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第3353号 2020年1月6日


【座談会】

健康寿命延伸へ,対策加速を

峰松 一夫氏(医療法人医誠会 常務理事・臨床顧問/国立循環器病研究センター 名誉院長)=司会
小室 一成氏(東京大学大学院医学系研究科循環器内科学 教授)
斎藤 能彦氏(奈良県立医科大学第一内科 教授)
橋本 洋一郎氏(熊本市民病院脳神経内科 首席診療部長)


 「脳卒中と循環器病克服5ヵ年計画」(以下,5ヵ年計画)の5戦略事業が進む中,2018年12月に脳卒中・循環器病対策基本法(以下,基本法)が成立し,2019年12月に施行された。法律に基づき新たに動き出す脳卒中・循環器病対策は2020年以降,具現化へ向けた針路をどう取るのか。脳卒中領域から峰松一夫氏と橋本洋一郎氏,循環器領域から小室一成氏と斎藤能彦氏が出席した本座談会で,対策の重要テーマと実行へのビジョン,健康長寿社会に向けた予防と啓発の意義を議論した。


平均寿命と健康寿命の乖離を縮めるには

峰松 2020年は脳卒中・循環器病対策が国家プロジェクトとして始動する画期的な年になるでしょう。日本脳卒中協会が基本法成立に向けた活動を2008年に始めてから,東日本大震災や政局に絡む廃案を経ながらも,10年越しの悲願として成立したことは喜ばしい限りです。

小室 峰松先生をはじめ日本脳卒中協会の皆さんと共にわれわれ日本循環器学会の委員も2015年より,議員会館や国会へ何度も足を運びました。そのたびに法律を作ることの難しさを知り挫折しそうにもなりましたが,基本法が成立して本当にうれしく思います。

峰松 立法化に向け日本循環器学会の協力を得て,さらに2016年には日本循環器学会の呼び掛けで日本脳卒中学会が5ヵ年計画の策定に加わりました。協会および両学会の連携が実を結び,基本法の成立に至ったと言えます。

 日本循環器学会の代表理事として5ヵ年計画策定や立法化を牽引してきた小室先生は,基本法成立が日本社会にどのようなインパクトを与えると考えますか。

小室 脳卒中と循環器病の診療が大きく発展することで健康寿命の延伸が期待されます。日本人の平均寿命は男性81歳,女性87歳と現在まで延び続けており,世界トップクラスを誇ります。しかし,健康寿命と平均寿命の間には男性で9年,女性で12年の乖離があります(図1)。要介護になる原因の22.2%を脳卒中と循環器病が占めることからも,わが国の目標である健康長寿社会の実現に脳卒中・循環器病対策が急務です。

図1 平均寿命と健康寿命の差(クリックで拡大)
日本は世界トップレベルの長寿社会を実現した一方,平均寿命と健康寿命の乖離が見られる。この差を可能な限り縮めるには,寝たきり原因の3割を占める脳卒中・循環器病対策が不可欠になる。
[出典]厚労省.第11回健康日本21(第二次)推進専門委員会.2018より作成

峰松 さらには,年々増え続ける日本の医療費が30兆円を超え,脳卒中を含む循環器病が大きな割合を占めています。

小室 医療費の約20%が脳卒中を含む循環器病に使われており,これはがんの1.4倍に上ります。脳卒中と循環器病はがんと同等,もしくはがん以上に課題の多い疾病と言っても過言ではありません。基本法成立が各種施策の後押しとなり,健康寿命延伸の実現に向け加速すると期待しています。

脳卒中診療「失われた10年」

峰松 課題が顕在化する中,脳卒中と循環器病に対する危機感が,一般の国民はもとより医療界や行政に十分周知されてこなかった面もあったのではないでしょうか。そこで,国が対策に乗り出すよう,日本脳卒中協会が中心となって2008年から「脳卒中対策基本法」の立法化がめざされたわけです。その火付け役の一人である橋本先生は,立法化以前から脳卒中対策に尽力してきました。立法化の端緒はいつでしたか。

橋本 2006年です。この年が日本の脳卒中医療の節目の年と言えます。脳卒中をめぐる施策は基本法が成立した2018年まで6年周期で動いてきました。基本法成立からさかのぼると,2012年に社会保障と税の一体改革,2006年が小泉内閣による医療制度改革とがん対策基本法の成立,2000年は介護保険制度が始まり回復期リハビリテーション病棟が認められた年です。

 さらにその6年前の1994年は,脳卒中治療を行う私たちにとって「失われた10年」の始まりでした。それは何か。脳梗塞治療に用いられる血栓溶解薬「rt-PA」の特許権民事訴訟で米国に敗訴し,製造販売の中止によって日本国内で使えなくなってしまったからです。

峰松 日本が,欧米から一気に遅れる原因となる出来事でした。

橋本 ええ。2005年にrt-PA製剤の使用がようやく認可され,「失われた10年」が終わって迎えた2006年,国循が「循環器病克服10ヵ年戦略」を作りました。同年には,日本脳卒中協会が脳卒中対策を練るべく「脳卒中戦略会議」を開きました。4回にわたり開催する予定で始まった第1回会議に私もメンバーとして出席したのですが,会議はこの1回限りで終わってしまったのです。

峰松 なぜでしょう。

橋本 この年にがん対策基本法が成立したためです。脳卒中も基本法を作る方針へとかじを切りました。「失われた10年」が終わり,基本法成立をめざして進み始めた2006年がまさに,日本の脳卒中医療の転換点でした。

峰松 その後,2014年に議員立法で脳卒中基本法案が発議されたものの衆議院の解散で廃案となってしまいました。1疾患1法案への反対意見もあったため,危険因子が共通することの多い循環器病を加えるべく日本循環器学会と手を取り合い,立法化に向け再スタートを切りました。

橋本 2016年に,日本脳卒中学会と日本循環器学会が策定した5ヵ年計画は,基本法成立への弾みになりましたね。「失われた10年」に加え,基本法成立までさらに10年以上を要し,欧米から20年以上後れを取る中,5ヵ年計画の策定に日本脳卒中学会を巻き込んでくださったことに,感謝しています。

峰松 その5ヵ年計画の策定がどのような経緯で始まったのか,日本循環器学会学術委員会の委員長を2015年から務める斎藤先生からお話しください。

斎藤 2006年に国循から「循環器病克服10ヵ年戦略」が出たものの,その後どう生かされたかの検証はおろか,その位置付けさえも当時の学会員に十分周知されていませんでした。日本循環器学会はそれまで科学的な関心を優先してきた側面があり,循環器病対策を検討する基盤となるようなプランを学会として持ち合わせていなかったのです。

 日本糖尿病学会では「対糖尿病5ヵ年計画」を当時既に第3次まで改訂を重ね,先行していました。そこで日本循環器学会は,10ヵ年戦略が満了するのを機に新たに5ヵ年計画を検討することになったのです。

峰松 その時,共に立法化をめざす日本脳卒中学会にも声を掛けてくださったわけですね。

斎藤 ええ。策定に当たり脳卒中領域から基本法の成立を見越した内容を検討しようと提案があり,立法化の機運が一段と高まりました。5ヵ年計画は5戦略事業を軸に「ストップCVD(脳心血管病) 健康長寿を達成するために」のキャッチコピーを掲げ,2016年12月16日に公表となりました。5ヵ年計画の基盤があったことで整合の取れた基本法が出来上がったものと思います。

橋本 その後,厚労省の「脳卒中,心臓病その他の循環器病に係る診療提供体制の在り方に関する検討会」では脳卒中,心血管疾患のそれぞれでワーキンググループが開催され,5ヵ年計画を作るメンバーも数多く協力して報告書が取りまとめられました。その結果,学会,行政,立法の三位一体による対策が動き出すことになりました。

峰松 基本法が成立したときには既に5ヵ年計画が動き始めており,基本法の道筋をつけていく準備が整っていたわけです。5ヵ年計画と基本法は成り立ちこそ違えど,最初は細かった糸が長い年月をかけて編まれたことで,対策を束ねる一本の太い綱が出来上がったと言えます。

救命を左右する医療体制の整備をどうするか

峰松 さて,基本法の施行後は,法に基づいた政策立案がいよいよ始まります。2020年に政府は循環器病対策推進協議会を設置し,循環器病対策推進基本計画を策定します。さらに,都道府県単位でも努力義務である推進協議会の設置を呼び掛け,個別具体的な推進計画を立てる段取りです。都道府県では推進計画をもとに予算編成がなされ,2021年4月頃から具体的な活動が始まる見通しです。

小室 5ヵ年計画の5戦略事業の一つである医療体制の充実には,都道府県ごとの医療資源に応じた整備が不可欠です。基本法の第12~19条からなる「基本的施策」のうち,医療体制の充実は13,14,15,16条にかけて定められていることからも重要な位置付けとわかります。

峰松 医療体制の整備には,①発症後速やかに救急搬送できるネットワークの構築と,②急性期から回復期,維持期の施設,在宅療養に至るまでシームレスな医療・介護体制の整備,この2つの両立が必須です。循環器の急性期医療体制の状況はいかがでしょう。

小室 急性期の循環器疾患で対応すべきは急性心筋梗塞,急性心不全,急性大動脈解離の3つです。急性心筋梗塞の場合,プライマリPCI(直接的経皮的冠動脈インターベンション)を24時間施行可能な循環器専門施設に患者を搬送し,適切な治療を提供する仕組みが多くの都道府県で既に整っています。

峰松 東京都では,救急搬送のネットワークを先駆的に整備してきました。どのような機関が関与していますか。

小室 CCU(冠疾患集中治療室)を持つ病院,東京都医師会,東京消防庁,東京都福祉保健局の4者です。東京都は1978年に「東京都CCU連絡協議会」を組織して以来,各機関の連絡を密にし,急性心筋梗塞患者の搬送体制を整備してきました。例えば,施設の改修でCCUが一時的に使えない病院があれば,近隣の別の病院に患者が振り分けられます。都では心筋梗塞を発症した9割以上の方がこのネットワークに乗って搬送されるようになっています。

峰松 急性大動脈解離の診療体制はいかがでしょう。循環器病の中でも医療機関の総合力が問われるインパクトの大きい疾患です。相当の医療資源が必要であり,その「ある/なし」が患者の救命を左右します。しかし,大血管の手術に24時間365日対応できる施設は限られるのではないでしょうか。

小室 東京都CCU連絡協議会は2010年に,大動脈解離の手術が可能な施設による「急性大動脈スーパーネットワーク」を新たに開始しています(図2)。手術が第一選択となる,上行大動脈に解離が及ぶような大動脈解離の患者も,手術可能な施設へと迅速に搬送されるようになりました。

図2 東京都急性大動脈スーパーネットワークによる搬送体制(クリックで拡大)
緊急大動脈疾患の治療は時間との闘いである。東京都では迅速な患者搬送システムを構築し,死亡数減少を図る。「緊急大動脈重点病院」は,急性大動脈疾患の入院・手術を24時間365日受け入れ可能な施設で,救急隊に優先搬送を推奨する。なお,重点病院が手術中・満床など収容困難であれば「緊急大動脈支援病院」が受け入れて治療を行う。
[出典]東京都CCU連絡協議会ウェブサイトより作成

斎藤 かつてそれほど多くないと思われていた大動脈解離は,心筋梗塞の3分の1を占めることが明らかになっています。

峰松 実際に多いと感じます。心筋梗塞と考えられた突然死に,大動脈解離も相当数含まれていたはずです。東京都が独自に整備したシステムは今後,全国のロールモデルになると期待されます。

斎藤 急性心筋梗塞の救急医療体制は,関西圏をはじめ各地で均てん化が進んでいます。ただ,急性大動脈解離の体制は地域によって不十分な面もあります。24時間365日体制で大血管手術が可能な施設を持たない医療圏があるからです。医療資源の乏しい地域では,県をまたいだ搬送体制も検討されています(図3)。基幹病院をどの程度設けるかの議論は,脳卒中領域が1次脳卒中センターや包括的脳卒中センターによる機能分けを先駆けて進めているので,循環器側も参考にしたいと考えています。

図3 心血管疾患の急性期診療提供のネットワーク(クリックで拡大)
時間的制約のある脳卒中治療は施設間連携が重要になる。医療資源が豊富な地域は医療資源を効率的に運用し,24時間365日体制を確保する。医療資源が乏しい地域では遠隔診療を用い,脳卒中診療に精通した医師の指示の下でrt-PA静注療法を行うことになる。施設間連携では,rt-PA静注療法を開始した上で病院間搬送を行うdrip and ship法や,rt-PA静注療法を実施した後も引き続き同じ施設で診療を行うdrip and stay法の活用が有効とされる。
[出典]厚労省.脳卒中,心臓病その他の循環器病に係る診療提供体制の在り方について.2017より作成

脳卒中センター認定で進む均てん化

峰松 急性期の医療体制の整備は日本脳卒中学会が注力している点です。5ヵ年計画実現化委員会の委員として5戦略事業の「医療体制の充実」の構想を担当した橋本先生から,重視する点を説明してください。

橋本 搬送体制の整備,均てん化,連携の3点です。これらの実現の鍵を握るのが,脳卒中センターの認定と配置です。5ヵ年計画では,①脳卒中を発症した患者が4.5時間以内にrt-PA治療を始められる体制を構築し,②その結果rt-PA治療実施率10%をめざしています。

峰松 そのために何が必要でしょう。

橋本 rt-PA製剤の投与が可能である1次脳卒中センター,機械的血栓回収が可能な血栓回収脳卒中センター,そして,より高度な脳神経外科治療と血管内治療が可能な包括的脳卒中センターに,可能な限り患者を搬送することです。特に,脳卒中に対する血管内治療を常時施行可能な包括的脳卒中センターをハブとした脳卒中治療のネットワークを,地域ごとに整備することが重要です。

峰松 欧米の脳卒中ネットワークをモデルとしていますね。

橋本 はい。海外の脳卒中の診療体制を見ると,例えば欧州では1995年にWHO欧州地域事務局と欧州脳卒中評議会がHelsingborg宣言で脳卒中ユニットの必要性を指摘し,導入が始まりました。時期を同じくして米国ではrt-PA静注療法が1996年に国内で認可され,2000年代に入り脳卒中センターの認定が始まった経緯があります。

 米国の取り組みで興味深いのは,さまざまなステークホルダーがいる中,米国心臓協会(AHA)・米国脳卒中協会(ASA)が,日本の5ヵ年計画に相当するPolicy RecommendationやStatementを定期的に出していることです。両協会が中心となって米国ブレインアタック連合を組織し,米国医療施設認定合同機構(TJC)などと協力しながら2000年からおよそ20年かけて脳卒中診療施設を米国内に整備してきました。

峰松 エビデンスに基づく診療ネットワークの構築に向け,国内では日本脳卒中学会が1次脳卒中センターの認定を進めています。

橋本 当初,全国500施設ほどの申請を想定していましたが,いざ蓋を開けてみると900以上もの施設から申請がありました。

峰松 全国の二次医療圏をほぼ網羅する規模と聞いています。予想以上の数の多さに各地の問題意識の高さを感じます。

橋本 脳卒中診療の今後の課題は,少ない人員で効率良く医療を提供し,なおかつ医療資源の格差を縮める均てん化を図ることです。図3のように,医療資源の乏しい地域と豊富な地域のネットワークの在り方も厚労省から示されています。欧米が20年かけて整備してきた診療体制を,日本はこの先2~3年で実行すべく急ピッチで進めていくことになります。

地域包括ケアまで支える人材育成を

峰松 医療体制は急性期のみならず,治療後の回復期病院や地域包括ケアに即した視点も忘れてはなりません。脳卒中では回復期リハビリテーション病棟を経由し維持期に移行する患者が多くいるためです。

小室 循環器領域ではこれまで急性心筋梗塞を最重要疾患に位置付け,急性期の診療体制を整備してきた結果,救命率が上がりました。一方,心不全においては,急性期だけではなく,急性期から回復期,維持期までシームレスに診療することが求められます。

峰松 超高齢社会の到来とともに患者数,死亡者数は増加傾向にあり,「心不全パンデミック」と呼ばれ警鐘を鳴らされています。

小室 心不全の特徴は,回復して退院しても,急性増悪による入退院を繰り返しながら,坂道を下るように容態を悪化させて命を落とすことです。

峰松 再発や悪化を防ぐには何が必要でしょう。

小室 退院後,回復期,維持期にかけ生活習慣の管理を含めた診療を継続することです。特に回復期においては心臓リハビリテーション(以下,心リハ)が重要です。専門家のもとで適切な心リハを行うことで予後が良くなるとのデータが出始めています。運動療法だけでなく,服薬や食事の管理も含めた広い意味での心リハの役割は実に大きいと思います。

 これからは,大規模病院で専門医が患者を待つだけでは心不全患者を救えません。かかりつけ医の生涯教育の推進をはじめ,看護師,保健師,リハビリ専門職,薬剤師,臨床心理士など,あらゆる職種の人材育成が必要です。

峰松 おっしゃる通りです。5戦略事業に掲げた人材育成では幅広い職種の貢献を想定しています。

斎藤 日本循環器学会では人材育成の一環として,心不全療養指導士認定制度の2021年春開始をめざし準備を進めています。在宅など実地医家の先生方をはじめ,多職種を対象に教育機会を提供するアプローチが必要と考えたからです。

小室 患者さんが再び入院しないためのリハやケア,生活習慣の管理の大部分を担う多職種の方には,それぞれの職種が持つ知識や技術を心不全に生かす力を身につけてほしいと思います。

悉皆性あるデータ集積で治療成績を可視化する

峰松 厚労省による2017年の患者調査では,心疾患患者は173万2000人,脳血管疾患患者は111万5000人に上ります。いずれも再発率の高い疾患であり,再発予防が欠かせません。ただ,治療や予防の根拠となる患者数や治療成績など,網羅的で精緻な数字が収集されていませんでした。そこで,脳卒中と循環器病の全国登録を5戦略事業の一つに位置付け,登録事業を推進しています(図4)。

図4 登録事業の目標と事業内容(クリックで拡大)
JROADを土台とした包括的循環器病全国登録システムの確立と,J-ASPECT,日本脳卒中データバンクを土台とする包括的脳卒中全国登録システムの確立をめざす。医療費の適正化や地域医療計画,臨床試験への活用など,幅広い分野での利用が期待される。
[出典]日本脳卒中学会,日本循環器学会.脳卒中と循環器病克服5ヵ年計画.2016より作成

小室 心不全,心筋梗塞,心房細動など,循環器病の患者がわが国に実際何人いるのかわかっていません。また,日本循環器学会は今まで60以上のガイドラインを作ってきましたが,ガイドラインに基づいた治療がどの程度なされているか,さらにガイドラインに基づいた治療を行った場合の予後は実際に良くなったのかどうかも不明です。

斎藤 そこで現在,日本循環器学会主導で,全国規模のデータベースJROAD(循環器疾患診療実態調査)を整備し,関連学会のレジストリ事業との連携による悉皆性のある全国登録システムの確立をめざしています。大動脈解離の実態を調査する班も立ち上がり,搬送された患者の予後がデータとして集まり始めています。これらをエビデンスとし,適切な体制を作ることに役立てたいと考えています。

峰松 脳卒中の患者も,増えているのか減っているのかさえわからない状況でした。日本脳卒中学会では,脳卒中を含む脳血管障害の全国登録を行うため,DPC情報を基にしたJ-ASPECT Studyを実施しています。

橋本 脳梗塞,一過性脳虚血発作,脳出血,くも膜下出血の1年間の患者数と,さらにrt-PA静注療法と血栓回収療法を実施した患者のアウトカムまで求めます。脳卒中センターに認定された施設から情報を提供してもらうことで,高い悉皆性を持つ疾患登録が実現するでしょう。調査結果は,脳卒中,急性循環器疾患の救急医療の質向上と,地域の医療格差是正にも役立てられます。登録事業で得たデータは脳卒中センターを認定する根拠にもなるので,脳卒中センター認定事業と登録事業は,5ヵ年計画を推進する重要な基盤となります。

峰松 登録事業が進むことで,治療成績の可視化はもちろんのこと,医療の質改善や医療費の適正化,臨床試験への活用など,応用の幅が広がります。

小室 データの蓄積はさらに,基礎研究の発展にも貢献すると期待します。

峰松 「臨床・基礎研究の強化」は5戦略事業に位置付けられ(図5),基本法第19条にも研究の促進と臨床研究を行う環境整備の必要性が明記されました。

図5 臨床研究・基礎研究の強化(クリックで拡大)
脳卒中・循環器病の克服には,原因を解明し,原因に基づいた治療法の開発が不可欠である。基礎研究の進展による病態解明と,それに基づく創薬,デバイス開発,臨床研究の重要度が増す。
[出典]日本脳卒中学会,日本循環器学会.脳卒中と循環器病克服5ヵ年計画.2016より作成

小室 循環器疾患においては薬物治療が有効なばかりでなく,PCIやカテーテルアブレーションなどの非薬物治療も大変進歩しており,最も治療法の進んでいる領域と思っていました。ところが,今まで死の病と思われてきたがんは,研究の進歩によって分子標的治療薬が登場し,治癒・寛解する例が多く見られるようになっています。それに対し,心不全をはじめとする多くの循環器疾患は未だ治すことができません。いつの間にかがんに抜かれてしまったのではないでしょうか。

峰松 実際にがん患者の生存率は延びており,めざましい進歩です。

小室 循環器疾患は発症原因の多くが明らかになっておらず,原因に基づく根本的な治療がなされていないのが課題です。

峰松 言わば対症療法に留まっている。

小室 おっしゃる通りです。なぜ心不全や心房細動が起こるのか,その原因を解明し,原因に基づいた治療法を開発しなければ,患者が寛解と増悪を繰り返すことが今後も続くでしょう。中・長期的視点で見ると,基礎研究の進展による病態解明と,それを踏まえた創薬やデバイス開発,臨床研究が極めて重要です。基本法が施行された今回,国をはじめ関係機関からの支援が増えることを大いに期待しています。

予防を図る主人公は国民一人ひとり

峰松 脳卒中・循環器病の対策実現,そして克服に向けて何より大切なのが,予防と国民啓発です。

小室 循環器病の多くは予防可能であり,あらゆる循環器疾患の終末像である心不全こそ予防が有効かつ重要になります。まず,暴飲暴食や喫煙を行わないなど生活習慣に気を付けるマイナス1次予防,もし高血圧や高脂血症,糖尿病を患っても心筋梗塞等にならないように生活習慣を改善し正常化を図る0次予防,そして心筋梗塞や心房細動,あるいは弁膜症などになっても心不全に至らないようにする1次予防を行います。さらに,たとえ心不全を1度発症しても,2度と再発しないよう心リハの適切な実施や生活習慣への注意,心不全薬の服薬などによって2次予防を心掛けることが重要です。つまり心不全には4回も予防のチャンスがあるのです。その予防を図る主人公は誰かというと,それは国民一人ひとりです。国民への広報・啓発は極めて重要になります。

斎藤 心不全の怖さを国民にわかりやすく伝えるため,日本循環器学会は一般向けに定義を発表しました。「心不全とは,心臓が悪いために,息切れやむくみが起こり,だんだん悪くなり,生命を縮める病気です」と。がんは,「早期治療で治せる」との概念が国民に根付きつつあります。心不全も「生命を縮める」とのメッセージを加えましたが,心不全によって引き起こされる問題をなるべく早い段階で知ることが予防につながるのだと呼び掛けていきたいですね。

橋本 令和元年を迎えた2019年は基本法施行元年であり,翌2020年は受動喫煙防止対策を強化する改正健康増進法の施行元年です。国連では2011年に,非感染性疾患(Non-Communicable Diseases:NCDs)の対策を国際的に推進することが盛り込まれた宣言が採択されています。NCDsとは,不健康な食事や運動不足,喫煙,過度の飲酒,大気汚染などにより引き起こされる疾患で,循環器病,がん,慢性呼吸器疾患,糖尿病の4つが挙げられます。NCDsの予防や疾病管理を促進する動きが国際的に拡大する今,日本でもリスク管理の必要性を国民により広く啓発していく必要があります。

峰松 予防と啓発は日本脳卒中協会の最大の使命であり,1997年の設立以来20年以上にわたり市民公開講座などの啓発事業を続けてきました。しかしそれだけでは,予防に関心の薄い方まで訴求しないとの危機感を持っていました。そこで私は,義務教育課程から予防・啓発を行う必要があると考え,厚労省の研究で主任研究者として検討しました。その結果,小学5年生が健康教育に適した時期であるとの結論に至っています。消防隊員らによる救命救急の講習など既存の枠組みを利用して伝えていけるはずです。

橋本 NCDsの問題を,学校教育に包括的に組み込む意義は大きいでしょう。

峰松 がん対策基本法の改正を受け,がん教育の必要性が学習指導要領に明記されました。ただ,学習指導要領は10年に一度の改訂です。記載が一度見送られると10年待たなければならず,社会資源の喪失につながりかねません。基本法の成立を機に,予防の必要性をあらためて医療界から社会に訴えていく必要があります。

小室 基本法ができた今,脳卒中と循環器病に対し国や都道府県が認識を新たにすることでより大きな支援があるものと期待しています。それと同時に,私たち医療者自身が5ヵ年計画を確実に履行し,実のある計画であることを証明していかなければなりません。

峰松 おっしゃる通りです。わが国の動向は海外からも注目されています。例えば世界脳卒中機構では,基本法の成立を「small revolution」と呼んで評価しています。国レベルでの循環器病対策推進基本計画,都道府県レベルでの推進計画の策定とその実行,5ヵ年計画のさらなる展開から,日本で「big revolution」が起きることを願っています。

(了)


みねまつ・かずお氏
1977年九大医学部卒。同大第二内科入局。79年国立循環器病センター(当時)内科レジデント,90年米マサチューセッツ大医学部神経内科留学。95年国立循環器病研究センター内科脳血管部門部長,副院長,病院長を歴任し,2018年より現職。日本脳卒中学会理事など,専門学会・団体の要職を務める。世界脳卒中機構やアジア太平洋脳卒中機構の理事,欧米の脳卒中機関誌等の編集委員として国際的にも活躍。日本脳卒中協会理事長として,脳卒中・循環器病対策基本法の成立に尽力した。

こむろ・いっせい氏
1982年東大医学部卒。84年同大病院第三内科医員。89年米ハーバード大医学部留学。93年東大医学部第三内科助手。98年同大医学部循環器内科講師。2001年千葉大大学院医学研究院循環器内科学教授。09年阪大大学院医学系研究科循環器内科学教授を経て,12年より現職。日本医学会連合理事,日本内科学会理事,日本心臓病学会理事,日本心不全学会理事,日本腫瘍循環器学会理事長など役職多数。アジア太平洋心臓病学会次期理事長。日本循環器学会代表理事として「脳卒中と循環器病克服5ヵ年計画」の策定と脳卒中・循環器病対策基本法の成立に尽力した。

さいとう・よしひこ氏
1981年奈良県立医大卒後,京大病院,浜松労災病院に勤務。85年京大病院第二内科医員,92年国立循環器病センター研究所(当時)高血圧研究室長。99年京大大学院医学研究科臨床病態医科学講座助教授を経て,2002年より現職。15年に日本循環器学会学術委員会委員長に就任し「脳卒中と循環器病克服5ヵ年計画」立案の中心的役割を果たした。

はしもと・よういちろう氏
1981年鹿児島大医学部卒。同年熊本大医学部第一内科入局。84年国立循環器病センター(当時)内科脳血管部門,93年熊本市立熊本市民病院神経内科医長,部長,診療部長などを経て,2014年より現職。1998年独ハイデルベルグ大医学部神経内科に留学。90年代に「熊本方式」と呼ばれる地域完結型の脳卒中診療システムを構築。16年の熊本地震復興支援のさなか「脳卒中と循環器病克服5ヵ年計画」の脳卒中領域の策定に貢献した。