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第3355号 2020年1月20日


図書館情報学の窓から

「図書館情報学」というあまり聞き慣れない学問。実は,情報流通の観点から医学の発展に寄与したり,医学が直面する問題の解決に取り組んだりしています。医学情報の流通や研究評価などの最新のトピックを,図書館情報学の窓からのぞいてみましょう。

[第8回]査読ゴーストライティングの実態(?)

佐藤 翔(同志社大学免許資格課程センター准教授)


前回よりつづく

 30代も半ばに入り,ぼちぼち若手を名乗っていられる年齢でもなくなってきたためか,査読を依頼されたり,編集委員として査読を依頼したりする側になることも出てきました。そうはいっても図書館情報学分野はそんなに多くの査読が回ってくるわけではないのでまだ平和なほうですが,医学分野の方に話を伺うと,毎月1本とかそれ以上,査読の依頼が回ってくることもあるとか。「よくそんなにできるな……」と感心していたのですが,実は誰もが査読をそんなにちゃんと行うわけではない,ゴーストライターが存在する,という調査結果が最近,発表されて注目を集めています。

 査読という制度にはさまざまな問題があることはかねてから指摘されています1)。査読自体の質にもさまざまな問題があると言われています。例えば,査読者/査読者自身の気分による当たり外れ=安定性,きちんと良質の研究を選べているのか=有効性,著者の属性に引きずられてバイアスがかかっていないか=公正性への懸念です。査読にかかる時間の長期化も問題視されています。また,査読者・著者・雑誌編集側という査読にかかわる全ての関係者が,不正をもくろむこともしばしば指摘されます。このうち査読者による不正とは,査読者が研究のアイデアを盗む,ライバルの査読をわざと遅らせる,といった行為を指します。著者による不正としては,偽のメールアカウントの作成等で自分の論文の査読を自分に回し,査読論文を量産する等の手口が知られています。雑誌編集側による査読不正は,そもそも本連載が始まるきっかけともなった,実際には査読をしていないのに査読をやったと詐称する,ハゲタカ雑誌等を指します(第3312号のインタビュー記事参照)。

 このうち著者と雑誌編集側による不正の根は共通していて,査読を受けたい人が多いものの,査読者は少ないことに起因します。査読誌には駆け出しの研究者や,大学院生も投稿する一方で,通常,そうしたキャリア初期段階の若手に査読を回すことはありません(回そうにも,査読論文を1本も発表できていない状態では,存在自体知りようがありません)。査読を受けたい人と,する人の間に不均衡が存在し,一部の研究者に査読が集中することで,より時間がかかったり,査読を断られたりすることになります。そうした査読者不足もあって,査読者の推薦を著者に求める雑誌もしばしばあったのですが,これが前述の偽アカウントによる査読ハッキングに使われてしまいました。あるいは,聞いたことがない雑誌でも査読をしてくれるなら……という投稿する側のニーズが,ハゲタカ雑誌に突かれてしまっているわけです。

 このように査読不正の多くは査読を受けたい人・する人の不均衡によるものでしたが,査読者による不正については,それとはあまり関係のないものでした。しかし今回発覚したゴーストライティングは,査読者による不正であり,かつ査読の不均衡と密接に関係した現象です。ある意味では,この不均衡を,査読者が勝手に解消してしまおうという企てが,査読ゴーストライティングなのです。

 ここでいう査読ゴーストライティングとは,大学院生や駆け出しの研究者が,指導教授などのPIに依頼され,PIの代わりに査読を行い,かつ彼らの名前は明かさず,PIの名義のみで査読レポートを戻す場合を指します。「先生に査読が回ってきた論文を見せてもらった」「コメントをした」「なんなら自分が査読レポートを書いた」なんていう話は,噂や院生同士の居酒屋談義ではしばしば耳にするものの,実態はよくわかっていませんでした。その実態を調査したのが,今回紹介するGary S. McDowell氏らによる論文,『Co-reviewing and ghostwriting by early-career researchers in the peer review of manuscripts』です2)

 件の論文自体はEnagoのメールマガジンで,日本語でも紹介された3)のでご存じの方もいるかもしれません。この論文では学部生,大学院生,ポスドク等の,独立したプロジェクトリーダー(PIなど)以外の研究者を若手研究者と定義し,彼らがどの程度,査読に関与しているのかをオンライン調査から明らかにしようとしています。回答の呼び掛けは著者らが運営する非営利団体のブログや,メーリングリスト,ソーシャルメディア等を通じて行われたとのことなので,強い回答の意思がある(=ゴーストライティングに関与したことがありそうな)回答者が多いだろう,という偏りがあります。著者らもそれは認識していて,論文の著者名等から当たりを付けたPIを通じてバイアスのより少ない回答を得ようとしたそうですが,そちらは全然,協力を得られなかったとか。結局,ブログ等を通じて得られた498人分の回答(70%以上は在米国研究者)がこの論文では分析されています。回答者の3分の2近く(65%)は生命科学系の研究をしている人でした。

 結果はなかなか衝撃的で,回答者の73%(ポスドクの79%,博士課程大学院生の57%)はPIに回ってきた論文の査読を,共同で行ったことがあると答えました()。一方,自身が依頼を受けて査読したことがある回答者は半数にも届きませんでした。さらに,「共同で査読を行ったことがある」とした回答者のうち70%は,論文を読んでコメントをした程度にとどまらず,「論文を読んで,査読レポートも書いた。PIはそれをPI名義のみで提出した」「論文を読み,査読レポートも書いた。PIはそれに修正を加えて,PI名義のみで提出した」等,査読レポート作成に顕著に貢献したにもかかわらず,自分の名前が出なかった,つまり「査読ゴーストライター」を行った経験がありました。ちなみに同様のケースで,自分の名前をちゃんと出してもらえた若手研究者は22%にとどまりました。

 若手研究者が,PIに回ってきた論文の査読を共同で行った回数(n=498人,文献2をもとに作成)

 一方,「誰が査読を行ったかにかかわらず,依頼された査読者だけが査読レポートに名前を載せればいい」,「PIのために査読ゴーストライティングを行うことは研究倫理的に問題がない」との意見には,回答者の8割以上が「支持できない」としています。若手研究者は倫理的に問題がある行いと思いつつ,ゴーストライティングをせざるを得ない状況に置かれているようです。当然ながら,PIには強く出られないという若手の立場の問題があります。

 査読のゴーストライティング,思った以上に蔓延しているようです。もちろん,著者ら自身も述べている通り大いにバイアスがある結果であって,ある程度は差し引いて考える必要があるわけです。それにしても単純な実数として,これだけの数,ゴーストライティングが報告されるのであれば,これはもう「横行している」と言ってしまっていいのでしょう。

 査読レポートなんて(一部を除けば)表に出るものでもなし,業績になるわけでもなければ,正式な共著の制度もないんだから,手伝ってもらった若手の名前を挙げる必要もないだろう……という気持ちもPIにはあるものと思います。しかしこれも調査結果によれば,若手研究者の側としては,手伝ったからには名前を出してほしい,という人が多いようです。あるいは「共同査読を通じて査読の指導をしているんだ」という意見もあり得ますが,これも論文の中で,「そうだとしても共同査読者の名前を隠す理由にはならないし,しかもろくに指導もしていないゴーストライティングも横行している」と喝破されています。

 近年ではPublonsをはじめ,査読を業績にしようという動きや,open peer reviewのように査読レポートを査読者名付きで公開しよう,という試みがあります。こうした近年の風潮を考えると,なあなあで行われてきたであろうゴーストライティングや共同での査読についても,きちんと体制を整えていく必要があるでしょう(でなければ,論文の共著に名前を入れる/入れないと同じようにもめる事例が増えるでしょう)。共同での査読実施を認めること,そのための論理立てや体制の整備を各業界,考えていかなければならない時期になっているようです。

 あるいはこの体制が整い,若手研究者も査読に積極的に加わるようになることが,現状の査読者不足・査読不均衡の問題の解決の一助にもなるかもしれません……PIに新たな負担が増える可能性も,もちろんありますが(汗)。

つづく

参考文献・URL
1)佐藤翔.査読の抱える問題とその対応策.情報の科学と技術.2016;66(3):115-21.
2)Elife. 2019[PMID:31668163]
3)エナゴ学術英語アカデミー.査読レポートを書いているのは誰だ?.2019.

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