医師の頭はイシアタマ?(尾藤誠司,名郷直樹)
医療コミュニケーションの突破口
対談・座談会
2007.02.12
【対談】医師の頭はイシアタマ?医療コミュニケーションの突破口 |
名郷直樹氏 (地域医療振興協会 地域医療研修センター・センター長) 尾藤誠司氏 (国立病院機構本部 医療部研究課 臨床研究推進室長) |
Evidence-based Medicine(EBM:根拠に基づく医療)は瞬く間に日本を席巻し,医療界をEBM一色に染めた。EBMでは医療の効果と同時に限界も提示することになるため,患者の価値観も重視される。パターナリスティックであった従来の医療は見直しを迫られ,医師-患者関係にも変化が生じてきた。
医師と患者がともに考え最善の選択を探すうえでの大きな問題は,医師特有の思考にあるのではないか? 「健康」に関する一般的な考えは多様で漠然としているにも関わらず,医師の中では一様で明確なものになっていないか? そんな観点から医師-患者関係を考えた『医師アタマ-医師と患者はなぜすれ違うのか?』がこのたび発刊される。編者の尾藤誠司氏と共同執筆者の1人である名郷直樹氏の対談により,「医師の論理に凝り固まってしまった頭」を解きほぐし,個々の患者に有益な医療を提供するために必要なことを考えてみた。
世の中にはびこる「医師アタマ」
尾藤 本日はわれわれが作った造語である「医師アタマ」なるものについて紙上対談の機会を与えていただき,ありがとうございます。さて,さっそくですが「医師アタマ」についてごく簡単に説明したいと思います。医師アタマ,それは「世界は正しいことと間違ったことで成り立っている」という前提,そして「あなたにとっても,私にとっても正しいことは正しい」という前提で医療があることの不自然さ,また,その不自然さに対してわれわれ医師はイマジネーションを閉ざしがちなのではないか,ということについてのイメージを指しています。“患者と医師の間には深くて大きな河が流れている”と言われていますが,患者と医師に起こるディスコミュニケーションは,河というよりもむしろ医師という一定の文脈を持った集団が「医師アタマ」という堀を造っていることにその原因があるのではないか,ということです。名郷 医療は,皆にとって役に立つからこそ進歩してきました。そこで積み重ねられた考え方が,医師特有の思考回路や共通認識を作り上げ,医師アタマを育ててきたわけですね。もちろん医師アタマには後で述べるようによい面もあるので否定すべきものではありませんが。
尾藤 今まではそういう考え方が正常といいますか,当たり前だったので気づかなかった。気づいたきっかけは,「この世には白か黒しかない」という医師の認識の世界に対して,EBMが「いや,純粋な白や黒こそない。灰色の情報の中でどれだけ患者さんの利益を査定し,最善の方法を選択することこそ医療にとって大切なことである」と呈示したことです。このことはEBMに取り組まれた多くの人が気づいていると思います。
もう1つ,これまで医師をやってきて当然と思っていた「正しい」「間違っている」とされるものが,AさんにとってもBさんにとっても一様に正しく,一様に間違っているのかと考えると,だんだん腑に落ちないことが出てきました。
名郷 そうそう。医師の中の共通認識というか価値感で患者さんに「この薬は○○を30%も下げるんですよ」と言ったら,「え? 30%しか下がらないんですか?」と。いま振り返ってみると,医療が役立つという社会のお約束の上に医師が乗っかるか,乗っからないか。ひょっとしたら医療は役に立たないかもしれないと,一歩引いて外から見た時に,医師特有の思考とその問題点が見えた感じがします。医師の考え方の基盤となっている医療の社会性や体制を医師アタマと認識すると,わかりやすいと思います。
尾藤 そうですね。それがもっとも顕著に現れるのがコミュニケーションです。すべての人が同じように考えるなら,コミュニケーションの断絶は起きない。「3人に1人は効く」という情報がAさんにもBさんにも同じような因子と価値を持てば,そこにはコミュニケーションの問題は現れないでしょう。しかし,医師以外の人たちの情報の受け取り方はさまざまで,そのうえ漠然としたものです。一方,医師は同じように情報を受け取り,同じように価値を付けます。なぜなら医師アタマですから(笑)。
名郷 患者さんの中には,「死んでもいい」と言って,がんが見つかっても治療を拒否する患者さんがいます。多くの医師はそうした患者さんを受け入れることができません。しかし患者さんのほうでは,そのがんを受け入れて何も治療しないで静かに死を迎えることもできます。そういう患者さんのことをどのように考えたらよいのか。
治療しないという選択肢は,確かにあるのですが,いつも片隅に追いやられています。医師アタマの決定的な問題は,いつも治療したほうがいいという前提から始まり,患者さんもその中に取り込まれていること。医師の側の基盤に乗せられていて,患者さんの側も「長生きしたい」「薬を飲みたい」と言い,どんどん取り込まれていく。そして,早期がんが見つかり治療を拒否する人がいると,「変な人だなぁ」と思い,逆に王監督のように早期がんが見つかり胃を全摘すると,「病気と闘って立派な人だなぁ」と思う王道が前提になっています。
ただ,それは無理もなくて,医療がそういう考え方を正しいとしないと,自分たちの存在意義がなくなるので,あたり前といえばあたり前の構造になっていますが,そういうものが医師アタマと言えます(笑)。
尾藤 そうですね。五体満足で長生きすることを,健康の究極の目的だとすると,医療や医学の発達は,どんどん不幸を呼んでいる可能性はありますね。医療の情報やテクノロジーがまったくなかったら,おそらく病気は存在していないわけです。数十年前までは,皆,老衰で亡くなっていました。いまは老衰で亡くなる人はほとんどいません。実際に病気が増えたわけではないのですが,医師アタマで考えると,これは病気が増えたことになるでしょう。
病気が見つかるようになり,そこで診断や治療をするようになって,さらに「放っておくと大変なことになりますよ」「早く病気をみつけて早く治さないといけませんよ」ということが詳細にわかるようになってきた。「一方,病気に関する情報は一般的に「危険」などの負の情報なわけですから,そうなればなるほど,医療は,負の部分ばかりを扱うことになります。「医療でハッピー」「医療でしあわせ」「医療で気持ちいい」なんてことは,普通ありえないんですよ。
名郷 ここ10年ほどでいろいろなテクノロジーが発達したにも関わらず,皆がだんだん不健康な状態へ追いやられていることの謎解きにもなると思います。テクノロジーなんて発達しなきゃいいのかとなると,それも無理な話ですが(笑)。
■なぜ医師は「医師アタマ」になるのか?
理系のアタマの使い方
尾藤 なぜ医師は医師アタマになっていくのか,これは教育の話につながります。医師は医師として育っていく中で医師アタマになっていきます。もともと医師アタマなやつが医師になるのか,それとも普通のアタマだったのに,知らないうちに医師アタマになっているのか,と考えると,医師アタマには,理系のほうがなりやすいと私は踏んでいます。名郷 確かに。某大学医学部でEBMの講義をした時,私としてはEBMのステップ4*1“患者さんへの適応”について,「判断に困ることがたくさんあるよね。ここで考えるのが,臨床医の仕事だよね」ということを強調して話したのですが,後で出てきた質問の多くは「95%の信頼区間の説明は,ちょっとおかしくないですか?」とか統計学のことだけなんですよ。これはヤバイなぁと思いました。
尾藤 ヤバイですね。そこは,心の琴線の引っかかり度だと思います。ステップ4で,「いろいろあるけど,こうだよね」と言った時に,患者さんよりも治療の根拠となる数値を追ってしまう。数値自体は揺らぎませんから。
名郷 でも医師アタマでいるほうが楽ですよね。例えば肺炎診断と治療について考える時,常に正しい数字と間違った数字,正しい選択と間違った選択,大事なものと大事でないもの,急ぐべきものと急がなくていいものということで対応していれば楽だし,数をこなせます(笑)。
尾藤 そう。医師アタマで対応したほうが悩みもないし,カンファレンスで「先生は何をやっているの?」と言われることもないんですよ。「急性膵炎でしたけど帰宅させました」と言ったら,ひどく怒られますよね。その逆もあるでしょう。要するに,両極端なんです。医師アタマでいたほうが,医師の中では褒められる。ただ,はたしてそれが,1人の患者さんに対峙する1人の医師として振り返った時に,妥当な医療なのか? 多くの場合は妥当なのかもしれませんが,あまりにも医師が考える共通の価値観すなわち正義が,医師の中にクリアにありすぎるために,かえって患者にとっての不幸を生んでいることもあるのではないでしょうか。
名郷 実は,その場では不幸を生んでいないと思います。その場の利害は医師と患者さんで一致していて,「お腹が痛いのは,膵臓に炎症があって,そこから膵液が腹の中に染み出ていて…,このままでは死にますよ」なんて言われたら,患者さんは「どんどん検査をしてください」「ちゃんと治療してください」となりますよね。
尾藤 しかも医師アタマ的なテーゼに基づいて診断・治療した医師というのは,優秀であるし褒められる...
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