけることは,予後の改善につながると思います。
田中 2cm以下の膵癌TS1ですと,5年生存率は確かによいのですが,7年経っても再発してくることがあります。繰り返しになりますがやはりミリ単位で見つけないといけません(笑)。
山雄 “やはりミリ”ですか……。頑張ります(笑)。
膵癌の発見では,外科の先生にはお嫌いな方もおられると思いますが,EUS(endoscopic ultrasonography:超音波内視鏡)は,MDCTとともに膵疾患の中心に置くべき検査だと思います。
田中 そうですね。ただ,EUSは,得意・不得意があって,名人の域が必要な検査だろうと思います。以前,ERCPを行うには名人であることが必要だったようにです。EUSも,膵臓に関しては読む力が重要で,個人差がすごく大きなものだと思います。
山雄 検査体系として名人にしかできない検査はいけないと思います。EUSを標準化するために,EUSを積極的に行っている先生方と取り組んでおります。すでに発表し,冊子にもしていまして,これを普及させていきたいと思っています。
それと,日本の医療事情では,1つの病院にすべての検査機器が入っていますが,欧米のように,ある種の検査はセンター化して患者さんを送ってもらい,診断して帰ってもらって,そこで治療を受けていただくというようなことも,考えていかなければいけないでしょうね。
田中 そうですね。特にEUSは,見る目が養われていないと見落としてしまい,鑑別すらできなくなってしまうことが多くあるかと思いますので,少なくともEUSについては“名人”のところで診てもらうほうがいいと思いますね。
山雄 最近では,細胞を採る検査として,EUS下穿刺というものも普及してきました。膵癌も,治療の中心はもちろん手術ですけれども,抗癌剤治療,あるいは放射線と抗癌剤の併用療法も,よく行われています。ニーズも増えていますので,EUSのできる医師を,ぜひたくさん育てていきたいと考えています。
■コンセンサスを把握し,エビデンスの発信を
山雄 『IPMN/MCN国際診療ガイドライン』(医学書院),『膵癌診療ガイドライン』(金原出版)の作成は,従来,私が関わったガイドラインの作り方とは異なっていました。はじめにクリニカル・クエスチョンを挙げ,各委員が文献や専門家の意見をまとめていく。大変でしたがとてもよい経験になりました。同時期に2つのガイドラインをまとめるのは相当ご苦労されたと思いますが。田中 私の研究室には非常に頼りになる山口幸二先生がいまして,手分けをすることができました。主に『膵癌診療ガイドライン』は山口先生にお願いし,私は全体の目配りをしました。『IPMN/MCN国際診療ガイドライン』は私自身が行いました。
『IPMN/MCN国際診療ガイドライン』では,国際チームを結成するまでに執筆陣を絞り込むのに約1年かかってしまいましたが,協力的な人ばかりでその後は順調でした。アウトラインは,2004年に仙台で松野正紀先生が国際膵臓学会を主催された時に,ほぼ完成していました。後は,それぞれの著者に書いてもらう依頼のメールを発信し,どんどん催促して,かなりのスピード進行となりました(笑)。
山雄 先生のメール攻勢がすごくて(笑),短期間ですばらしいまとめをしていただけたと思います。まとめる際,語学の壁もあり,エビデンスが少ないということもあって,苦労されたと思います。
田中 大変でしたが私自身も勉強になりました。イタリアや日本の方にとって,英文を書くのが不得意なのはあたり前のことです。アメリカ人の書く英語はすばらしいのですが,それでも間違いがありました。特に文法の誤りが多くあるということもよくわかりました。
内容についてですが,日本と海外では扱う対象や,画像診断に何を使うかで議論になりました。例えば,EUSは日本中どこでもできますが,世界的にはそう普及していませんので,EUSをメインにもってくることはまだできませんでした。そういった事情を取り入れなければ,“国際ガイドライン”ではなく“日本が作ったガイドライン”になってしまいますので,妥協した部分もありました。また,「画像の多いガイドラインにしてほしい」との要望には,山雄先生からきれいな画像を提供していただき助かりました。
日本でしかできないIPMNのエビデンス発信を
田中 MCN(mucinous cystic neoplasms)は対処の仕方も決まっており,あまり疑問を感じなくてすみます。一方,IPMNは,ガイドラインは出ましたが,概念そのものがそれほど普及していません。そしてガイドラインを読んでいる人たちも,管理についてはまだまだ迷いながらやっている状況だと思います。山雄 IPMNも,日本では大橋計彦先生,高木國夫先生が粘液産生膵癌という名前を提唱され,いくつかの変遷を経てIPMNとなりました。粘液産生膵癌の原点は,乳頭開口部が大きく口を開けて,そこから粘液が排出されること。主膵管に狭窄がないのに,びまん性に非常に拡張していることでしたが,IPMNと名称が変更されてから,粘液のことが忘れ去られてしまったように思います。
アメリカは,ERCPはあまり行われず,IPMN診断の際,EUSで穿刺して,それで粘液か,粘液でないか,あるいは良悪性を診断することが,現実に行われているといいます。
日本で同じことをすると癌が播種するといわれ,ひどく叱られます(笑)。私も,これに関しては絶対に反対で,『IPMN/MCN国際診療ガイドライン』の作成...
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