医学界新聞

寄稿

2007.01.22

  【寄稿】
イチロー君,スペインでも大活躍

高階經和(臨床心臓病学教育研究会理事長)


 私がプロジェクト・リーダーとして研究開発した心臓病患者シミュレータ「イチロー」(英文名:Simulator“K”)の研究論文が“CARDIOLOGY”(Vol. 88, No. 5., 1997)に発表されてから9年。イチローは,わが国のほとんどの大学医学部や医科大学に導入されるまでになった。

 昨年(2006年),スペインのバルセロナ大とマドリッド医大にもイチローが数台が導入されることになり,本プロジェクトのリーダーである私に対し,臨床医学指導者への研修を行ってほしい旨,依頼があった。マドリッド医大付属メナリニ医学教育研究所のドクター・ホルディ・アバド(Dr. Jordi Abad Sala)からの依頼を受けたのが7月はじめであり,3か月後にはスペインへと旅立つこととなった。

バルセロナへの旅

 10月7日正午に関西国際空港からエア・フランス251便で発ち,11時間50分後にパリ・シャルル・ドゴール空港に到着した。トランジットに約3時間を費やした後,パリを飛び発ったエア・フランスの機窓を通して,眼下に広がる宝石を散りばめたようなパリの街の明かり,優雅な曲線を描いてライトアップされたエッフェル塔の美しさに思わず見とれてしまった。1時間20分後にバルセロナ国際空港に到着した。

 空港でつかまえたタクシーの運転手はほとんど英語がわからない。乗ったときの「セナトール・ホテル,ポルファボーレ」(セナトールホテルまでお願いします),「シー・セニョール」(はい。旦那様),降りて料金を支払ったときの「グラシアス・ボエナス・ノチェス・セニョール」(有難う。お休みなさい,旦那様)といった挨拶が,彼と話した会話だった。

 翌朝の10月8日は日曜日。スペインでは店舗をはじめ,あらゆる営業が休みのようだ。午後にはやや時差も取れたので,ホテルからタクシーで10分のところにある,「サグラダ・ファミリア」(Sagrada Familia)を訪れた。1856年に既に初代建築家ピアールによって建築が開始されたこの有名な建築物は,彼の辞任によって1882年から若干31歳のガウディが引き継ぎ,その後43年間を掛けて正面部分を完成させたという。壮大なスケールの礼拝堂は,完成まで向こう100年はかかるという,想像を遥かに超えたスケールで現在も建築中だ(写真1)。

優秀な参加者からの数々の質問に答える

 10月9日,バルセロナ大病院の「サン・パン病院」で正午から午後6時まで,研修講義を行った。この病院の正面玄関もガウディの建築によるもの。広大な病院も中世の面影を残す立派な建物であった。2階にある研修室は約30人が入れる部屋で,そこにイチローが既に設置されていた。私にとっては久し振りに息子と再会した気分である。

 研修参加者は約20名の指導医が中心であったが,約半数が女性のドクターや学生であり,バルセロナの4つの病院からそれぞれ研修のために参加していた。...

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