医学界新聞


カナダのマギル大学附属病院の取り組み

2007.03.26

 

【寄稿】

医療従事者を暴言・暴力から守る
カナダのマギル大学附属病院の取り組み

和田耕治(マギル大学医学部産業保健学/北里大学大学院労働衛生学)


 カナダ東部のモントリオールにあるMcGill大学(以下,マギル大学)は『平静の心』の著者で知られるウィリアム・オスラー医師が卒業した大学である。わが国でも患者またはその関係者からの暴言や暴力は近年課題になっているが,その暴言や暴力から医療従事者を守る取り組みはマギル大学附属病院でも行われている。北米は,犯罪や薬物中毒がわが国よりも多いイメージがあるかもしれないが,モントリオールは北米の中でも治安が良好であり,銃器による犯罪も米国ほど多くない。本稿では,マギル大学附属病院での暴言・暴力への取り組みについて紹介する。

コードホワイト!

 モントリオール総合病院はマギル大学の附属病院の一つでベッド数417床,救急外来も充実したモントリオール市の基幹病院である。暴言・暴力などで医療従事者がなんらかの身体的または心理的な「脅威」を感じた際には「コードホワイト」として担当者に電話連絡をする。なお,コードには10種類があり,例えば,コードブルーは心肺蘇生を意味する。コードの連絡を受けたチームが直ちに(約70%が5分以内),その場に到着する。このチームは主に救急外来の看護師をリーダーとし,4名の医療従事者や看護助手などの職員の5名で構成されている。男性で比較的体格のよい人が多いようだが,女性も参加している。コードホワイトを担当する者は通常は自分の業務をしており,コードホワイト発令とともに現場に急行する。チームメンバーはシフト制で,24時間体制をとっている。

 モントリオール総合病院ではコードホワイトが毎月約100件で,そのうち月平均約2-3件が警察の対応を必要とするものであるが,全体の9割が救急外来と精神科病棟からの依頼である。それゆえ救急外来と精神科病棟で働く職員は,コードホワイトに対応できるよう全員に教育を受けることを義務づけている。

取り組みの3つの視点

 暴言・暴力の対策は,予防,実際の事例への対応,ポストベンションの3つの視点で構成されている。

 予防としては,行動規範に医療機関としての方針と手順を定め,院内に医療機関としていかなる暴言・暴力も許さない(Zero tolerance)という内容のポスターを掲示している。行動規範は,全職員に配布され,病院が安全な職場作りに全力を尽くすこと,一切の暴言・暴力を許さないこと,安全を脅かすような行為に対し,組織として効果的に対応することなどが示されている。

 コードホワイトを依頼する時の基準は,暴言・暴力と考えられる行為に対し,なんらかの「脅威」を感じた場合とされている。その解釈は人によって多少異なるかもしれない。最近はやや安易に依頼されているようなケースもあるとのことであった。

 実際の事例への対応を行うチームのメンバーになるための教育が2日間にわたって行われる。教育プログラムでは,暴言・暴力といった脅威にさらされた時に自分自身がどのように感じるか,相手の反応に対してどのようにして暴言・暴力を回避できるかといったことを学ぶ。さらに腕をつかまれた時に素早く逃げる方法,髪の毛をつかまれた時の対応,暴力をふるった相手をチームで搬送する方法など,相手を傷つけることなく自分を守る方法を実際にロールプレイで行う。

 コードホワイトとして暴れる相手に対応する時には必ずチームとして行動をし,全員が集まるまで待つことが重要である。それは,個人の安全のためでもあり,プロフェッショナルとして行動し,過剰な対応を予防するためである。3か月に一度,警察と医療機関の担当者が会議を行い,警察との十分な協力体制を構築しているとのことであった。

 暴言・暴力の事例の後にはポストベンションとして,加害者,被害を受けた医療従事者,そしてコードホワイトのチーム全員で何が実際に起きたかということを事後に話す機会を持つことで心理的なサポートを行う(Debriefing)。このほかにも医療機関が契約している従業員支援プログラム(Employee Assistant Program: EAP)による電話相談を無料で利用することができる。

わが国での導入にあたって

 マギル大学では,こうした医療従事者を守る活動の利点として,職員の職場への信頼を高めることで士気をあげ,離職も減らす(カナダも看護師不足である)というメリットがあると担当者は述べた。しかし,これらの活動には当然費用がかかる。教育プログラムは,内部のトレーナーの養成に一人数十万円,また教育を受ける職員の人件費などがかかる。さらに,心理的サポートを行うEAPサービスについても年間数十万円の費用を必要とする。コードホワイトの担当者には少ないながらも手当が支払われている。

 冒頭でも述べたように,医療機関における暴言や暴力は,近年わが国でもよく見られる。暴言や暴力に対し,組織として十分に対応できなかったことで被害者やその同僚のモチベーションを下げ,さらには職場や管理者への信頼を失ってしまったことが報告されている。また,警備員を配置するようにした医療機関もある。

 わが国の医療機関ですぐに行える対策としては,対応マニュアルを作成し,職員に周知する(厚生労働省「医療機関における安全管理体制について」(平成18年9月25日)参照),報告があった際に組織として対応がとれるようにする,そして実際にロールプレイを行ってみるということが挙げられる。いうまでもなく普段から患者との良好なコミュニケーションを保つことで暴言や暴力につながらないようにすることは基本であるが,いつ,そして誰が被害にあうかはわからないこうした事例に対して今こそ準備をする時期と考えられる。


和田耕治氏
2000年産業医大医学部卒,04年より北里大大学院,05年よりマギル大産業保健学留学,07年4月より北里大衛生学公衆衛生学助教。著書に,『医療機関における産業保健』(篠原出版新社,2006)。日本産業衛生学会「医療従事者のための産業保健研究会」事務局。日本産業衛生学会専門医,労働衛生コンサルタント。

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