特集 現代における解離 診断概念の変遷を踏まえ臨床的な理解を深める
ISSN | 0488-1281 |
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定価 | 3,080円 (本体2,800円+税) |
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特集にあたって
岡野 憲一郎(本郷の森診療所/京都大学名誉教授)
金 吉晴(国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所名誉所長)
今回私たちは本誌特集「現代における解離」の企画を担当することになった。本特集の主要なテーマは現在の解離臨床のあり方であるが,特に解離をめぐる概念上の混乱や異論,ないしはその臨床上の取り扱い方の難しさについて取り上げたいと思う。
「解離性障害は本当に存在するのですか?」
いきなりこう問われてもとまどう人は多いかもしれない。「解離性障害(dissociative disorder)」という診断名の歴史は意外に浅い。精神医学の世界で解離性障害が市民権を得たのは,1980年の米国における『精神疾患の診断・統計マニュアル第3版』(DSM-Ⅲ)であることは識者がおおむね一致するところであろう。「解離性障害」がいわば「独り立ち」して精神科の診断名として掲載されたのはこの時が初めてだからだ。
もちろん,タームとしての「解離」は以前から存在していた。1952年のDSM初版には精神神経症の下位分類として「解離反応」と「転換反応」という表現がみられた。1968年のDSM-Ⅱにはヒステリー神経症(解離型,転換型)という表現が存在した。ただし,それはまだヒステリーという時代遅れの概念の傘の下に置かれていたのである。
さらに加えるならば,解離概念は19世紀フランス精神医学において,シャルコー(Charcot),ジャネ(Janet)らが提唱し,一世を風靡したのだ。しかし,彼らは精神医学の教授ではなかった。大学の精神医学においては,解離は外形的な言動と,子宮との根拠のない関連を推測してヒステリーと分類されており,これが上述のDSM-Ⅰ,Ⅱにも引き継がれていたのである。
しかしDSM-Ⅲ以降,DSM-Ⅲ-R(1987年),DSM-Ⅳ(1994年),DSM-5(2013年)と改訂されるに従い,解離性障害の分類は,少なくともその細部に関しては多くの変遷を遂げてきた。また,DSMに一歩遅れる形で進められた世界保健機関(WHO)の国際疾病分類(ICD)においても,同様の現象がみられた。そして同時にヒステリーや解離の概念にとって中核的な位置を占めていた「心因」や「疾病利得」ないしは「転換」などの概念が見直され,消えていく動きがみられる。
世界的な診断基準であるDSMとICDには,従来の転換症状を解離として含むか否かという点に関しては顕著な隔たりが残されている。しかし,それ以外の点では上述の通り解離性障害の概念の理解や分類に関してはおおむね歩調を合わせつつある。そしてそれに伴い,従来みられた解離性障害と統合失調症との診断上の混同や誤診の問題も徐々に少なくなりつつあるという印象を持つ。
しかし解離性障害には,いまだに大きな問題が残されているように思われる。それはその臨床上の取り扱われ方である。率直に言えば,解離を有する患者はしばしば誤解や偏見の対象となっている可能性があるのだ。特にその傾向は,解離性同一性障害(DID)を有する患者の扱いにおいて顕著である。
本特集で何人かの執筆者が指摘するとおり,たとえ診断としての解離性障害については受け入れても,患者が示すいわゆる交代人格についてそれを扱わない,無視するという立場をとる臨床家は少なくない。
解離はその本来の性質として半永久的に誤解を受けるらしく,いまだに一般の精神科医にさえ敬遠されているという問題がある。また,精神分析系の治療者に特に敬遠されているのは,人間の心は一つであるというフロイト以来の考え方と大きく矛盾するからであろう。さらに解離症状は,何らかの防衛,治療抵抗,ないしはアピールという印象を与えてしまう。その結果として,交代人格を個別の人格として扱うことが誤りであるという考え方に傾く。しかし,すでに一世紀前にジャネは複数の心の共存を認め,解離の防衛的・力動的な理解を超える姿勢を示していたことは特筆に値するだろう。
幸いDSMやICDの診断基準の変更は方向性としては好ましく,また心的外傷後ストレス症(PTSD)の概念にもそこに解離サブタイプが設けられることで,PTSDと解離の一種の対立構造は解消されつつある。さらにICD-11に登場した複雑性PTSD(CPTSD)の概念も,臨床家がトラウマと解離の理解を進めることに一役買っていると言えよう。
解離は,恐らく抑圧に代わって症候学的にも注目されるべき,将来性のある概念である。本特集に収められた論文が解離の理解と臨床を今一歩推し進めてくれることを願う。
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特集 現代における解離──診断概念の変遷を踏まえ臨床的な理解を深める
企画:岡野憲一郎・金 吉晴
特集にあたって
岡野 憲一郎・他
解離性障害の現代的な意義
金 吉晴
解離はなぜ誤解され,無視されるのか
岡野 憲一郎
現代の精神科臨床で解離はどのように扱われているか?
松本 俊彦
健忘と遁走の関連性──全生活史健忘の検討から
大矢 大
転換・心因性という概念は消えてしまうのか?
増尾 徳行・他
精神科と脳神経内科との境界の解離性障害──PNES(心因性非てんかん発作)をどう理解して関わるか
谷口 豪・他
構造的解離理論とその後
野間 俊一
現代におけるジャネと解離──フランスの文脈からの再考
河野 一紀
解離症と神経発達症
柴山 雅俊
ドイツ精神医学における解離──歴史的素描
梅原 秀元
解離性障害の器質論──どこまで解明されているか
金 吉晴
複雑性PTSDと解離の関係──結果か原因か
金 吉晴
一般外来における解離性同一性障害の治療──精神分析の立場から
加茂 聡子
解離は障害であり,力でもある
中島 幸子
●研究と報告
アルツハイマー病の日常生活機能障害(functional impairment)に影響する要因──記憶障害の指標で重症度を統制した検討
鎌田 日南・他
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