精神医学 Vol.67 No.8
2025年 08月号
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特集にあたって
企画:明智龍男(名古屋市立大学大学院医学研究科精神・認知・行動医学分野/本誌編集委員)
痛みは身体のみならず,脳やこころと密接に,しかもきわめて複雑に関連していることは精神保健の専門家にとっては今や自明の概念に近い。痛みや痛みに関連する症状を有した患者さんの診療に従事していて,頭を抱える経験をしたことがない精神保健の専門家はいないのではないだろうか。私自身の診療を振り返っても,緩和されない精神的なつらさをリストカットで和らげるしかすべのない患者さんにかける言葉やその対応に悩み,慢性的に続く痛みのために寝たきりのような生活を送っている患者さんに対して抱く無力感が思い浮かぶ。また,緩和ケアの領域では,モルヒネを使っても和らげることができない終末期の難治性のがん性疼痛に対して意識を落とすことしか方法がない患者さんにも遭遇する。先日は,がんの手術を受けた後に年余にわたる痛みが継続しているのに,主治医にその旨を伝えても「そんなに痛いはずがない」「命が助かっただけでもありがたいと思うべきだ」という言葉を浴びせられ,死んだほうがよかった,と涙ながらに話す患者さんにも出会った。私自身が一般の精神科診療に加え,サイコオンコロジーや緩和ケアに従事してきたこともあり,痛みに関しての疑問や課題が自身の頭から離れたことはない。
国際疼痛学会(IASP)による痛みの定義は「実際の組織損傷もしくは組織損傷が起こりうる状態に付随する,あるいはそれに似た,感覚かつ情動の不快な体験」であり,痛みには,身体の感覚的な側面に加え感情的な要因が本来的に含まれている。一般的に痛みは,身体が障害やダメージを受けた際に警告信号として働き,外傷や病気の際には,身体の動きを制限し,自然治癒のプロセスを促すために役立つこともあるとされている。そういう意味では,痛みは人間の生存に不可欠なものでもある。
痛みに関しての研究も進み,そのきわめて複雑な機序の一端が徐々に明らかにされてきている。その結果,痛みには,多くの生理的および神経的なプロセスが関与していることに加え,人の脳,心理などが複雑に関連することが示されてきている。例えば,「心因性疼痛」と慣用的に使われていた用語が,現在では「痛覚変調性疼痛」に含まれる概念になった。痛覚変調性疼痛は,痛みの原因が組織の損傷や炎症などの外的な要因ではなく,神経系の過敏化や変調によって痛みが持続する状態を指し,慢性疼痛の病態の一部を説明する機序と考えられている。より具体的には,痛覚の処理自体が異常を来し,脳や脊髄での痛みの感受性が増加することで,過剰に痛みを感じやすくなる状態と捉えられる。さらにヒトは社会的な存在でもあるので,他者の痛みを感じることも知られており,その生物学的基盤としてオキシトシンやミラーニューロンなどが関与していると考えられている。
このように私自身の診療を振り返りながら痛みの研究を概観すると,痛みは生活を脅かす「苦痛」な症状でありながら人間の存在に不可欠な側面を有する一方,ヒトとして進化を遂げた人間は,「痛みに苦悩」する存在でもあると言えそうである。そして,私たち精神科医はこの苦悩する複雑な社会的存在としてのヒトを診ることを求められるようになってきたのかもしれない。難しい痛みをもつ患者さんには専門家による多職種チーム医療が不可欠であるが,その中にはいつも精神科医や心理の専門家が含まれるのもこういったゆえんではないだろうか。本特集が,痛みを有する患者さんの理解や診療の一助となれば幸いである。
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特集 痛み-脳-こころ Revisited
企画:明智 龍男
特集にあたって
明智 龍男
痛みとは何か──その定義・分類と背景概念
森脇 克行・他
ペインマトリックス──痛みの慢性化や重症化への関与
福井 聖・他
痛覚変調性疼痛──心因性疼痛概念のパラダイムシフト
臼井 千恵
神経発達症の痛み,子どもの痛み
山田 敦朗
慢性疼痛とうつ,不安,発達特性──認知行動療法の観点から
田口 佳代子・他
統合失調症と痛み
岡島 美朗
慢性疼痛を有した患者の包括的評価
服部 貴文・他
慢性疼痛に対する認知行動療法──最近の知見を中心に
吉野 敦雄
慢性疼痛に対する認知行動療法──第三世代:ACTに焦点を当てて
酒井 美枝
慢性疼痛に対する薬物療法
西原 真理・他
慢性疼痛に対するチームアプローチ
田中 千晶・他
〈column〉 他人の痛みは蜜の味:社会的な痛み
髙橋 英彦
〈column〉 終末期の治療抵抗性の痛みに対する鎮静
長谷川 貴昭
●展望
医学モデル,社会モデル,主体価値を統合した精神疾患の「新たな生活モデル」の提案
池淵 恵美
●研究と報告
難聴が認知症患者の臨床像に与える影響──介護者への構造化インタビューで評価した難聴に基づく検討
伊藤 拓海・他
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