医学界新聞

2007.02.19

 

MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内


統合失調症の薬物治療アルゴリズム

精神科薬物療法研究会 編
林田 雅希,佐藤 光源,樋口 輝彦 責任編集

《評 者》中村 純(産業医大教授・精神医学)

精神科薬物療法の標準を提示

 精神医療の分野においても世界的な潮流となった科学的根拠に基づいた医療(EBM:evidence-based medicine)の実践が求められ,1993年に国際的なThe International Psychopharmacology Algorithm Project(IPAP)が組織され,そのIPAPのアルゴリズムを参考にして,わが国においても国内の臨床研究の成果を取り入れた日本語版アルゴリズム『精神分裂病と気分障害の治療手順』(精神科薬物療法研究会編,星和書店)が1998年に刊行された。この時期に家族会などの要請を受けて精神分裂病は統合失調症に病名呼称の変更があり,1996年にはリスペリドン,2000年にはオランザピン,クエチアピン,ペロスピロンなどの第二世代抗精神病薬が臨床に導入され,統合失調症の薬物療法には大きな変化が起こった。このことは,統合失調症の認知症状や陰性症状などに対する精神科医の関心の高まりを生み,精神科リハビリテーションの早期導入への関心など,統合失調症治療に対する大きな変革に繋がってきた。そして,新規抗精神病薬は統合失調症治療に対する第1選択薬となってきた。

 このような背景から今回,精神科薬物療法研究会から『統合失調症の薬物治療アルゴリズム』の改訂版が発刊されたことは時宜を得たことと思われる。残念ながらわが国の精神科薬物療法は,欧米はもとよりアジア諸国よりも今なお新薬導入が遅れており,多剤大量療法は諸外国からも批判されているのが現状である。そこで本書のように研究会として標準的な精神科薬物療法を提示することは多くの精神科医にとって重要と思われる。

 米国精神医学会のガイドラインでは,薬物療法の実行上の要約,治療計画の系統的説明,治療状況の選択,疾患の定義・疫学,利用可能なエビデンスの再考と統合,将来の研究方向などを示しているが,本書では,急性期,維持期,慢性期の陰性症状,治療抵抗性精神病などそれぞれの病相時期,重症度に分けてアルゴリズムを示している点が特徴である。統合失調症は長期間の治療を要する疾患であり,それぞれの時期に応じたわが国における薬物療法のスタンダードを示すことは重要と思われる。次いで,本書では抗精神病薬の副作用に対するアルゴリズムを示しているが,特に今後使用頻度が増加する第二世代抗精神病薬による副作用として懸念される体重増加,高脂血症,糖尿病などに対する治療アルゴリズムを第一に示しているのは参考になると思われる。次に従来からの抗精神病薬で起こる悪性症候群や錐体外路症状などに対する治療アルゴリズム,最後に抗精神病薬の作用機序がまとめられている。

 ところで,わが国では今なおプラセボを用いた抗精神病薬の二重盲検試験がなされておらず,臨床治験によるエビデンスが不十分であることも事実である。その意味で本書に示されたアルゴリズムは諸外国の文献を中心にまとめられており,更に,わが国で開発されたアリピプラゾールが2006年になってようやく諸外国から遅れて導入されたこともあって,第二世代抗精神病薬の使い分けの紹介まではできていないのは残念である。

 このようなアルゴリズムは米国,イギリス,カナダなどでも既に何回も発表されており,わが国で使用できる薬物の状況に応じた日本人に対する独自のアルゴリズムを作成し,公表することは精神医療全体のレベルを向上させるためにも重要と考えられる。その意味では多くの精神科医に本書を読んでいただくことを勧めたい。今後はこの数年間のエビデンスを含めた治療アルゴリズムを確立して,数年ごとに本書を改訂していく必要があると思われる。そして,これらのアルゴリズムを参考にして,個々の患者の病像に応じたナラティブな薬物療法がなされなければならないと考えている。

B5・頁136 定価3,675円(税5%込)医学書院


高次脳機能障害ハンドブック
診断・評価から自立支援まで

中島 八十一,寺島 彰 編

《評 者》岩田 誠(東女医大脳神経センター教授・神経内科学)

高次脳機能障害の支援に携わるすべての人に

 書評の存在理由は大きく分けて二つあると思う。一つは純粋な批評あるいは評論であり,その書評の対象となる書物の内容に対する評者の意見,評価,感想を率直に述べたものである。これは書物の著者と評者との一種の論争であり,読者はそれを読んで,対象となる書物の扱っているテーマに対する自らの見解を改めて認識することになる。書評の本来の姿は,このようなことを目論んだものであろうが,今日,医学書に対する書評がこのような視点から書かれることは稀である。現在,書評に課せられるもう一つの意義は,読者がそれを読んで,書評の対象となった書物を買うか買わないかの判断材料とするための批判あるいは推奨ではないだろうか。評者自身が書評の読者となる場合にも,主として後者のタイプの書評を期待しており,書評を読むことによって,その書物を購入するかどうかを決めていることが多い。

 さて,この書評の対象となっている書物が取り扱っているのは,行政用語としての「高次脳機能障害」である。昔から使用されてきた高次脳機能障害の古典的中核病態は,失語,失行,失認であったが,これらの比較的捉えやすい病態を有する人々とは異なり,主に記憶障害,注意障害,遂行機能障害および社会的行動障害などを有する人々の能力障害は,しばしば表面的には捉えがたく,一見健常者との区別がつきにくい。このため,これらの障害を有する人々は,家庭や職場において社会的不利益を受けやすいのにも関わらず,長らく障害認定や福祉サービスの枠外に置かれてきた。ようやく2001年になり,本書の編者らが中心となって,そのような人々に対する厚生労働省の支援モデル事業が始められ,「高次脳機能障害」を有する人々の実態が明らかにされると同時に,そのリハビリテーションや生活指導,職業訓練への試みが始められたのである。

 そのような模索の時期を経て生まれてきた本書には,「高次脳機能障害」とはいかなるものか,どのようにしてこれを診断,あるいは評価するのか,それに対してどのようなリハビリテーションをいかにして行っていくのか,どのようにして社会復帰,職業復帰を図っていくのか,またそのためにはどのような福祉サービスをどうすれば受けられるのか,その法的な根拠は何処にあるのかといった問題,さらには,このような「高次脳機能障害者」の家族をいかにして支援していったらよいのか,また社会的なサポートネットワークがいかにして構築されていくべきか,といった実にさまざまな問題が詳細に記述されている。

 その意味で評者は,本書が現在行政的「高次脳機能障害」の支援に携わっている人々のみならず,将来このような障害に対して何らかの形で関わっていくであろう人々にとって必読のマニュアルである,と申し上げたい。本書は購入するに値する書物であり,さまざまな分野の方々が,さまざまな読み方で本書を役立てていただくことを願っている。

B5・頁288 定価4,410円(税5%込)医学書院


暴力被害者と出会うあなたへ
DVと看護

友田 尋子 著

《評 者》山田 真由美(前マサチューセッツ総合病院ドメスティックバイオレンスプログラムスタッフ)

医療現場におけるDV被害者支援の入門書

 「ドメスティックバイオレンス(以下,DV)は健康問題である」。長年にわたり医療・福祉の現場で,DVと子どもの虐待問題に取り組んできた著者は訴える。『暴力被害者と出会うあなたへ-DVと看護』は,その著者が,医療従事者として,看護教育に携わる教育者として,そして一人の人間として,DV問題を見つめ,教育・啓発活動に取り組み培ってきたその経験と知恵を一冊の書にまとめたものである。

 立ち遅れる医療現場でのDV被害者へのケアが少しずつ問題視されはじめた昨今,本書では,「DVとはなんなのか?」「心身にどんな影響があるのか?」「ではいったい医療の現場ではなにをどうすればいいのか?」そんな疑問や「DV被害者ケアに関する漠然とした不安」などについてていねいに説明されている。さらには,実際のDV被害者援助の過程,具体的な方法,事例検討など,医療現場におけるDV支援について細部にわたって示されており,本書は,DV入門書としてまたDV被害者ケアについてのアドバンスな手引き書として,活用していただきたい内容である。

 本書で特筆すべきなのは,看護に従事するものの視点から書かれているという点であろう。看護師は通常,医師より患者に接する時間が長い。特に日本の医療の特徴として,看護師が患者の心身のケアを統括してマネージしているケースが多い。であるからこそ著者は,「一足とびに具体的な援助を,ではなく(DVの)概念を学ぶ重要性」(頁55)を訴える。DVは社会の複雑な権力構造・文化構造に密接に関連する社会問題であるため,援助者の無理解は問題を悪化させる危険性を,そして,日常ケアのなかで被害に気づき支援する体制の重要性を説いている。さらには,看護師が社会権力構造のなかで被害者であり続けた長い歴史に言及し,日本では立ち遅れている看護者の人権保護,看護者がケアを通じて間接的に受けるトラウマ(二次トラウマ)についても説明している。この「看護者も患者と同じくまた人権をもつ」という概念なしには,DV問題に取り組むうえで大変重要である個人の尊重,被害者・援助者双方のエンパワーメントという真の意味での“被害者支援”は成し遂げられないであろう。

 本書は,単なるマニュアル本ではない。本書に読み取れる,著者の,DV問題,そして患者・被害者の援助ケアに対する姿勢には,暴力のないよりよい社会の実現へと努力を惜しまない著者のミッション(使命)ともいうべき志が感じられる。本書は,医療従事者としてそして一人の人間として,どのようにDV問題に取り組んでいくべきなのかを読者一人ひとりに問いかけている書でもある。今日もまた,DV被害者に遭遇しているかもしれないより多くの医療に携わる人々が,この書を手に取り,DVへの問題意識を新たにし,よりよい社会実現に向けての一歩を踏み出すことを願ってやまない。

A5・頁156 定価2,100円(税5%込)医学書院


在宅酸素療法マニュアル
新しいチーム医療を目指して 第2版

木田 厚瑞 著

《評 者》飛田 渉(東北大保健管理センター所長)

在宅医療全般に当てはまる在宅酸素療法の必読書

 在宅酸素療法(Home oxygen therapy, HOT)は,1985年に保険適用になって20年を迎えました。わが国における在宅医療のパイオニア的役割を果たしてきたと言っても過言ではありません。この間,HOTは大きな変貌を遂げてきているのも確かです。基礎疾患が大きく変わっているのもその理由の1つです。HOT患者は初め肺結核後遺症が全体の約3割を占めていたのが漸減し,間質性肺炎や肺癌のHOT患者が増加してきております。新たに睡眠呼吸障害を伴う心不全にHOTが適応となりました。一方では,HOT患者の高齢化も起こっております。当初,平均年齢は63歳でした。それが今や70歳を越えています。さらに社会環境の変化に伴い,HOT患者においても例外なく核家族化が進んだだけでなく,独居患者も増加しています。このような背景にあって,HOTの今後のあり方がきわめて重要な課題になっています。

 本書の著者,木田厚瑞氏はわが国の呼吸病学の第一人者であり,呼吸器疾患患者のリハビリテーションに関する臨床研究を一貫してなさってきました。特に,呼吸器病の治療にはチーム医療による包括的なアプローチが必要であると,「包括的呼吸リハビリテーション」のプログラムを提唱しました。1995年のことです。これを契機にわが国において,チーム医療による呼吸ハビリテーションが多くの医療施設に導入されるようになりました。

 本書は木田氏が1997年に発刊した『在宅酸素療法マニュアル』の初版を加筆修正し,第2版としてまとめられたものです。初版後の9年間においてわが国のHOT医療が大きく変貌してきたことを踏まえ,HOTのこれまでの歩みはもちろん,HOTに関する新しい知見にとどまらず,現在あるいは今後さらに問題になると思われるHOTのチーム医療や包括的リハビリテーションにおける位置づけ,さらにはHOTを軸とした医療連携のあり方や医療倫理とインフォームドコンセントに関することがわかりやすくまとめられています。

 最終章では,将来への課題についても触れられています。また,章立てがクリアでどこから読んでも理解しやすいように工夫されており,重要なポイントにおいては「NOTE」として補足説明がなされています。図表や引用論文も多いことにも魅かれます。限られたスペースの中に豊富な内容を体系づけて,しかも簡潔にまとめられています。これは木田氏が呼吸器病患者を専門に診療の第一線で永年活躍された後に,大学の医学部に移って得られた豊富な経験をもとに,本書が第2版として再構築されたからだと思われます。

 本書を一読すれば,その内容が決してHOTにとどまるものでなく,在宅医療全般に当てはまる内容であることがご理解いただけることでしょう。HOTを軸に,読者にチーム医療としての在宅医療について考える機会を与えることが木田氏の狙いではなかったかと思われます。一般臨床医,看護師,理学療法士,薬剤師,栄養士,保健師など,医療従事者のみならず医療機器担当者や在宅医療行政に携わっている方々,そしてこれから在宅医療を学ぶ研修医や医療系学生にとっては必読の書です。

A5・頁360 定価4,515円(税5%込)医学書院


統合失調症を理解する
彼らの生きる世界と精神科リハビリテーション

広沢 正孝 著

《評 者》加藤 敏(自治医大教授・精神医学)

統合失調症患者の行動特性を周到に論じた者

 今日,統合失調症の病態をめぐり分子生物学,神経心理学,脳画像などさまざまな最新のアプローチにより多くの生物学的知見が出されている。しかし残念ながら,統合失調症の病因を特定し,確定診断に資するような決定的な知見は得られていない。遺伝子レベルの病因について言うと,大方の一致をみているのは,統合失調症は単一遺伝子病ではなく,多数の遺伝子によって重層決定される多遺伝子病(polygenic disease)だということである。

 ごく最近のヒトゲノムの解析研究の最前線からは,健常者におけるDNAの構造的変異が(せいぜい1パーセントという)当初の見込みとは裏腹に,かなりの程度に見られるという「人間の多様性に関する驚くべき結論」(Nature vol.435, 2005)が出され,もはやヒトゲノムの標準版はないと明言する学者もいる。この知見は統合失調症の病因を特定の遺伝子異常に帰すことの限界を示唆する。

 また一卵性遺伝子での遺伝子発現に関わる調節部位(エピジュノム)の研究において,双生児の年齢が上がるにつれ,あるいは生活環境の違いが大きいほど,エピジェノムの分子の不一致度が増加することが明らかにされている。この知見は,統合失調症の発病過程,および経過を考えるうえで,心理社会的因子が大きな役割を果たしていることの傍証となる。要するに,こう言ってよければDNAの「二重らせん」に環境のらせんがからむ「三重らせん」が,統合失調症の病因研究,治療法の洗練に要請される今日的なパラダイムといえるだろう。こうして,統合失調症の病態理解において,生物学的アプローチと並び,社会精神医学を含む広義の精神病理学的アプローチの重要性があらためて浮上してきているのが現代の動向だと思われる。

 わが国は国際的にみて,ドイツ,フランスと並び,精神病理学的見地からの統合失調症の病態理解において,質の高い研究を出している有数の国といって間違いない。本書はそうした日本の精神病理学の伝統に立脚しつつ,著者の日々の臨床経験に根ざして統合失調症を持つ患者の行動特性を周到に論じた著作である。「嘘のつき方が下手である」,「他人との諍いを嫌がる」など平易な言葉で,彼(彼女)らが文字通り「渡る世間は鬼ばかり」の世俗社会で生活するうえで直面するであろうさまざまな困難の内実がわかりやすく語られる。そして最後に,「マイナーな生き方が得意な」「巧みな少数者」であると統合失調症をもつ人々のポジティブな面にも眼が向けられる。精神科リハビリテーションに携わるコメディカル,医師の方々をはじめ,多くの方々にご一読していただきたい統合失調症理解のための指南書である。彼(彼女)らを首尾よく共同社会に錨を下ろせるようきめ細やかな指針をだして,リハビリテーションを実際に進めるうえでも大いに参考になる。

 正常規範の規格化が進化する現代において,もっぱら統合失調症の「欠陥」,「障害」が強調される機運が強まっているわけだが,彼らの元来,繊細・鋭敏で,慎ましやかな優しい感性を尊重する態度を堅持することが望まれる。例えば世俗社会,また邪悪な大人の虚偽を直観的に見て取る彼らの透徹した精神,また親,治療者に対して「献身的な治療者」(HFサールズ)の役割を引き受けようとする心優しい態度を秘めていることも忘れてならないだろう。

B5・頁200 定価2,940円(税5%込)医学書院

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