体内時計の研究

もっと見る

体内時計研究、時間生物学のジャンルで、長くトップランナーとして走り続けてきた著者が、自身の研究の集大成としてまとめる渾身の著作。体内時計研究の泰斗であるアショフの薫陶を受け、常にハイクオリティな研究成果を出し続けてきた著者だからこそ描ける体内時計研究の全貌。動物実験とヒト時間隔離実験の統合により、今後の時間生物学の道を照らす。

本間 研一 / 本間 さと
発行 2022年10月判型:B5頁:384
ISBN 978-4-260-04930-6
定価 15,400円 (本体14,000円+税)

お近くの取り扱い書店を探す

  • 更新情報はありません。
    お気に入り商品に追加すると、この商品の更新情報や関連情報などをマイページでお知らせいたします。

  • 序文
  • 目次

開く

緒言

 本書は,1989年に上梓した「生体リズムの研究」(本間研一,本間さと,広重力著,北海道大学図書刊行会)の続編ともいうべき本で,その後の時間生物学の発展と現在の到達点を記述した研究書である.前書が書かれたのは,時間生物学が学問として体系化されつつあり,この分野を開拓した第一世代のJürgen Aschoff(ドイツ)やColin Pittendrigh(米国)がまだ活躍していた時代であった.当時,日本では「時間生物学」を主たるテーマにした研究室は10指にも満たなかった.それから30年,著者らが北海道大学医学部に研究室を得て,多くの同僚や学生諸君,共同研究者とともに過ごした日々はあっという間に過ぎ去った.この間,日本では時間生物学会が設立され,600人を超える会員を擁するまでに発展し,また大きな国際学術集会が頻繁に開催されるようになった.さらに,この分野からノーベル医学生理学賞受賞者が出て,「体内時計」を扱う時間生物学は一科学分野として確立したことは周知の事実である.
 著者がこの分野の研究を始める契機となったのは,1965年6月北海道大学医学部に入学したばかりの頃,後に師事することになるマックス・プランク行動生理学研究所のJürgen Aschoff教授(上記)が北海道大学医学部で行った講演である.Aschoff教授は1962年,ヒト体内時計の研究のため研究所の地下に時間隔離実験室をつくり,そこからの結果が出たばかりの頃であった.講演でAschoff教授は,一被験者にみられた内的脱同調といわれる深部体温リズムと睡眠覚醒リズムの乖離現象を示し,ヒトには少なくとも2つの異なる時計があることを示唆した.体内に時計があることでさえ十分に衝撃的なのに,異なる時計が2つあって特定の生体機能のリズムを制御しているという仮説は驚異的ですらあった.もしこれが事実なら,恒常性維持のメカニズムを究極の研究目標としてきたこれまでの生理学は大きく書き換えられなければならない.私はAschoff教授の講演に強い感動を覚えた.
 医学部卒業後,ヒトの行動に興味を持っていた著者は臨床精神医学の分野に進んだが,2年後,Aschoffの2振動体仮説を追究する目的で,大学院生として生理学第一講座に移った.大学院入学の目的を当時の主任教授に伝えてはいたが,与えられた研究テーマは温熱生理学に関するものであり,リズム研究は先延ばしになった.しかし,件のAschoff教授も温熱生理学からスタートし,一定と考えられていた恒温動物の深部体温の解析から概日リズムの研究に向かったこともあり,急がば回れと,自律神経系と産熱機構の研究に没頭した.この経験が,研究の視野を広げることになった.2年後に,ラットなどの実験動物でもヒトでみられる内的脱同調が生じるかどうかを確かめる研究を開始した.残念ながら,この時は内的脱同調を証明することはできなかったが,この研究は,大学院修了後臨床医学に戻ることを中断させ,生涯の研究の方向を決めるものとなった.
 その後,Aschoff教授が主宰していたアンデックスのマックス・プランク行動生理学研究所へ,短期間ではあったが留学する機会を得た.そこで,隔離実験室を用いたフリーラン実験の体験被験者となり,実験の詳細について学んだ.その経験は帰国後,札幌で隔離実験室を設置した時に,大いに役立った.ちょうどその頃,それまでヒトの生体リズムは光に反応しないと考えられていたが,松果体ホルモンであるメラトニンが高照度光によって抑制されることがヒトでも実証され,高照度光を用いた同調実験をヒトで行うために,隔離実験室をつくった.この実験室はアンデックスとは異なり地上につくられたが,十分に機能した.被験者はもっぱら医学部の学生で,安い謝金で何週間も外界との接触を絶って,実験室で単独生活を経験した.この研究成果は,前著『生体リズムの研究』,および本書のハイライトとなっている.
 その後,生理学講座に職を得て,1992年から講座を主宰するようになったが,この間覚醒剤であるメタンフェタミンをラットに慢性投与することにより,内的脱同調に似た現象を観察し,2001年動物で初めて体内時計の内的脱同調を証明した.不成功に終わった学位論文の研究から30年後であった.この研究については,本書で1章をあてて記載している.
 著者の研究経緯について長々と書いてきたが,本書は,1992年以後生理学第一講座(統合生理学講座時間生理学分野)と2006年に発足し10年間継続した寄附講座「時間医学講座」で行われた研究を網羅している.研究室では動物実験とヒトの実験を同じ構想で実施する世界でも珍しい研究手法が用いられた.その理由は,ヒトの生体リズムや体内時計を理解するためには,動物を利用した操作的実験が欠かせないからである.その結果,比較生理学的視点を養うことができ,さらに実験動物とヒトの相違を明確にすることができたと思っている.昨今,睡眠研究などにおいて,動物実験の結果を容易にヒトに還元させようとする傾向が強いが,慎重でなければならない.また,実験結果の解釈も部分的(細胞レベル)には成り立つことがあっても,大局的(生体レベル)には成立しないことも多い.特に分子生物学が氾濫している現在の生命科学にあって,その感を強くしている.
 2020年2月から,新型コロナウイルス感染が拡大したのを機会に,以前から構想していた本書の執筆を開始した.人体生理学と動物生理学から体内時計を追究し,この両面から哺乳類の体内時計を統一的に理解できればと考えた.したがって,研究の内容は細胞レベルの分子生物学から臨床医学に至るまで多岐にわたる.本書が,初学者や新規参入者の研究参考書として役立てば,望外の喜びである.
 本書はIII部から構成されている.第I部は動物の体内時計,第II部はヒトの体内時計,第III部はこの学問の変遷と学会活動史である.
 第I部「動物の体内時計」では,哺乳類に共通した中枢時計である視交叉上核の機能と構造を扱っており,著者らの興味がどこにあったかが示されている.第1章では,研究室で用いた分子生物学的手法を概説し,その長所と短所を論じている.第2章では,時計遺伝子の研究を振り返り,その意義について著者の見解を述べ,第3章では,概日リズムの発振機構について,現在多くの研究者が概日リズム発振の分子メカニズムと信じているPer遺伝子発現を巡る転写翻訳のフィードバック(TTFL)仮説がどこまで有効かを記述している.第4章では,概日リズムの発現に必須と考えられてきた時計遺伝子Cry1Cry2の機能について,TTFLの構成要素以外の役割を追究した一連の研究結果を述べ,CRY1/CRY2が視交叉上核の概日リズムを発現する神経ネットワークに作用しているとの仮説を提出した.第5章では,光同調に重要な視交叉上核のリズム発振における神経ペプチド,AVPとVIPの役割について記述するとともに,成長過程でその役割が変化することを示し,第6章では,視交叉上核の入出力系について,光情報や視交叉上核の概日リズムがどのようにして伝達されるかについての研究成果を述べている.第7章は,概日リズムを直接発現している末梢組織や臓器の概日リズム動態と非光環境刺激の影響について,第8章では,ノンパラメトリック光同調に関与しているE,M振動体の役割と視交叉上核における局在,さらに食事,運動などの非光刺激への反応,そして輪回し行動の概日ペースメーカーへのフィードバックについて記述している.第9章では,概日システムの個体発生について,授乳期の育母の同調効果や,離乳前後の概日システムと成獣との相違について,第10章では,著者らがヒト睡眠覚醒リズムのモデルと位置付けているメタンフェタミン誘導性行動リズムの特性と脳内機構について,研究の方向性と到達点を記載している.第9章と第10章で取り上げた研究テーマは,著者らが時間生物学的研究を始めた頃からの課題である.
 第11章からは第II部,「ヒトの体内時計」の研究結果であり,第11章は体内時計の研究方法,第12章では,ヒト体内時計の内因性性質とは何かを根源的に論じており,現在睡眠学分野で普及している2プロセスモデルや脱同調プロトコールによる解析を批判的に論じ,独自の研究成果に基づいた理論を展開している.第13章では,ヒト体内時計の同調機序について,内因性の概日振動を反映する血中メラトニンリズムや深部体温リズムの同調と,睡眠覚醒リズムの同調が乖離することを示している.第14章では,実生活上のヒト体内時計の振る舞いを,サマータイム,時差飛行,交代勤務,南極での極端な光周期条件などの特殊環境下におけるリズム解析から,体内時計を統一的に理解しようとしている.
 そして,第III部の「時間生物学の歴史」は,第15章においてその研究の発展と,国際的および国内的視野に立ってその学会活動を紹介した.全編を通して,掲載した図表は,2~3例の例外を除いて著者らが直接関与した研究から得たものであり,その責任はすべてわれわれにある.
 本書は,研究室の同僚や学生,共同研究者との議論なくしては成立しなかった.紙面の関係上1人ひとりの名前は挙げることはできないが,この場を借りて感謝の意を表したい.なお,共同研究者であった橋本聡子博士に文章の校正をしていただいた.心からお礼申し上げる.また,医学書院の編集部の諸氏には,出版に関して大変お世話になった.

 2022年6月
 新型コロナウイルス感染が未だ収まらない札幌にて
 著者

開く

緒言

第I部 動物の体内時計
 第1章 体内時計の新しい研究法
  ① 時計分子の探索
  ② 概日リズムの新しい測定法

 第2章 時計遺伝子
  ① 中核時計遺伝子:Per(s),Cry(s),ClockBmal1
  ② 准時計遺伝子

 第3章 概日リズムの発振機構
  ① 時計遺伝子転写翻訳の負のフィードバック・ループ
  ② 神経ネットワーク

 第4章 TTFLを超えるもの──Cry1/Cry2 DKOマウスの概日リズム
  ① 時計遺伝子の概日リズム
  ② Cry1/Cry2 DKOマウスの行動リズム
  ③ Cry1/Cry2 DKOマウスの神経ネットワーク
  ④ CHRONOおよびDEC1/DEC2の代償作用
  ⑤ CRY1/CRY2と神経ネットワーク

 第5章 視交叉上核
  ① 視交叉上核の神経内分泌学
  ② 神経ネットワーク

 第6章 視交叉上核の入出力系
  ① 入力系
  ② 出力系
  column1 細胞内時計遺伝子およびCaイオン濃度のウルトラディアンリズム

 第7章 末梢時計
  ① 脳内末梢時計
  ② 視交叉上核非依存性行動リズム
  ③ 行動バウトを駆動する末梢振動体

 第8章 環境周期への同調
  ① 光サイクルへの同調
  ② 非光サイクルへの同調

 第9章 体内時計の個体発生
  ① 視交叉上核の発達
  ② リズム同調の生後発達
  column2 ストレスと発育
  ③ 末梢時計の生後発達
  ④ 視交叉上核ネットワークの発達

 第10章 メタンフェタミン誘導性振動体
  ① MAP行動リズムの特徴
  ② 脳内ドパミン系と行動リズム
  ③ MAP行動リズムを駆動する振動体(MAO)
  ④ ヒト睡眠覚醒リズムのモデル動物

第II部 ヒトの体内時計
 第11章 ヒト体内時計の研究法
  ① 概日リズム
  ② 行動(睡眠覚醒)リズムの指標
  ③ 体内時計の解析

 第12章 内因性リズム
  ① 概日リズム
  ② 行動(睡眠覚醒)リズム

 第13章 リズム同調
  ① 光同調
  ② 非光同調

 第14章 実生活での体内時計
  ① 非日常的環境
  ② リズム障害
  ③ リズム障害の治療

第III部 時間生物学の歴史
 第15章 生物リズム研究の発展
  ① 世界の生物リズム研究
  ② 日本の生物リズム研究

用語解説
索引

  • 更新情報はありません。
    お気に入り商品に追加すると、この商品の更新情報や関連情報などをマイページでお知らせいたします。