特集　脳卒中片麻痺──理学療法の歩みと最新の取り組み

　脳卒中片麻痺は昔も今も理学療法の中心的な対象である．しかし，理学療法の対象疾患が多様化し多疾患・多障害を抱える対象者も増え，勤務する施設によっては典型的な片麻痺症例に接する機会は減少している可能性もある．わが国の理学療法士誕生から60年が経過し，片麻痺に対する理学療法はどのように行われ現在へとつながってきたのか，その歴史を踏まえ，現代における脳卒中片麻痺の理学療法を再確認し，臨床に役立つ情報を提供したい．

わが国の脳卒中理学療法の歴史的変遷　吉尾雅春
　理学療法士が誕生して間もないわが国では欧米で行われていた神経生理学的アプローチを積極的に取り入れた．1980年代になると運動学習理論や環境と運動制御との関係などが注目された．同時期に廃用症候群や寝たきり老人への対応を求められ，地域リハビリテーションの概念が根づき始めた．2000年以降，脳卒中の急性期治療が大きく進歩し，その後を受けるべく設置された回復期リハビリテーション病棟では具体的な成果を出す必要に迫られた．脳卒中理学療法では科学的指向が問われる反面，人間に対する思いも問われている．

ガイドラインにみる脳卒中片麻痺に対する効果的な理学療法　髙見彰淑
　脳卒中患者の運動麻痺回復にかかわる治療について，「脳卒中治療ガイドライン2021〔改訂2023〕」には「運動麻痺」そのものの項目は存在しない．そのため「運動機能障害」としての治療方法の推奨度，エビデンスレベル，有害事象などを含めた損益について述べる．また，「理学療法ガイドライン第2版」においてアウトカムに「麻痺側運動機能」の改善を検証しているものについて，ガイドライン活用の留意点を含め解説する．

脳卒中片麻痺の予後予測　石黒幸治，他
　脳卒中リハビリテーションにおける予後予測は，回復の可能性や治療効果を見きわめるために重要である．現在ではより早期からの予後予測が重要であるが，過信による乱用には注意が必要である．今後はイメージング技術や人工知能などにより，個別性も含めて精度の高い予後予測をすることが重要である．

急性期における脳卒中片麻痺の理学療法　中山恭秀
　脳卒中は脳梗塞，脳出血とでは早期の治療が大きく異なる．離床や麻痺の治療を担う理学療法士には，脳灌流の状況や病巣の理解，離床に向けた意見の統一を図り，速やかに日常生活活動につなげる対応が求められる．麻痺の影響は運動に生じ，動作不全をもたらす．基本動作や歩行に対する治療を行うには，麻痺を丁寧に捉えることが重要である．本稿では急性期における理学療法の流れと，麻痺治療の視点について解説する．

回復期から生活期における脳卒中片麻痺の理学療法　大垣昌之
　脳卒中は比較的長期にわたる経過をたどることが多いため，各病期間での連携がこれまで以上に重要視されるようになった．脳卒中に限らず，多疾患併存の患者が増加していることから，さまざまなリスク管理が求められるようになっている．本稿では，理学療法士を取り巻く歴史的変化，脳卒中における理学療法士のパラダイムシフト，回復期から生活期における理学療法のポイントについてまとめる．

脳卒中片麻痺の回復・改善促通に寄与する治療や考え方
▪ Constraint.induced movement therapy（CI療法）　小針友義
　Constraint.induced movement therapy（以下，CI療法）は，学習性不使用から脱却し，麻痺肢を再び日常で使用できるように行動変容を促す治療法である．これまでに多様なバリエーションのCI療法が提案されており，その適応範囲が拡大している．本稿では，CI療法の歴史から基本的な考え方，治療法の概要，適応外例や下肢麻痺に対する応用について解説する．

▪ 反復性経頭蓋磁気刺激療法　宮腰弘之，他
　反復性経頭蓋磁気刺激（repetitive transcranial magnetic stimulation：rTMS）は，経頭蓋磁気刺激を刺激強度，刺激頻度，刺激回数を変化させて反復して行うことで大脳皮質の興奮性を変化させるものである．rTMS施行のみでは持続効果が乏しいため，機能代償部位を賦活する集中的理学療法との併用療法が有効と考えられている．本稿では筆者の施設で行っている方法を交えながら概説する．

▪ ボツリヌス毒素療法　髙井浩之，他
　ボツリヌス毒素療法にリハビリテーションや装具療法を組み合わせることで，治療効果の増強と長期化が得られるとされている．治療の目的を明確にして，脳卒中後片麻痺者自身が主体となって，リハビリテーションに取り組むことが重要である．動作の再構築では，麻痺側下肢への荷重を促しながら運動量を確保し，運動の質を担保したリハビリテーションを実施する．

▪ 機能的電気刺激療法　生野公貴
　機能的電気刺激（functional electrical stimulation：FES）は，電気刺激により麻痺筋を収縮させ，運動機能を再建する治療手段である．FESは神経可塑性を促進し，遠心性・求心性経路を活性化することで運動機能を改善する．特に，足関節背屈不全や股関節外転筋の支持性低下，前方推進力低下に対する歩行障害の改善に有効であり，短下肢装具と比較してQOL向上の可能性が高い．適切な刺激パラメータ設定と課題指向型の運動療法を併用することで，FESの治療効果を最大限に引き出すことが可能となる．

▪ 促通反復療法（川平法）　宮本　明，他
　促通反復療法（川平法）は，本邦発の徒手的治療コンセプトとして，個々の指の屈伸から歩行パターンまで，患者が意図する運動に関与する神経路の興奮水準を運動開始直前に促通手技によって高め，その運動の実現と反復を可能にしている．これによって，脳の可塑性を最大限かつ効率よく促し麻痺の改善につなげることが期待され，良好な治療成績も報告されている.

▪ ボバースコンセプト　伊藤克浩
　ボバースコンセプトの歴史と背景に触れることでコンセプトの発展と世界の事情を紹介する．また脳卒中片麻痺をボバースコンセプトにおいてどう捉えているかについて紹介することによって，治療において大切にしている部分を紹介する．プラトーをつくらず個別性を大切にしてきたコンセプトであるため，誰が用いても同じ効果が出せるといった科学的な根拠を示すことが現在のところ難しいが世界的なボバースコンセプト指導者・研究者たちの今後の活動に期待したい．

特集　脳卒中片麻痺──理学療法の歩みと最新の取り組み

わが国の脳卒中理学療法の歴史的変遷
吉尾雅春

ガイドラインにみる脳卒中片麻痺に対する効果的な理学療法
髙見彰淑

脳卒中片麻痺の予後予測
石黒幸治，他

急性期における脳卒中片麻痺の理学療法
中山恭秀

回復期から生活期における脳卒中片麻痺の理学療法
大垣昌之

脳卒中片麻痺の回復・改善促通に寄与する治療や考え方
・Constraint-induced movement therapy（CI療法）
小針友義

・反復性経頭蓋磁気刺激療法
宮腰弘之，他

・ボツリヌス毒素療法
髙井浩之，他

・機能的電気刺激療法
生野公貴

・促通反復療法（川平法）
宮本　明，他

・ボバースコンセプト
伊藤克浩

■Close-up　治療と仕事の両立支援
心疾患患者における治療と仕事の両立支援と課題
久原聡志，他

がんサバイバーにおける治療と仕事の両立支援と課題
原田剛志

透析患者における治療と仕事の両立支援と課題
清水賢児

●とびら
ACP──母の人生会議
髙田順子

●運動器疾患に対する超音波画像評価とエコーガイド下運動療法──EBPTに活かす！②
凍結肩に対するエコーガイド下運動療法
工藤慎太郎，他

●薬剤と理学療法⑥
骨粗鬆症治療薬
船木麻美

●文献収集と管理⑥
医中誌Web
森山英樹

●理学療法とAI──活用実践例と近未来の展望［最終回］
AIを用いた予後予測・臨床応用
大住倫弘，他

●それ，現場で実際どうしてます？──現場で働く多様な理学療法士による座談会［新連載］
症例検討会・勉強会ってどうしていますか？ どうあるべきですか？
野添匡史，他

●臨床実習サブノート　効果的かつ安全な起居動作へのアプローチ③
頸髄損傷
藤縄光留，他

●症例報告
断続的な投影視覚マーカーとトレッドミルを併用した歩行練習により，すくみ足，小刻み歩行の改善がみられた脳血管性パーキンソニズム症例
朝倉直人，他

●ひろば
女性患者に対する胸骨圧迫の質の評価と向上に関する研究紹介
小林　薰

●私のターニングポイント
選手の成長と人生に向き合う
高山晃司

●学会印象記
第11回日本小児理学療法学会学術大会──小児理学療法のその先へ──世代を超えた学びと成長
阿部広和

第40回日本義肢装具学会学術大会──最先端の義肢装具と理学療法技術
立川遼太

●My Current Favorite
インクルーシブな社会の実現に理学療法士としてできることは何か
塩田琴美

●臨床のコツ・私の裏ワザ
子どものしゃがみこみ動作の評価・治療のコツ
風間康志