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発達とトラウマから診る精神科臨床

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卓越した臨床家として名高い著者が、これまで多くの患者さんの診療に携わる中で得た気づきや診療・支援の工夫などを豊富な症例を交えて解説する実践書。著者の専門領域でもある発達と、近年注目を集めるトラウマ、この2つの観点から患者さんを診てみることで、これまでとは違った治療や支援のあり方が見えてくる。約50年の臨床経験が導き出す納得の診立てが随所に散りばめられた一冊。

青木 省三
発行 2025年06月判型:A5頁:240
ISBN 978-4-260-06216-9
定価 3,520円 (本体3,200円+税)

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  • 序文
  • 目次

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はじめに

素朴な心因論を改めて考える

 総合病院精神科と単科精神科病院で50年近く診療をしてきた。あくまでも経験的、実感的なものであるが、50年前と比べて、教科書に書かれているような典型的な統合失調症やうつ病が減り、非典型・非定型な病像と経過のものが増えている。現在筆者の勤める単科精神科病院の初診は、かつては統合失調症がほとんどであったが、今は広い意味での適応障害が最も多い。時代の移り変わりとともに、精神疾患の病像と経過も変わってきているように思う。
 特にこの20年あまりは、不安、抑うつ、幻覚妄想などの、呈している病像は異なっていても、ベースに発達症やトラウマのある患者さんが増えてきた。だが、「発達症やトラウマがあったとしても、統合失調症や双極症などの操作的診断が同じであれば、大人の治療や支援は変わらないのではないか」と言われることがある。本当にそうだろうか。筆者はそうは思わない。背景に発達症やトラウマがあると気づくことによって、治療や支援がいくらか、時には大きく変わると思うのである。
 たとえば、ICDとDSMで統合失調症や双極症であると診断がつけば、まずは薬物療法を考える。一方、患者さんに発達やトラウマの問題があり、そこに何らかの負荷がかかったことによって統合失調症や双極症の状態に発展しているととらえるなら、あわせて負荷を減らすような環境調整はできないかと考える。時には精神療法や環境調整のほうが薬物療法よりも重要になることもある。理解が変わることによって治療や支援が変わるのである。
 本書では、「診断」と「理解」という2つの視点で、複眼的に考えることを提案している。特別に新しい考え方ではない。筆者が研修医の頃からあったものである。具体的には、「生物学的な要因を主とする精神疾患ではないか」と客観的に観察し「診断」することと、生活や生活史などから「何か困ったことがあり、その自然な反応として精神症状が起こっているのではないか」とその主観的な体験を「理解」しようとすることである。本来、両者は別々のものではなく、相補的なものである。だが生物学的精神医学の発展とともに、患者さんを客観的に評価し精神症状を見つけて「診断」するという方向に精神医学は大きくシフトした。その一方で、患者さんの体験や環境に目を向けて、「こんなことに困ったのではないか」と素朴に考えてみる姿勢が減ってはいないだろうか。そのような考え方は、ともすると素人の「心因論」として軽視された歴史があるが、改めてそのような考え方も必要ではないかと思うのである。なぜなら私たちの目の前にいる患者さんの病像は、「反応性の要素の強い統合失調症」や「反応性の要素の強い双極症」と理解できるものが増えてきているのだから。発達やトラウマの問題をベースにもった患者さんたちに対応するなかで筆者はこのように考えるようになっていった。
 時代によって、求められる治療や支援は少しずつ変わっていく。こころの臨床も、診察室では完結せず、多職種のスタッフや、地域の障害福祉サービスの支援者との連携などが求められる。それだけでなく治療者自身も地域に出ることが、そして当事者の意向を反映した治療や支援を行うことが求められるようになった。そのときに、生活のなかにある困りごとが精神症状につながる、という視点をもつことは、支援の手がかりにもなると思う。また、それに気づくことが、目の前の病態の長期化・慢性化・難治化を防ぐ第一歩となるのではないかと思う。
 本書に記しているのは、「何かに困って(悩んで)いるのではないか」「何か現実に支援できることはないか」と素朴に考えようという精神医学である。あくまでも経験的なものであり、仮説を立てながら支援していく方法である。だから、ICDやDSM、そして学会で作成された診療ガイドラインなどを参照しながら読んでいただきたい。臨床は、いつも「診断」と「理解」の複眼的で診ることが求められているのだと思う。
 本書が、精神科臨床や心理臨床に携われている先生にも、そして精神科医療や障害福祉サービスで患者さんの支援に当たっている方々にも、何かお役に立つことがあれば幸甚である。

 2025年5月
 青木省三

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はじめに
本書をお読みいただくにあたって

第1章 その人の、「困っていること」に気づく
  日常生活のなかに「困っていること」がある
    症例1 母親の死後に抑うつ状態に陥った例(40代男性)
    症例2 単身となり近隣に対する被害妄想が出現した例(50代男性)
    症例3 2階の住人に対する幻覚妄想で保護された例(30代女性)
  「反応性と考える」とは
  「困っていること」に気づくことから、共感が生まれる
  「困っていること」はわかりにくい
    症例4 パニックを繰り返し家族に暴力が出た例(青年期外来での経験、20代男性)
  「困っていること」は、経過とともに厄介なものになりやすい
  生活での「困っていること」を知り、支援する

第2章 発達、トラウマ、そして「発達⇄トラウマ」
  発達症をどのようなものととらえるか
  軽い発達症のある子どもの、児童思春期
  成人の外来で発達症に気づく:発達症は、普通の診療のなかに表れてくる
  トラウマをどのようにとらえるか
  発達が先か、トラウマが先か
  グレーゾーンについて
    症例1 「普通」になったり「障害」になったりした例(20代女性)

第3章 「診断」と「理解」
  症状や病態を、「診断」し「理解」する:両者は相補的なもの
  理解(了解)するとはどういうことか
  どう説明するか
  診断と理解のどちらか片方にならないこと
    症例1 環境調整よりも薬物療法が大切だった例(10代後半男性)

第4章 治療や支援の考え方(1)──やわらかく治す・治る
  外来治療におけるトラウマ反応に気づく
  入院治療におけるトラウマ反応に気づく
    症例1 30年ぶりに一過性精神病状態となった例(50代男性)

第5章 妄想症(妄想性障害)、統合失調症
 妄想症(妄想性障害)
  「私の悪口を言っている」は妄想か?
    症例1 「初期の統合失調症?」が疑われてやってきた例(中学生女子)
  コミュニケーションが絶たれると、被害妄想が表れやすい
    症例2 筆者の妄想症(イギリス滞在時、30代後半)
 統合失調症
  解体型(破瓜型)のように見えることがある
    症例3 デイルームに入れず廊下を徘徊していた例(20代男性)
  妄想型のように見えることがある
    症例4 ルールに厳密でスタッフに猜疑的となった例(30代女性)
  緊張病型のように見えることがある
    症例5 自分で決めたことを曲げられなかった例(40代男性)
  不特定多数への幻覚妄想は、「二次性全般化」とは考えられないか
    症例6 まとまりのない幻覚妄想状態で入院となった例(40代男性)
  統合失調症の長い病歴をもっていても、発達症の特徴を認めることがある
    症例7 統合失調症で入退院を繰り返していた例(50代男性)
  難治な精神症状は環境に反応したものかもしれない
    症例8 転棟によって、激しい独語と幻聴が一気に消えた例(50代男性)
  統合失調症のように見えても、発達症に注目して支援する
    症例9 一時期の精神病状態を経て結婚し、趣味を楽しんで生活している例(50代女性)

第6章 双極症(双極性障害)
  治療と支援に迷う、双極症II型がある
    症例1 うつ状態のときだけ受診し、反復性うつ病と考えていた例(40代男性)
  反応性の要素の強い、双極症I型もある
    症例2 「気合を入れると躁になる」と話した例(40代男性)
  双極症であっても、発達症に注目して支援する
    症例3 双極症として40年ほど治療と支援を行った例(50代男性)
  双極症であっても、トラウマに注目して支援する
    症例4 躁うつ、アルコール多飲、自傷・暴力など(30代女性)
  気分変動を、反応性という視点から考えてみる

第7章 うつ病と不安症
 うつ病
  あっという間に、うつが消える
    症例1 窓口対応が苦手で、すぐにうつになった例(40代女性)
    症例2 病棟を見た途端に、うつが切り替わった例(40代男性)
    症例3 毎回、スポンとうつ状態を抜けていった例(50代男性)
  抑うつ状態に場面性がある
    症例4 退職したが、趣味は元気に楽しんでいた例(40代男性)
  衝動性が際立ってくることがある
    症例5 抑うつ状態で、衝動的な自殺企図を繰り返した例(40代女性)
  トラウマは思わぬときに話される
    症例6 最後の診察でトラウマが語られた例(20代女性)
  長引く抑うつ状態の背景にトラウマがある
    症例7 過去の事件がフラッシュバックしていた例(50代女性)
  継時的に診断が変わることがある
    症例8 「確定診断」を求めて受診した例(30代女性)
 不安症
  小問題が大問題に発展する
    症例9 「ミスが頭にこびりつき、頭がいっぱいになる」(20代女性)
  不安が閾値を超えて溢れ出す
    症例10 学校時代は適応、就職後に不適応となった例(20代男性)
  不安焦燥が、精神病状態に発展する場合もある
    症例11 「イライラしてじっとしていられず歩き回る。落ち着かない」(50代女性)
  パニック発作の背景にフラッシュバックはないか
    症例12 不安と抑うつの背景に幼児期のトラウマを認めた例(50代女性)
  就労支援は、変化の連続(刺激過多)になることがある
    症例13 作業所などを転々とし、不安定さを強めていた例(20代男性)

第8章 心気症、強迫症、解離症、変換症、身体症状症
  こだわりスペクトラム
 心気症(病気不安症)
  注意が身体の不調に向いたのではないか
    症例1 多彩な身体症状と心気症状を訴えた例(60代女性)
 強迫症
  強迫の背景にあるのは何か
    症例2 強迫が改善すると、発達の問題が顕在化した例(50代男性)
 解離症
  耐えがたい現実があるのではないか
    症例3 解離性健忘:いじめと孤立に苦しんでいた例(10代男子)
  人生をリセットしたいのではないか
    症例4 解離性遁走:行く先々で行き詰まってしまった例(50代女性)
  交代人格にどう対応するか
    症例5 解離性同一症:行き詰まるたびに「別の人格」が現れた例(20代女性)
 変換症(転換性障害)
    症例6 身体症状で家庭生活が困難となった例(50代後半女性)
 身体症状症
    症例7 身体症状症(疼痛性障害):「ワシには、ストレスはない」と断言した例(40代男性)

第9章 摂食症、物質関連症、パーソナリティ症
 摂食症(摂食障害)
    症例1 自信喪失をダイエット達成で回復しようとした例(20代女性)
 物質関連症と嗜癖
    症例2 急速にアルコール多飲となった例(40代男性)
    症例3 過食、アルコール乱用、買物依存、車の暴走などが続いた例(20代女性)
 パーソナリティ症
  トラウマ・スイッチを押さない
    症例4 「ボーダーラインパーソナリティ症」という紹介状を持ってきた例(30代女性)
  対人関係が不安定でパーソナリティ症のように見えることもある
    症例5 被害妄想と興奮・錯乱を繰り返した例(30代女性)
  「浅く、短い治療がよい」場合もある
    症例6 ふっとやって来て、ふっといなくなった例(30代女性)

第10章 高齢者の場合でも、発達やトラウマに注目し支援したほうがよい場合がある
 錯乱状態
    症例1 10代のトラウマがフラッシュバックしてきた例(70代後半女性)
 幻覚妄想状態
    症例2 ひきこもった生活のなかで幻覚妄想状態に発展した例(70代女性)
 精神病状態
    症例3 強い不安・焦燥・抑うつで入院し、精神病状態に発展した例(80代男性)

第11章 慢性の病態の、発達とトラウマに注目して支援する
  長年の回避・解離に働きかける
    症例1 繰り返し回避や解離が起こり、長期間のひきこもりを続けた例(30代男性)
  慢性の統合失調症様状態に働きかける
    症例2 統合失調症として20年治療されてきた例(30代男性)
  治療のバトンを渡すことも考える
  よい長期経過はどのようにしたら引き出せるのか

第12章 治療と支援の考え方(2)──ねぎらうことの大切さ
  困っていることに気づき、共感し、ねぎらう
    エピソード1 作業療法の「縫い物」を介して関わる
  治療者・支援者をくっきりさせる
  診察や生活の形を作る
    エピソード2 作業所に行きたくないんです
  人とどう関わりをもつか
    エピソード3 仕事を辞めたいんです
  人生の楽しみを教えてもらう:こだわりにどう対処するか
    エピソード4 家にひきこもっているが、多彩な趣味をもっていた例(40代女性)
    エピソード5 作業所に行きながら、夜のラジオ番組を楽しみにしていた例(40代男性)
    エピソード6 「休んでしまうと、動けなくなってしまう」と言った例(20代女性)
  やわらかい生活支援ができないか
    エピソード7 最終的には、自分に合った緩めの支援を見つけた例(60代女性)
    エピソード8 訪問看護師によって公的サービスにつながることができた例(80代女性)

第13章 なぜ素朴な心因論なのか?
  「統合失調症メガネ」
  「発達・トラウマメガネ」
  いろいろなメガネをかけてみる

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