医学界新聞

寄稿

2007.03.19

 

【寄稿】

米国の代替医療とグラント制度

高橋徳(デューク大学教授・消化器外科学)


 代替医療を米国ではCAM(Complementary and Alternative Medicine)と言います。鍼灸,漢方薬,指圧,気功,マッサージ,ヨガ,カイロプラクティックなど,西洋医学の範疇に属さない療法を総称してCAMと呼んでいます。最近これらの治療法が米国人に非常に興味を持たれてきており,成人の半分以上が一度はCAMの治療を受けたことがあると言われております。3年ほど前に,ニューズウィークという週刊誌に代替医療の特集号が掲載され,全米の医療施設における種々のCAM療法の現況が紹介されていました(写真)。

 私の住んでいる,ノースカロライナ州は,ノースカロライナ大学とデューク大学という,全米でもトップレベルの大学病院を抱えています。デューク大学は5年前にIntegrative Medicine(統合診療部)を開設しました。患者の病気を身体・精神,およびその周りのコミュニティとの関連の中で,総合的に見直していこうというコンセプトが基本にあります。そして,西洋医学の枠にとどまらず,その治療に積極的にCAMを取り入れていこうとしています。ノースカロライナ大学は1年ほど前に,韓国からの援助を受けて,鍼のクリニックをオープンしました。テレビでも紹介され,連日多くの患者さんでにぎわっています。

NCCAM主導で進むCAM医療の研究

 こういったCAMに対する米国人の関心の深さと相まって,米国のNIH(National Institute of Health)でCAMの臨床研究および基礎研究を精力的にサポートしていこうという方針が決定され,1998年にNCCAM(National Center for Complementary and Alternative Medicine)という部署が設立されました。設立された当時の予算は5000万ドル(60億円)だったのですが,それが毎年増額され,昨年はおよそ1億2000万ドル(150億円)の予算が計上されております。

 NCCAMの資金で全米の15の大学に種々のCAMのセンターが創設され,それぞれの大学の得意とする分野(例えば,ミネソタ大学;薬物依存,メリーランド大学;関節炎,ミシガン大学;心疾患)でCAM医療の研究が始められました。その研究内容の概要は,CAM医療が本当に効果があるのかというクリニカルトライアルと,いままで神秘的とされてきたCAMのメカニズムに関して,科学のメスをあてようという試みの両者があります。その詳細はホームページ(http://nccam.nih.gov)をご覧ください。

米国から眺めた日本の研究環境への提言

1)厳しくフェアなグラント制度
 NIHのグラントの申請書はsingle spaceで25ページ書く必要があります。その内容は,予備実験のデータ,それに基づいた仮説,その証明のための実験計画などが主となります。もっとも重要なことは,いかにすばらしい誰も思いつかないような仮説を提示できるかということにかかっています。しかも,それが自分の持っているテクノロジーで十分,証明可能であるということをReviewerに納得させる必要があります。この点,通常の論文を書くのとはだいぶ違いがあります。新聞記者が取材をして情報を取捨選択し,新聞記事を書くことと,われわれが実験をしてデータを整理し,論文を書くことは類似しているかもしれません。

 さらに,グラントを書く場合にはデータを整理するのみならず,そこから想像をめぐらし,仮説を考え出さねばなりません。あたかも,新聞記者が何かをモデルにして小説を書けと要求されるようなものです。その結果,極端な例では,立派な論文はいっぱい持っているのにグラントが取れない人や,逆に論文は貧弱なのにグラントは豊富な人が生まれたりもします。しかしながら,この想像をめぐらし仮説を考えだす過程で皆,大変な努力をし勉強しています。このグラント制度のおかげで,思考する能力が自ずから鍛えられていきます。これが米国の研究体制を支える原動力となっています。

 一方,これを評価する査読制度も充実しています。NIHから任命されたReviewerたちは,25ページの申請書を目を皿のようにしてチェックします。小さなミスも見のがしてくれません。ウルトラCを連発しながら,着地もしっかり決めないとよい点が取れないのと同様で,挑戦的な仮説を提示しながら,その裏付けをしっかり取っていくという地道な作業も必要となります。Reviewerがこちらの痛いところや弱味を鋭く突いてくるのには感心させられます。通常,申請後3-4か月で2-3人のReviewerから,10ページ近くにおよぶ膨大なコメントが送られてきます。微に入り細に入りしつこくやりこめられ,自己嫌悪に陥ったり自信を喪失したり……,憂鬱な日々が数日続くことになります。しかしこうやって私は鍛えられてきました。

 Reviewerがそれぞれの申請書に点数をつけ,これを上位から順番に並べ,グラント(向こう5年で約1億5000万円程度)の受給者が決定されます。現在,受給可能ラインは上位12-15%の狭き門となっています。申請書がどこの施設の人間であろうと,あるいは私のように外国の国籍を持っていようと,関係なく純粋にサイエンティフィックな面から評価が下されます。きわめてフェアな決定方法と言えます。

 日本での科研費の申請はこの査読制度に問題がありませんでしょうか? いつまでも,学閥にこだわった,一部の既得権を持った人たちに有利な,非民主的な裁定をしていたのでは,いずれ日本は研究の分野で後進国のレッテルを貼られることになるでしょう。

2)博士号制度
 米国では,MDとPhDを両方持っている人はきわめて稀です。大変高名な人でも,MDのみの肩書きの人がほとんどです。それは,PhDを持っていようといまいと,その後の昇進に関係しないからです。その後の昇進に関係するのは仕事の業績で,肩書きではないのです。

 日本では残念ながら,博士号(PhD)を持っていないと大学教授や大病院の部長や院長になれないと聞いています。このために,本来研究にそれほど興味のない人でも,研究の真似事をしてお茶を濁すことになります。このことが,日本の研究体制の足かせになっていないでしょうか?

3)教授の定年制度
 米国の大学には定年制度はありません。それは,いつまでも研究意欲が旺盛でしかも研究費を調達できる人を,大学が「年だから」といって見限ることはないということです。逆に言えば,研究のアイデアに乏しい人(すなわち,業績のあがらなくなった人)や研究費を調達できなくなった人(グラントが取れなくなった人)は,いくら若い教授といえども,大学に居づらくなります。誰でも定年まで安閑としていられる日本の教授の定年制度は,管理職ならいざ知らず,ことリサーチの分野においては,問題と考えます。


高橋徳氏
1977年神戸大医学部卒。兵庫医大第2外科,ミシガン大消化器内科を経て,2000年デューク大消化器外科助教授。07年より同教授。自律神経と消化管運動がライフワーク。近年は鍼灸と消化管運動の関係の研究も行っている。
 URL=http://www.duke.edu/web/gisurgery/Takahashi.htm

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