医学界新聞

連載

2019.10.07



臨床研究の実践知

臨床現場で得た洞察や直感をどう検証すればよいか。臨床研究の実践知を,生物統計家と共に実例ベースで紹介します。JORTCの活動概要や臨床研究検討会議の開催予定などは,JORTCのウェブサイトFacebookを参照してください。

[第7回]対照群の設定 fast-track designを例に

前田 一石(JORTC外来研究員/千里中央病院 緩和ケア科)


前回よりつづく

 今回取り上げる実例は,進行がん患者に対する早期緩和ケア介入の効果に関するランダム化比較試験(RCT)です1)。本研究で用いられているfast-track designに注目し,介入研究における対照群の設定について説明します。

 本研究は,米国アラバマ州のがんセンター,退役軍人病院,地域のクリニックで,進行がんの診断または再発・悪化から30~60日以内の患者のうち予後6~24か月と推定される者を,直ちに介入を開始する群(早期群)と3か月後に介入を開始する群(待機群)に割り付けて,その後のQOL,症状,抑うつ,生存期間等を評価したものです。

 本研究で実施された介入はENABLE(Educate,Nurture,Advise,Before Life Ends)という構造化された介入で,緩和ケア専門医による診察の後,1週間ごとに計6回看護師による電話でのコーチングセッションを受けるというものです()。電話でのセッションでは,問題解決,症状コントロール,地域の医療資源との調整,アドバンス・ケア・プランニングなどの他,患者自身の成長をライフレビューを通じて促すアプローチなどが実施され,1回のセッションにかかった時間は30~45分程度だったようです。

 早期群と待機群,それぞれの介入の違い(文献1より改変)

 結果はに示す通り,主要評価項目であったQOL,症状,抑うつはいずれも両群間に有意な差は認められませんでした。しかし,副次評価項目として設定されていた1年後の生存率は,早期群63%に対し待機群48%と早期群で有意に良い結果でした(P=0.038)。この結果を踏まえ,著者らは診断後早期から緩和ケアを開始することが重要であると結論付けています。

 主要評価項目の3か月後のアウトカムと,1年後生存率(文献1より作成)

介入の効果検証でデザインを選ぶ視点とは

 介入の効果を検証するには,対照に「何もしない」群を設定すれば効率が最も良いのでは,との考えもあるかもしれません。それと言うのも,効果の期待できないinactive control(プラセボ)であっても何らかの介入を受けると,プラセボ効果によってアウトカムに変化をもたらし得るからです。しかし,文字通り「何もしない」では患者にも医療者にも割り付けがわかってしまう(盲検化できない)ので,薬物の臨床試験ではプラセボの投与が行われるのです。

 緩和ケアの介入は複合介入(complex intervention)なので「プラセボ」を作ることはできません。クラスターRCTを紹介した第4回(3328号)でも述べた通り,複合介入を個人ランダム化・盲検化して行うことは困難です。また,緩和ケアの研究のアウトカムはQOL,症状等のソフトエンドポイントであることが多く,非盲検で研究を実施すると評価にバイアスが生じる可能性が高くなります2)

 個人ランダム化が困難な複合介入であるとの特徴を逆手に取って,クラスターRCTが選択されることもあります。しかし,クラスター内相関によって比較すべき群間に,介入による効果以外の差が持ち込まれることもあり,限界があります(例えば,施設がクラスターである場合に,施設・地域ごとに集められた患者の社会的背景が異なる可能性があることなどを指します)。

 このような文脈の中で,今回は個人ランダム化によるfast-track designを採用した研究を紹介しました。fast-track designは,delayed-intervention designやwaiting list designとも呼ばれる研究デザインで,介入を開始する時期を対照群でずらすことによって,一定の期間限定ながら介入の有無による効果の違いを検討することが可能になります。

 この方法は,全ての症例に対して(時期は異なりますが)介入を受けるチャンスを保証しているため,患者のみならず試験に協力する臨床医の心理的な負担感を軽減できるメリットがあります。今回のように,介入の有効性・重要性については異論がなく,いつ介入を始めるのが良いのかを知りたい場合などに用いられる方法です。

比較可能性を上げるため,デザイン段階で十分検討を

 本研究で用いられたfast-track designはinactive controlを置く方法の一つとされています。早期からの緩和ケア介入の効果を明らかにした有名なTemelらの研究3)が実施された2000年代後半までは,緩和ケア介入を行わない群を設定することが許容されていました。その研究の結果も踏まえ「進行がん患者に緩和ケア介入を実施しないことは倫理的ではない」と判断され,今回の実例ではfast-track designによりいずれの群にも緩和ケアが提供されるようになったことは感慨深いことです。

 複合介入に関する個人ランダム化試験では被験者間で介入に関する情報が共有されることで効果が薄まってしまうcontaminationの問題が起こり得ます。今回の研究は,外来患者への電話による介入であったため,患者同士が介入に関する情報を共有することは困難で,contaminationのリスクは低いと考えられたのかもしれません。

 なお,希少疾患や終末期の鎮静などは,RCTによる実施が難しい場合もあります。このような場合は観察研究のエビデンスがRCTに代わるものとして用いられますが,観察研究ではよりバイアスが入り込みやすいことを認識し,できるだけ比較群と対照群との背景因子の違いを小さくして比較可能性(comparability)を上げるようデザインの段階で十分に検討しておく必要があります。

実例の振り返りから見える研究手法の意義と課題

 今回取り上げた実例では,主要評価項目であるQOL,症状,抑うつの改善効果は認められませんでした。一方で,1年後の生存率は早期群で有意に良いという結果でした。

 実はこの研究は登録期間内に目標症例数に到達せず,事前に設定したサンプルサイズを下回っていたことから,検出力が低い(underpowerな)結果となっています。またfast-track designを用いたものの,3か月という待機期間が介入の効果を検出するには不十分だったのではないかとの考察もなされています。

 本来ならば,早期緩和ケア介入がQOLなどを改善させ,それが生存期間を延ばす効果を発揮していたのかもしれませんが,アウトカムの改善について一貫した結果を見ることはできませんでした。

 本研究の研究者たちは当地で長年にわたり緩和ケア介入の研究・実践を行ってきたため,早い段階から緩和ケアの介入を依頼することが既に地域の文化として根付いており,今回の研究でも,待機群の半数の患者で3か月以内に緩和ケアへのコンサルトが実施されていたとのことです。これは臨床の状況としては望ましい姿と言えますが,介入研究を実施する上では検証したい群間の差が小さくなる(介入効果が希釈diluteされる)結果となるので,効果検証の上では不利な状況にあったと言えそうです。

今回のポイント

・Fast-track designは,時期はずれるが全ての症例に介入を受けるチャンスを保証しつつ,介入による効果を検証できるデザインである。
・比較する二群間の背景因子の違いを小さくして,比較可能性(comparability)を上げるように工夫することが重要である。

つづく

参考文献
1)Bakitas MA, et al. J Clin Oncol. 2015 [PMID:25800768]
2)Gaertner J, et al. BMJ. 2017 [PMID:28676557]
3)Temel JS, et al. N Engl J Med. 2010 [PMID:20818875]

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