医学界新聞

連載

2018.10.22


看護のアジェンダ
 看護・医療界の"いま"を見つめ直し,読み解き,
 未来に向けたアジェンダ(検討課題)を提示します。
〈第166回〉
学ぶことの恍惚と不安

井部俊子
聖路加国際大学名誉教授


前回よりつづく

 2018年の夏も,聖路加国際大学の認定看護管理者ファーストレベルプログラムの授業で瞬く間に時間が過ぎた。8月1日に開講したコースは94人が参加し,途中お盆休みを挟み,9月14日に終了した。

認定看護管理者への道

 認定看護管理者ファーストレベルプログラムは,公益社団法人日本看護協会が規定する認定看護管理者制度の一環である。日本国の看護師免許を有し,実務経験が5年以上あると受講できる。教育課程はファーストレベル,セカンドレベル,サードレベルの3課程である。段階別のカリキュラム基準に基づいて,日本看護協会が認定した教育機関が研修を実施することができる。

 ファーストレベル課程は150時間(2019年度から105時間),セカンドレベル課程とサードレベル課程は各180時間の集合研修である。サードレベルを修了した者は,認定審査(書類審査および筆記試験)を受けることができる(その他,看護系大学院において看護管理を専攻し修士号を取得した者で修了後の実務経験が3年以上ある者,師長以上の職位で管理経験が3年以上ある者で看護管理もしくは管理に関連する学問領域の修士号を取得した者も要件を満たすとされる)。合格者には認定看護管理者認定証が交付され登録される。認定看護管理者は,看護管理実践の実績と自己研鑽の実績等による5年ごとの更新審査を受けなければならない。

 こうして,「管理者として優れた資質を持ち,創造的に組織を発展させることができる能力を有すると認められた者」が誕生する。

「これでいいわけがない」,現場を預かる者の成熟した怒り

 2018年は猛暑とか酷暑とか言われた,ことのほか暑い夏であった。聖路加のファーストレベル課程の受講生は,しかしながら,授業開始時間の30分前には大半の者が着席しTeam-Based Learning(TBL)の考え方で編成された「チーム」で予習を始める。

 開講して1週間くらいたったころであったと思う。私が授業を終えて会場を出ようとしていたとき,後ろからKさんが声を掛けてくれた。この研修で学習することがいかに充実しているかを私に伝えたかったと言った。

 初めて知る管理の知識や考え方がシャワーのように降り注ぎ,まるでスポンジが水を吸い取るように自分の中に染み込んでくると,目を輝かして語ってくれた。短い立ち話のあと,私はKさんのストーリーをもっと聴きたいと思い時間を取ってもらった。

 Kさんは50歳,看護師として28年の経験がある。都内の大学病院で仕事をしていたが,急変した患者の蘇生ができなかった反省から循環器専門病院に移った。疲れていた。趣味でやっていたスポーツで知り合った男性と結婚。不妊治療を受け妊娠,流産などがあり,病院の移転を機に退職した。

 しかし,仕事をしたかった。自力で職場を探して「時短」で入職し,月曜日から金曜日の日勤をした。その職場では上司が1~2年で交代した。「時短のくせに」と言われて悔しい思いをした。数年後に2人目を妊娠。「ありとあらゆる手段で」生活を維持し仕事を続けた。病児保育室に子どもを預けると1日1万円くらいとなり,自分の日給よりも高かった。

 通勤時間を短くしたいと考えて,昨年,48床の地域密着型病院に転職した。看護師長が不在なので自分が主任として病棟運営の中核を担っている。「私が常勤で子どもがいなかったら,もっと生き生きと働けるのに」と思うことがある。患者のおむつ交換のあとに便が付いている,ゴミが落ちている。どうして目につくことを放っておくのかと思うと,ふつふつと怒りがわいてくる。認知症の患者に“もりもり”薬を服用させるナースがいる一方,タッチングと傾聴をするナースもいる。

 「これでいいわけがない」と思う。「うまく回っていない」「何がどう足りないのかを考えたい」と上司に申し出て,しぶしぶ今回の研修に出してもらった。駆け引きに辞意を持ち出した。ワークライフバランスとか,お互いさまと言うけれど,子育ては負い目であると今も思っている。都会のタワーマンションと民家の間にある小さな病院でもがいている自分がいる。

継続教育を担う者の三戒

 ファーストレベルプログラム後半は,前半で学習した知識を用いた事例検討を行う。受講生が記述した「なんとかならないか」事例のうち投票によって多数の支持を得た上位4事例を用いる。まさに“生きた”問題解決セッションが,4日間続く。これが圧巻である。

 しかしこの時期のKさんは少し憂うつそうであった。スポンジのように吸収した知識を使って問題を解決する応用編がうまくできないでいるというのだ。これから職場で,学んだことを活かしていけるのかという不安が襲う。授業が17時に終わるとKさんは足早に帰宅して,小学生の子ども2人に食事を食べさせ寝かしつけたあと,机に向かい,課題文献を読む。

 社会人を対象とした継続教育の場は,講師にもその真剣さが伝わる。真剣勝負の場だと思う。高齢者のおむつ交換,嚥下機能をみながらの食事介助,ストレッチャー入浴の世話,体位交換,入退院の対応,点滴,投薬,もっといい看護をするにはどうしたらよいか。Kさんの動機は純粋である。それゆえに彼らのニーズに応えなければならない。

 Kさんの語りから,私は継続教育を担う者としての戒めを得た。まず,彼らの生活を考慮して授業時間をきちんと守ること,事前課題は彼らの生活時間の範囲で計画的に予習できる内容と分量にすること,そしてできるだけ一人ひとりのパトスに向き合うことである。

 Kさんの成熟した怒りが,職場でのリーダーシップとして結実することを期待したい。

つづく

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