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第3285号 2018年8月20日


【夏休み読書特集】

医学生・研修医のための
ベッドサイド「漫画」ライブラリー


 臨床医学の父,ウィリアム・オスラー博士(1849~1919年)は,リベラル・アーツ(人間教育)の必要性を説き,医学生に就寝前30分間の読書を習慣付けるよう勧めました。オスラーは著書『平静の心』の中で,「医学生のためのベッドサイド・ライブラリー」として聖書やシェイクスピアなどを挙げています。

 今回はその現代版として,第一線で活躍する方々に,お気に入りの漫画へのアツい思いを語っていただきました。たかが漫画と思うなかれ。その中には医師としての人間性形成に役立つヒントも隠れているはず! 夏の夜を共に過ごす漫画選びの参考にしてください。

福武 敏夫
忽那 賢志
近藤 慎太郎
萩野 昇
今村 弥生


福武 敏夫
亀田メディカルセンター
神経内科部長・内科チェアマン


『猫楠――南方熊楠の生涯』水木しげる
『赤い雪――勝又進作品集』勝又進
『らんぷの下』一ノ関圭

❶テレビドラマ「ゲゲゲの女房」で国民的に認知され,『ゲゲゲの鬼太郎』など妖怪物を書きまくった水木しげるは3年前に93歳で亡くなった。その膨大な仕事は,京極夏彦らの監修により103巻の『水木しげる漫画大全集』が最近刊行され終わった。私は月々の配本で全巻そろえてみたが,残念ながらまだごく一部しか読めていない。

 なぜ,水木しげるかと言えば,妖怪ファンというわけでなく,十数年前にふと手に取って購入した『猫楠』がとても面白かったからである。これは,あの大怪人,南方熊楠(1867~1941年)の生涯を,水木しげるの代わりに「かわいい」というか「こまっしゃくれた」(猫楠と名付けられた)猫の目から見て描いた傑作である。今は全集の第80巻に他の「クマグスもの」と共に収載されている。南方熊楠のことは簡単にまとめられないので,文庫本の裏表紙に頼ると「没後半世紀以上を経てもなお,骨太で天衣無縫な……生涯は,人々の関心を惹きつけてやまない。日本が国際化とはまだほど遠かった明治時代中頃に英国に渡ると,『ネイチャー』誌に菌類や人類学などに関する論文を51報も寄稿し,大英博物館の嘱託員となり,孫文と親交を深めるなど八面六臂の大活躍。帰国後も民俗学や粘菌学の研究を行いつつ……熊野の森を守る運動の中心になるなど,時代の先を行く活動で世間を驚かせた」(下線は筆者)。その森の人の「脳力」と「妖力」を兼ね備えた生きざまはもちろん興味深いが,時々挿入される猫楠のセリフがもっと面白い。冒頭で「バカは人間の方だよ」と言い,熊楠往生の後には「わしは人間の幸福の観察者として大昔から人間にまじって暮らしている猫だ」と。

 水木しげるは他にも紹介しきれないほど素晴らしい作品を残している。中でも左腕を失うことになった戦争体験を描いた『総員玉砕せよ!』とか『コミック昭和史』とか『劇画ヒットラー』とかは必読文献と言いたい。なお,「水木」というペンネームは戦後の一時期,神戸市の水木通に住んでいたことに由来するが,驚いたことにそこは私の中学校への通学路であった。

❷勝又進は私と同時代の人であるばかりか,ある時期,埼玉県の進学塾で一緒に講師をしていた縁がある。東京教育大学(筑波大学の前身)で物理学を学んでいた頃の学内の騒然とした雰囲気の中で,ひょうひょうとしたノンポリの目から見た4コマ漫画で雑誌『ガロ』にデビューし,その後は自然と人間に優しい目で接する短編をいくつも描いた。もうその作品はなかなか入手しにくいが,『赤い雪』は水木しげるに「オモチロイ」と言わせ,つげ義春に「劇画を見る目が,きっと変わるはず」と言わしめた作品集で,2006年に第35回日本漫画家協会賞大賞を受賞している。

❸一ノ関圭は女性とのことであるが,素顔は不明の寡作の漫画家である。東京藝術大学油絵科卒で,在学中に投稿した短編『らんぷの下』が第14回ビッグコミック賞を受賞している。江戸・明治時代を舞台に,歴史の波に埋もれた人物の懸命な生きざまを描く骨太な作風が特徴であり,画力が極めて高い。入手できる『らんぷの下』は短編集であり,その中の「女傑往来」は荻野吟子に続いて日本で3番目に女医になった高橋瑞子が医師になるまでを新聞記者の目を通して見たものであり,医師になってからのことは「女傑走る」として『裸のお百』に収載されている。その後の作品集である『茶箱広重』や『鼻紙写楽』も秀逸である。

 漫画も小説同様に玉石混淆だが,ひっくるめて漫画は日本文化の宝だ。何かを学ぶなんて堅苦しいこと抜きに,私の3冊も参考にして,“something”に出会えるよう自分で鉱脈を掘り進めてほしい。


近藤 慎太郎
医師/漫画家


『風の谷のナウシカ』宮崎駿
『アクシデンツ――事故調クジラの事件簿』山田貴敏
『ヨルとネル』施川ユウキ

❶ご存じ,映画「風の谷のナウシカ」の原作です。こちらでは,トルメキア王国と土鬼(ドルク)という,2つの大国の覇権争いが物語の軸になります。そこに小国や腐海に生きる人々の思惑,王蟲(オーム)や腐海の謎などが絡み合います。まず,この複雑かつ精緻な構成に脱帽です。

 そして,ぶれることなく全体を貫くのは,「人はどう生きるべきか?」という普遍的なテーマです。そこに真正面からぶつかっています。映画も十分素晴らしいですが,原作ではさらに豊穣な世界が広がっているのです。

 最終巻,長い旅路の果てにナウシカは腐海や人間の秘密にたどり着き,とある勢力と対峙します。彼らの主張にも一分の理があります。ナウシカはどのような選択をするのでしょうか?

 美しい,きれいなものばかりではなく,醜さ,愚かさも併せ持った混沌が人間なんだ。そんなふうに思える作品です。

❷『Dr. コトー診療所』で有名な作者の作品です。政府の特命を担う主人公が,不可解な事故や現象について,わずかな手掛かりを元に,地道な捜査で真相にたどり着く,という物語です。安易な結論に流れない主人公の姿勢は,見習うべきものがあります。

 試験では,唯一の正解を素早く見つけることが要求されます。しかし働けばわかる通り,世の中には正解がないことも多々あり,どちらかと言えば粘り強く最適解を見いだそうとする姿勢が必要です。今まで培ってきた能力があまり通用しなくなったそのときに,わからないこと,白黒つかないことを恐れたり,憎んだりしないようにしましょう。暫定的な判断は都度必要ですが,たとえ時間がかかったとしても,最適解に肉薄する感覚と喜びを身につけましょう。

❸政府の人体実験により,身長が11 cmになってしまったヨルとネル。自由を求めて脱出し,海をめざします。体裁は4コマギャグですが,その道中は苦難の連続です。終盤には衝撃的な事実が判明します。しかし,それでも前へ進もうとするヨルとネル。ユーモアとリリシズムの融合が見事です。

 誰しも最終的には死を迎えます。それを単なるバッドエンドにしないためには,生きてきたかいがあったと思えるような「何か」を見つける以外にないでしょう。二人のように。

 人はパンのみにて生くるものにあらず。自分もそうだし,他者もそれをめざしているということを理解し,尊重することが大切です。

 ちなみに私は最近,『医者がマンガで教える 日本一まっとうながん検診の受け方,使い方』という本を出版しました。がん検診のウラもオモテも全て解説しています。ぜひご一読いただければ幸いです。


今村 弥生
杏林大学医学部
精神神経科学教室助教


『NARUTO ―ナルト―』岸本斉史
『鋼の錬金術師』荒川弘
『魔人探偵脳噛ネウロ』松井優征

 現在の日本の漫画はアートであり,熟練した医師の診療もまたアートによって構成されるものです。私は何千,何万人という読者によって購入される人気の高い漫画の中には,今を生きる人が求める哲学が内包されていると考えて,精神病跡学の手法を使って研究しています。その中の3作品を推薦します。

❶ジャージとサンダル姿の忍者と,近未来と昭和レトロが入り混じったような独特の背景は,絵としても魅力的で,多面的な作品ながら「愛と許し」が中心テーマになっているのが特異的・感動的で,海外でも評価が高いゆえんと思われます。上級忍者と見習いが3~4人組で任務に当たる姿は,研修医数人と指導医の医療チームを投影して見ることもできます。学び,教え,社会全体を考え,成長していく若い忍者の姿はまさに医師のプロフェッショナリズムではないでしょうか? 全72巻を休日3日で読み切ってしまい,危うく褥瘡ができるかと思いました。

❷非常に完成度の高い作品で,政治と戦争,生命倫理,エディプス・コンプレックス,政治と戦争などの重厚なテーマが,よく描きこまれた登場人物によって表現されており,人が背負う「七つの大罪」について問答されている作品と考えています。不死の苦しみを背負った登場人物が,長い長い対話によって理不尽に死んだ人々の魂を理解し,贖罪を得るくだりは仕事柄,感銘を受けました。本作の主題が,強さの獲得ではなく,当たり前の生活に戻るという平凡への回帰であるのは,現在人の願いを反映しているのでしょう。就寝前に読み始めると入眠困難は必至の名作。

❸何人かの知人から薦められ,試しにと読み始めたら,一晩で一気に全23巻を読み切り,「一番好きな漫画は?」と聞かれたら,この作品を挙げます。漫画とは本当の世界の真実を伝えるための嘘(ファンタジー)だとしたら,この作品の“謎”を食べるということは,こころ満たすということ,そして最後の主人公の行動は聖書にある「自らの命を愛する者はそれを失い,手放す者はそれを得る」というメッセージというのが,私の解釈です。この作品のパワーに背中を押されて,職場を異動したストレスもやり過ごすことができて,今度は私が別の友人たちに本作を薦め,全巻大人買いさせる散財の連鎖を生む魔力を帯びた作品です。

 この夏に読んだ漫画が,皆さんをちょっと個性的で味わい深い医師に近づけてくれるかもしれません。


忽那 賢志
国立国際医療研究センター
国際感染症センター
国際感染症対策室医長


『ぼくんち』西原理恵子
『喧嘩商売』木多康昭
『とめはねっ!――鈴里高校書道部』河合克敏

❶山と海しかない小さな町で,母親に捨てられた貧しい3人の姉弟がたくましく生きていく物語である。水商売をして弟2人を養う姉,それに嫌気が差して家を出てトルエンを売る兄・一太,アル中で娘に暴力を振るい続け最終的にヤク中で死ぬさおりちゃんの父親,店のお姉さんの借金を背負わされ夜逃げするソープランドのボーイ,万引きした息子のせいで家を燃やされる末吉おっさん……。なんと言うか,かわいらしい絵柄とは正反対の凄惨な世界である。しかし,それでもこの最低な世界を笑い飛ばす西原理恵子のユーモアのセンスや,この物語の根底に流れる家族愛が,このマンガを笑って泣ける唯一無二なものにしている。“くつな文学賞”20年連続受賞作品。

❷木多康昭がここまで面白いマンガを描けるとは誰が予想していただろうか。初期の作品『幕張』が全く面白くなかった私としては驚きの展開である。

 ただ,格闘部分は文句なく面白いんだが,途中にちょいちょい『幕張』的なしょうもないギャグパートが入ってくる。主人公が金剛や煉獄といった必殺技を覚えると物語はどんどん加速し始めるのだが,そこにもつまんないギャグが容赦なく打ち込まれてくるので「もうギャグはいいからさっさと話を進めろや!!」と激キレしたくなる。だが物語の後半からは空気を読んだのか,あるいは筆者自身が物語に没入しているのか,ギャグが一切入らないひたすら面白い格闘マンガに覚醒し,『週刊ヤングマガジン』連載中の続編『喧嘩稼業』もこのテンションを維持したまま超絶爆走中である。

❸『帯をギュッとね!』『モンキーターン』の河合克敏の最新作が「書道」って聞いて,正直「うわ~……つまんなそう……」って思った私でした。

 帰国子女の主人公が無理やり書道部に入らされ,徐々に書道の魅力に引き込まれながら楽しい脇役たちと部活動をやっていくだけの話。言ってしまえばそれだけのマンガなんですけど……これが面白いんだな。書道の歴史やら各書体の解説やらも丁寧なので書道自体を学ぶ機会にもなるし,実際の書が劇中に使われていてすごいカッコいい。そして,いかにも書道と相性が悪そうなラブコメ要素が各所にちりばめられており,甘酸っぱいんだなコレが。書の甲子園に投稿するために悩みながらも作品を書き上げた主人公の書が本当に素晴らしくて,おっちゃん,マジ泣きしちゃったよ……。

 マンガは最高の息抜きでもあるし,医師としての深みにもつながる最良の友です。仕事に疲れたらマンガを読んで英気を養いましょう!


萩野 昇
帝京大学
ちば総合医療センター
第三内科学講座講師


『さよならタマちゃん』武田一義
『サトコとナダ』ユペチカ・著,西森マリー・監修
『弟の夫』田亀源五郎

 千葉県市原市を本拠地としてリウマチ・膠原病の診療に従事していますが,近年は山梨県甲府市や福島県いわき市にも定期的にお伺いしています。電車での移動距離が長く,外来で一日聞いて喋った後の帰路はいつもぐったりですが,神経が高ぶって眠れないことがほとんどです。そんなときには漫画を読んでいます。電子書籍のフォーマットで読むことが多いので,満遍なく目配せが行き届いたリストではありませんが,読んでいてある種の「照り返し」を得た漫画をご紹介します。編集室からの依頼は「3冊」ということでしたので,とりあえず上記3冊を挙げておいて,以下で派生させます。

闘病記を読む
 医師にとっての日常が患者さんやそのご家族にとっての非日常であることは,何度も何度も思い起こさなければなりません。『さよならタマちゃん』は,作者が漫画家アシスタントとして勤務している最中に罹患した精巣腫瘍の闘病記です。筆者は抗がん薬による味覚障害がこれほどつらいものとは知らず,はっとさせられました1)

 同じく(家族の視点からの)闘病記として『天国ニョーボ』(須賀原洋行)があります。医療従事者として,どのような振る舞いが患者さんやご家族に不安や不信感を与えるのかを知るための,良い素材だと思います(耳の痛い指摘も多い)。『なんびょうにっき』(さとうみゆき)は成人スティル病の闘病記ですが,筆者に『ロジックで進める リウマチ・膠原病診療』の元となる連載を思い立たせたきっかけです。『入院ノート』(火村正紀)は切ない。

人生の追体験
 漫画の圧倒的な強みは,登場人物の人生を「追体験」したかのような経験が得られることではないかと思います。もちろん,それが「漫画読書体験」の全てではないですが,有限の人生で多忙な生活を送る医師が「聞く幅」を増やすために漫画は有用です2)。『サトコとナダ』は,米国に留学した日本人のサトコとムスリムであるサウジアラビア出身のナダのルームシェア生活を4コマ連作でつづった,学ぶべきことの多い佳品です。礼拝,ヒジャブ,一夫多妻制など「不自由」に見えるムスリムの習慣は,本当に不自由なのでしょうか? 不自由なのは一見「自由」な日本人では?

 その他,堀江貴文(ホリエモン)が激賞する『闇金ウシジマくん』(真鍋昌平)3)や,漫画で政府批判を行ったために作者が日本への亡命に追い込まれた『マンガで読む嘘つき中国共産党』(辣椒)などは,得難い「人生の追体験」を与えてくれます。

家族のかたちを考える
 目の前の患者さんと対峙するとき,必ず「家族」の像がその向こうに見えてきますが,家族のかたちは急速に多様化しています。『弟の夫』はNHKのドラマにもなった作品で,ある日「弟と同性婚をした」というカナダ人・マイクが家を訪ねてくる話。主人公の心の揺らぎが「ちょっとした表情の推移」に描き分けられているところに作者の超絶技巧を感じます4)

 その他,『お母さん二人いてもいいかな!?』(中村キヨ〈中村珍〉),『夜廻り猫』(深谷かほる),『ど根性ガエルの娘』(大月悠祐子),『毎日かあさん』(西原理恵子)などもお薦めです。

 上に紹介した以外にも,ほんのひとコマの描写が「前に進む糧」となる漫画が多数あります。メッセージに代えて,紹介しきれなかった漫画から,愛すべき登場人物のセリフを引用します。筆者の臨床現場で,心の杖になっているセリフです。

「要するにだ オレが思うに人類最大にして最強の敵は“めんどくさい”だ」――『グリーンヒル』(古谷実)

「わるいコトから覚えていく どうでもいいコトから身についてゆく」――『湾岸MIDNIGHT』(楠みちはる)

Huggy's Memo
1)同じ作者による『ペリリュー――楽園のゲルニカ』。この人は「この絵」で何という物語を描くのだろうか! 傑作の予感(未完)。
2)より良く「聞く」ためには,単なる相づちや共感の表明(「おつらいですね」)以上の知識とスキルが必要です。
3)この漫画の随所で描かれる「街の遠景」に作者の技量を感じる。主人公は丑嶋馨(「ウシジマくん」)ではなく,この街。
4)マイク役として把瑠都が配役された時点でドラマの成功は決まっていた。