医学書院

検索
HOME週刊医学界新聞 > 第3357号 2020年02月03日



第3357号 2020年2月3日


【対談】

ネコと腎臓病とAIM研究

宮崎 徹氏(東京大学大学院医学系研究科疾患生命工学センター分子病態医科学部門教授)
宮子 あずさ氏(看護師・著述業)


 ネコの多くは腎臓病で亡くなるが,なぜネコで高頻度に腎不全が生じるのかは長らく不明であった。宮崎徹氏はAIM(Apoptosis Inhibitor of Macrophage)というタンパク質の発見・機能解析を通してその原因を究明。ネコの腎不全の革新的治療法の開発に取り組んでいる。さらにはAIM研究の発展により,ヒトのさまざまな疾患の治療・予防への応用も期待されるという。

 慢性腎不全の愛猫を長年にわたり在宅で看護してきた宮子あずさ氏と,AIM製剤の実用化をめざす宮崎氏の対談を通して,AIM研究の現状と展望からネコ・ヒトの生老病死までを考える。

慢性腎不全を患いながら18歳まで生きた宮子氏の愛猫・ぐう吉くん。


宮子 2012年に他界した母(作家の吉武輝子氏)がネコ好きだったこともあり,私は高校生の頃に親元を離れてから現在に至るまで,ほぼ絶え間なくネコと一緒に暮らしてきました。1匹が天に昇ると,またすぐに飼い主のいない猫をわが家に迎え入れることを繰り返しています。愛猫を見送るのは悲しいのですが,これも飼い主の務めだと心に決めています。

宮崎 ネコの多くは5歳頃に急性腎障害を起こし,やがて慢性腎不全へと進行して,最後は尿毒症で亡くなります。この事実は飼い主の皆さんに広く知られているのでしょうか?

宮子 多くの飼い主は,経験上知っているはずです。2019年7月に見送った「ぐう吉」も長く慢性腎不全を患い,10年のあいだ自宅で皮下補液を行った経験があります。

 腎不全の猫と暮らす飼い主はたくさんいるので,「私の経験が少しでも役に立てば」と考えてWebサイト上に記事を公開しました1)。執筆に際して最新事情を調べていく過程で宮崎先生の研究を知り,ネコの腎臓病が遠くない将来に治る可能性があることを知ったという経緯です。

“体内のゴミを掃除する”タンパク質の発見

宮子 宮崎先生の専門は,獣医学でもヒトの腎臓病でもないですよね。どういった経緯で,ネコの腎臓病を研究することになったのでしょうか。

宮崎 私はもともと臨床医でして,救急科や内科で研修を行いました。当時はたくさん検査をしてようやく診断が付いても,治療法は対症療法のみという疾患も多くて,患者さんが大変気の毒でした。医学が進歩したにもかかわらず「治らない病気」が厳然として存在する。この状況を何とか打開したいと思ったのが,臨床から研究にシフトした理由です。

 それで熊本大大学院で山村研一先生に師事し,遺伝子組み換えマウスを用いた自己免疫疾患の研究に着手しました。この研究テーマを選んだのも,主治医として自己免疫疾患の患者さんを診ていた影響が大きいです。

宮子 その後は海外に留学し,ノーベル賞受賞者の利根川進先生もいらしたスイス・バーゼル免疫学研究所で研究室を持つまでになられたのですね。

宮崎 研究業績によって,免疫学の世界では認知されるようになりました。でもふとわれに返ると,画期的な治療法を開発したわけではありません。「このままではいけない。もっと病態を根本的に解明するような研究をしなければ」という思いが次第に強くなったのを覚えています。

宮子 研究を志した初心にかえったのですね。

宮崎 そうかもしれません。米テキサス大に拠点を移してからは,学問の壁を取り払うことを決意しました。私が発見したAIMという血中タンパク質を基盤として,研究領域を免疫疾患以外の分野にまで広げました。そうした中で,AIMは“体内のゴミを掃除する”役目を果たすことが徐々にわかってきたのです。

宮子 “体内のゴミ”ですか?

宮崎 例えば細胞の死骸ですね。もっとも,AIM自体がゴミを掃除するわけではありません。体内にゴミが出ると,AIMが問題の箇所に付着してゴミがあることを知らせる役目を担います。その後,マクロファージなど他の細胞がゴミを除去する。こういった機序のもと,AIMが関与する疾患として挙げられるのは肥満や肝癌,そして特に重要なのが腎臓病です。

急性腎障害時に発動しないネコの「戦闘機」

宮子 そこからネコの腎臓病とAIMの研究にたどりついたのですね。でも,なぜマウスではなくネコだったのでしょう。

宮崎 獣医の友人と食事をしたのがきっかけでした。AIMと腎臓病の関連について話をしたところ,ネコに腎臓病が多発すること,その原因は不明で確固たる治療法もないことを教えてくれたのです。獣医の間では一般的な知見とのことでしたが,私自身はその時初めて知りました。

宮子 ネコは肉食で主にタンパク質から栄養を摂取するため,腎臓に負担がかかるのはある程度仕方ないと考えていました。

宮崎 調べていくと,根本的な原因はAIMの働きにあったのです2)。急性腎障害が生じると,尿細管にゴミ(細胞の死骸)がたまります。ヒトやマウスの場合は,AIMが発動してゴミが取り除かれ,腎機能が改善する3)。言わばトイレの排水管が詰まったら即座に掃除するようなものです。でもネコの場合はAIMが発動しません。それで“詰まり”が解消できないまま腎機能が低下するのです。

宮子 そもそも,なぜネコのAIMは発動しないのですか。

宮崎 AIMはIgMというタンパク質にくっついています。IgMを航空母艦とするならば,AIMは戦闘機。敵が現れると,AIMが飛び立つのです。しかし,ネコの場合は戦闘機(AIM)を持っているにもかかわらず,航空母艦(IgM)に鎖で縛られているため飛び立つことができません()。

 ヒト・マウスとネコのAIMの違い(クリックで拡大)
①急性腎障害時,ヒト・マウスでは血中でAIMがIgM五量体から解離し,糸球体濾過膜を越え,近位尿細管中に詰まった死細胞デブリに付着する。管腔側に発現したKIM-1を介して,近位尿細管上皮細胞がAIMの付着したデブリを貪食する。その結果,管腔の閉塞は解消され,尿細管上皮も回復し,腎機能も改善する。②一方,ネコでは血中AIM値はヒトやマウスより高値であるが,IgMとの結合親和性がマウスの約1000倍強いため,急性腎障害時にAIMはIgMから解離できず,尿中への移行もない。その結果KIM-1は発現しているものの,デブリにAIMが付着しないので,近位尿細管上皮細胞はデブリを貪食・除去することができず,詰まりは解消しない。そのため腎機能は回復せず,死亡あるいは慢性腎不全化する。結果として,ネコはAIMを有しているにもかかわらず,AIMが欠損している状況と同じ転帰をとる(文献2より引用・改変)。

宮子 ネコが腎臓を悪くするのは遺伝病なのですね。長寿を全うするネコでも同じですか。

宮崎 これまで調べた限りでは,AIMは機能していません。さらに言えば,ライオン,トラ,チーター,ヒョウも最期は慢性腎不全になる。全てネコ科の動物で,同じようにAIMの機能に問題があるようです。

宮子 驚きです。なぜネコ科に限られるのでしょうか。

宮崎 それがわからないのです。進化論的にも理屈に合わないし,不思議ですよね。最近は動物園とのかかわりもできたので,AIMの観点から動物の進化について調べ始めました。おかげで「カワウソも腎不全が多いらしい」とか,ヒトの臨床とはかけ離れた知識ばかり増えています(笑)。

“病気の芽”の蓄積が“疾患”を引き起こす

宮子 そうすると,ネコに対してAIMタンパク質を人為的に投与することによって,急性腎障害からの回復が期待できるのですね。実際に私たちが使えるのはいつ頃でしょう。

宮崎 2020年中にAIM製剤の薬事申請に必要な臨床試験を開始し,2022年までの商品化をめざしています。

宮子 飼い主としては薬価も気になります。

宮崎 できる限り安価にして,多くのネコに使ってもらいたいと考えています。ただAIMは抗体医薬品の部類に入りますから,原価はある程度かかってしまう。そこをどうクリアするかが課題です。予防的な投与などで対象が広がれば,そのぶん安くできるはずです。

宮子 そのためには,ネコの腎臓病が遺伝病であることが,獣医はもちろん,飼い主にも周知される必要がありますね。

宮崎 はい。そして腎機能が悪化する以前の早期から,定期的に予防投与されるのが望ましいです。排水管が詰まってから直すよりも,普段から定期的に清掃するほうがいいのと同じですね。

宮子 AIMが普及すれば,ネコの寿命はどれくらい延びるのでしょうか。

宮崎 今の2倍,30年程度は可能だと考えています。

宮子 30年! 下手すると,私は最近飼ったネコに看取られることになる(笑)。

宮崎 ネコだけでなくヒトも長生きできるよう,AIMの研究を発展させる必要がありますね。

宮子 将来的には,ヒトの治療につながるのでしょうか。

宮崎 最終目標はもちろんヒトへの応用です。幸いにして昨年10月,AMED-LEAPという大型研究プロジェクトに採択4)されました(研究開発課題名=メチニコフ創薬:AIMによる食細胞機構の医療応用実現化,研究開発代表者=宮崎徹氏)。これでヒトへの応用に向けた研究を加速させることができます。

宮子 これまでのお話を聞く限り,腎臓病に限らずさまざまな疾患に,AIMが応用できる可能性がありそうですね。

宮崎 実際,遺伝子工学によって作製されたAIMを持たないマウスでは,さまざまな病気が生じます。例えば肝細胞癌。私たちの研究では,肝細胞が癌化すると,細胞の表面に付着したAIMが目印となって癌細胞が除去されることが示されています5)。他にも,脳内にゴミがたまる病気といえばアルツハイマー病が想定されますし,一部の生活習慣病や難治性疾患などでもAIMを用いた新規治療法の開発が期待されます。

 つまり,体内では細胞の癌化や死,タンパク質の変性などの異常が常に発生しているのでしょう。これら“病気の芽”が蓄積することによって“疾患”となる。AIMが“病気の芽”の認識とその速やかな除去を促し,組織の修復を誘導することによって,生体の恒常性が維持されていると考えられます。

宮子 さまざまな疾患が,根底ではつながっている。

宮崎 東洋医学的な考え方ですよね。あるいは,オーケストラでいう“響きの濁り”に近いかもしれません。個別の楽器奏者(=各臓器)が悪いというよりも,全体の響き(=生体の恒常性)が調っていない。そこで全体のバランスを調えて美しい響きを組み立てるのが,指揮者の重要な役割となります。AIMは体内で,オーケストラの指揮者のような役割を果たしているのかもしれません。

「ネコ30歳,人間120歳」に向けて

宮子 基礎医学は,臨床から遠いイメージがありました。けれども先生は,「治す」ための研究に力を注いでいらっしゃいます。

宮崎 臨床医の頃は「どんなことがあっても,患者・家族よりも先に医療者が救命を諦めてはいけない」というポリシーでした。救命救急に携わる中で,人間の生に対する執着心を実感したのも影響しています。

宮子 私自身も,親が老いて亡くなる過程を見るなかで同じ想いを抱きました。「潔く死にたいなんて,元気だから言えることだ」と,母は最期の頃に話していました。

宮崎 おっしゃる通りです。

宮子 私が最近の医療現場で気になっているのは,QOLの名のもとに,患者さんやご家族よりも,医療者のほうが先に救命の努力を諦める傾向があるように見えることです。これが行き過ぎると,重い障がいを負ったら助けないというような,命の選別につながっていくことを危惧しています。

宮崎 命の価値まで医療者が勝手に判断するのはおごりではないでしょうか。最近は獣医さんとの付き合いが増えているのですが,救命のために最善を尽くす姿勢から学ばされることも多いです。ヒトでもネコでも共通で,医療者としては「治すこと」を簡単に諦めてはいけませんね。

宮子 私自身も,なじみの獣医さんの言葉に救われた経験が何度もあります。ネコを通して,老いと死について学んできたように思います。

 一方でAIM製剤によっていろんな病気が予防できるようになると,ヒトもネコもどうやって死ぬのだろうかと疑問に思います。

宮崎 大往生もあり得ますね。超高齢化と言うと暗い話題になりがちですが,もし人間が120歳まで元気でいられるならば,活力があって面白い未来だと思いませんか。

宮子 「ネコ30歳,人間120歳」ですね。まずは,1日でも早くネコのAIM製剤が承認されますように。ネコと一緒に長生きできるよう,ヒトへの研究開発にも期待しています!

(了)

参考文献
1)宮子あずさ.腎不全の猫と長く生きるために.2019.
2)Sugisawa R, et al. Impact of feline AIM on the susceptibility of cats to renal disease. Sci Rep. 2016;6:35251. [PMID:27731392]
3)Arai S, et al. Apoptosis inhibitor of macrophage protein enhances intraluminal debris clearance and ameliorates acute kidney injury in mice. Nat Med. 2016;22 (2):183-93. [PMID:26726878]
4)日本医療研究開発機構.平成31年(令和元年)度革新的先端研究開発支援事業インキュベートタイプ(LEAP)の採択課題について.2019.
5)Maehara N, et al. Circulating AIM prevents hepatocellular carcinoma through complement activation. Cell Rep. 2014;9 (1):61-74. [PMID:25284781]


■「AIMは“病気の芽”の認識と除去を促す。体内で,オーケストラの指揮者のような役割を果たしているのかもしれない」(宮崎氏)

みやざき・とおる氏
1986年東大医学部卒。同大病院第三内科に入局。熊本大大学院を経て,92年より仏パスツール大/IGBMCで研究員,95年よりスイス・バーゼル免疫学研究所で研究室を持ち,2002年より米テキサス大免疫学准教授。06年より現職。AIMの研究を通じてさまざまな現代病を統一的に理解し,新しい診断・治療法を開発することをめざしている。趣味は音楽。06年には教室開講記念として,世界的なピアニストのKrystian Zimerman氏を招き,安田講堂で“音楽と科学”について討論会を催した。

■「最近の医療現場では,患者さんやご家族よりも,医療者のほうが先に救命の努力を諦める傾向があるように見える」(宮子氏)

みやこ・あずさ氏
1987年東京厚生年金看護専門学校卒。東京厚生年金病院(現JCHO東京新宿メディカルセンター)に22年間勤務し,内科・精神科・緩和ケア病棟などを経験。また在職中から大学通信教育で学び,経営情報学士,造形学士,教育学修士を取得した。2009年から精神科病院で訪問看護に従事する傍ら,文筆活動や講演,大学・大学院での学習支援を行っている。13年東京女子医大大学院看護学研究科博士後期課程修了。博士(看護学)。近著に『看護師が「書く」こと』(医学書院)。