米国研修医のポケットの中身(岸本暢将,森雅紀)
EBM時代における情報収集のテクニック
寄稿
2007.03.12
【寄稿】
米国研修医のポケットの中身EBM時代における情報収集のテクニック
岸本暢将(亀田メディカルセンターリウマチ膠原病内科・医長)
森雅紀(ベスイスラエルメディカルセンター内科レジデント)
研修医の皆さん,白衣のポケットには今何が入っていますか? 『メディカルポケットカード プライマリケア』(医学書院,3月刊行)の筆者である岸本暢将氏と森雅紀氏に,アメリカの研修医のポケットの中身をご紹介いただきました。
(編集室)
救急室や外来,病棟や集中治療室を問わず,あらゆる局面でエビデンスに基づいたチーム医療を実践できることは卒後研修の大きな目標である。一方エビデンスとは別に,ベッドサイドの時々刻々の変化に反射的に判断・対応することも,研修医として機能するうえで欠かせない。日々湧き起こる疑問をいかに迅速かつ的確に解決し,いかに即実践できる形でまとめるか。教科書や文献上の知識と臨床現場を結ぶのが白衣のポケットである。卒後研修年数に応じてポケットの中身も変わるが,ポケットのこの役割を認識し,常に中身を磨いておくことで日常診療のパフォーマンスは飛躍的に向上する。EBMが定着してきた現在,文献検索,症例検索など日々情報の取得に追われる中で,研修医たちは効率よく必要な情報を得るためにどのような工夫をしているのか,以下ご紹介したい。
1.各種マニュアル本
5年前はワシントンマニュアルやDr. FerryのThe Care of The Medical Patientなど,比較的詳しく情報が載っている大きめのマニュアルが研修医のポケットに入っていた。しかしUpToDateやMDConsultなど,すぐアクセスでき,詳しく,最新の情報が得られるWeb上の教科書の普及に伴い,ポケットに入るマニュアル本は比較的小さく,詳細がコンパクトにまとまったものを使う研修医が多くなった。以下代表的なものをいくつかご紹介する。◆Pocket Medicine:The Massachusetts General Hospital Handbook of Internal Medicine
特に卒後1年目の研修医にとって,1冊のマニュアル本の内容を血肉化することは非常に重要である。筆者の勤務する病院では,本書はここ数年で急速に人気を集め,研修医ほぼ全員が携帯するほどになっている。文章の羅列が専らな他のマニュアル本と異なり,1ページ1テーマを基本に箇条書きの説明や表,アルゴリズムが多用され,エビデンスに基づいたcommon diseaseに対するアプローチが必要十分にまとめられている。回診中やカンファレンス中に得た知識の整理・統合に最適。教科書は大きく,文献検索に当たる時間も乏しかった研修医時代にこの手の本をポケットに入れておけば,知識がよりオーガナイズされただけでなく,超多忙な臨床現場においてもエビデンスに目が開かれたことと思われる。
◆Internal Medicine: Handbook for Clinicians
Stanford大学医学部から出たガイド。上記同様コンパクトにまとまっており愛用者も多い。
◆Sanford Guide「熱病」
言わずと知れたポケットサイズの抗菌薬治療ガイド。日本では保険の関係もあり抗菌薬の投与量も間隔も「熱病」通りにはいかないが,米国では本書通りに使用できるため曖昧さがない。
2.ポケットカード
各分野の最重要事項のみを一目でわかるように記載したポケットカードは,日々遭遇するルーチンの問題や瞬時の対応が求められる状況において大変役に立つ。即戦力的な情報の集成がマニュアル本にない強み。◆Maxwell Quick Medical Reference
医学生や初期研修医にとっての必需品。ACLSのアルゴリズム,心電図の読み方,検査の正常値,薬剤の血中濃度,臨床でよく使う計算式,各種カルテの書き方,問診・身体所見の取り方,意識状態の評価やデルマトームを含めた神経学所見などが,非常に簡潔にまとまっている。研修開始後数か月以内にマスターしてしまうような内容が大部分だが,カード本来の簡便性・耐久性を備えつつ,後期研修医の要求にも耐えうるポケットカードがあれば,その有用性は計り知れない。
◆病院独自の各種ポケットカード
筆者の病院では急性冠症候群やうっ血性心不全,脳梗塞に対する対応法のほか,tPAの禁忌のリストやNIH stroke scaleの表をまとめたカードが配られ,院内での初期治療の標準化が進められている。その他,院内の抗菌薬感受性の表や,ヘパリン静注点滴の調節表,電解質異常の補正法や集中治療室での点滴静注薬のオーダー表などが,各自のPDAや手帳に収められている。
3.PDA
薬や患者さんの情報だけでなく,計算機やメモ帳,住所録やカレンダーなど多機能を備えたPDAは今や研修医にとって必須のアイテム。◆Epocrates
医薬品集のPDA版。多くの研修医がPDAを購入する第一の目的がこのEpocratesだといっても過言ではない。無料でダウンロードできる。小型の医薬品集である“Pharmacopea”等より短時間で調べられるうえ,薬の投与量(成人・小児別,肝・腎機能不全時の投与量)や副作用,禁忌や薬物相互作用から,コストやメカニズム,催奇形性のリスクまでが秒単位で検索できる。日本でも『今日の治療薬』や『治療薬マニュアル』がPDAで使用可能。
◆研修医マニュアル
各医学部が独自に作成したPDA版の研修医マニュアルをダウンロードしている研修医も多い。
◆個人のマニュアル・メモ
マニュアル本を理解するだけではすぐに実践・指導につなげられないことも多い。マニュアル本や教科書を基礎に,日々の指導医回診やレクチャーで得た知識の断片や文献のまとめ,さらにはUpToDateなどで勉強したことをことごとくメモの形でPDAに入れておく。ノート・メモ帳のようにかさばらず,いつでも携帯でき,メモの追加,削除,編集も容易にできる。知識を常にアウトプットできる形にまとめた自分なりのメモは,臨床現場の第一線に立つ初期研修医だけでなく,回診を率いる指導医や後期研修医にとっても意思決定や教育の内容を根拠付けるものとして大きな威力を発揮する。
◆計算機・計算式のソフト
特にクレアチニンクリアランスやFENaは1日に何度も計算するので,計算機は必須。MedMathやMedCalcなど無料でダウンロードできる計算ソフトで前者は上記Epocratesに付随している。
4.その他の備品
・ペンライト(眼底鏡),打鍵器,カリパス等のメジャー,各患者さんの診察後に聴診器を拭くアルコール綿なども必需品。・小型の手帳や蛍光ペンはTo do listをオーガナイズし優先順位を付ける助けとなる。
・スナック菓子を忍ばせておけば食事が取れない時の低血糖に役立つ。
5.情報収集
研修プログラム側もすぐにベッドサイドで応用できる知識を日々発信している。毎日昼食時は,各科の指導医によりエビデンスに基づいたレクチャーが行われる。日々のmorning reportや卒後1年目の研修医のみを対象にしたインターンコアレクチャー,週1回のMortality & Morbidityカンファレンスでは各症例に対しエビデンスに基づいた吟味が加えられ,プログラムディレクターやチーフレジデントを含む参加者全員でディスカッションが行われる。また各分野の第一人者による週1回のGrand Roundsでは最先端の臨床上の知見を学ぶことができる。これら豊富なレクチャーやカンファレンスの内容が病院中のコンピュータに保存され,どこからでも取り出せる。また,病院のコンピュータからは過去40年のMedlineから文献を検索できるほか,New England Journal of MedicineやJAMAから常に文献を検索できるようになっている。これらは,ACC/AHAガイドラインなど各科のガイドラインやUpToDateとともに研修医に広く活用されている。外来研修中は文献検索や批判的吟味の方法に対する指導が集中的になされ,毎日それに基づいた発表が研修医により行われる。1年目に比べ病棟で時間に余裕の取れる2・3年目の研修医は,回診中に答えられなかった疑問に対する文献を検索することで,実践的な文献検索力を高め,日々の教育に還元することができる。
目の前の患者さんの苦しみに,迅速かつ適切に,誠を尽くして対処することが臨床医の第一義である。臨床現場ではこの判断力・反射神経を鍛え,日々の疑問はエビデンスに基づいて解決する。精力的に両者を磨くうえで,ポケットの中身がその連結の強度を左右し,日々のパフォーマンスに大きな影響を及ぼすことは論をまたない。
岸本暢将氏
2001年よりハワイ大にて内科研修。04年よりニューヨーク大-Hospital for Joint Diseaseにてリウマチ科研修,06年より現職。米国内科専門医,米国リウマチ膠原病科専門医。米国リウマチ学会賞(Distinguished Fellow Award)受賞。『米国式症例プレゼンテーションが劇的に上手くなる方法』『アメリカ臨床留学大作戦』(ともに羊土社)『WM(ワシントンマニュアル)リウマチ科コンサルト』(メディカル・サイエンス・インターナショナル)など著書多数。 |
森雅紀氏
2002年京大医学部卒。沖縄県立中部病院にて内科初期研修を修了後,04年からニューヨーク・ベスイスラエルメディカルセンターにて内科研修を開始。現在3年目のレジデント。 |
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