医学界新聞

連載

2017.12.18



目からウロコ!
4つのカテゴリーで考えるがんと感染症

がんそのものや治療の過程で,がん患者はあらゆる感染症のリスクにさらされる。がん患者特有の感染症の問題も多い――。そんな難しいと思われがちな「がんと感染症」。その関係性をすっきりと理解するための思考法を,わかりやすく解説します。

[第19回]固形腫瘍と感染症③ 乳がんと人工物感染症

森 信好(聖路加国際病院内科・感染症科副医長)


前回からつづく

乳がんによる免疫低下は

 前回までは固形腫瘍特有の感染症や免疫チェックポイント阻害薬と感染症について解説してきました。今回は乳がんと感染症を取り上げます。なかでも乳房再建術の際に用いるティシューエキスパンダー(tissue expander;T/E)やインプラントなどの人工物感染症について少し掘り下げて説明することにしましょう。

 乳がんも他の固形腫瘍と同様,低下する免疫は治療に応じて異なります。手術や放射線治療,中心静脈カテーテルが挿入されていれば「バリアの破綻」が,細胞傷害性の化学療法を使用すれば「バリアの破綻」に加えて「好中球減少」が軽度見られます。また,ステロイドを用いる場合には「細胞性免疫低下」も引き起こします。

乳房再建後の人工物感染症

 さて,ご存じのように乳がんは日本人女性の罹患するがんとしては最多となっています。がんの根治はもちろん重要ですが,乳房を失うという心理的苦痛に悩まされることから乳房全摘出術に二の足を踏む患者さんも多いとよく耳にします。そこで美容的な観点から乳房再建が重要になってきます。最も多い方法は,乳房全摘出術後に人工物であるT/Eを挿入し,生理食塩水を注入して1~2か月かけて徐々に拡張していき,最後にシリコン製のインプラントと交換するというものです。

 ただし,T/Eもインプラントも人工物ですので常に術後感染症(surgical site infection;SSI)のリスクと隣り合わせです1)。2004年から2011年までに行われたアメリカのナショナルデータ2)では,乳房切除術のみの場合のSSIの発症率が5.0%なのに対し,乳房切除術およびインプラントを挿入した場合には10.3%にも上ることが知られています。特に,放射線治療後,皮膚の瘢痕や萎縮がある場合にはさらにリスクが増大します3)

 また,最近の研究4)では,乳房切除と同時に再建術を行った場合には乳房切除から1週間以上あけて再建術を行った場合に比べて,SSIの発症率が増加(8.9% vs. 5.7%,p=0.04)することがわかりました。

 今回はこれらの人工物感染症について,症例をもとに詳しく説明していきます。

症例
 47歳女性。左乳がんに対して左乳房全摘出術,センチネルリンパ節生検,腋窩リンパ節郭清およびT/Eによる乳房再建術施行。術後特に合併症なく第5病日に退院したが,退院の1か月後より37℃台前半の微熱および創部の発赤,疼痛が出現したため受診。
 Review of System(ROS)では上記以外,頭痛,鼻汁,咽頭痛,咳嗽,喀痰,呼吸困難,嘔気・嘔吐,腹痛,下痢,排尿時痛,排尿困難,頻尿,関節痛,筋肉痛なし。
 来院時意識清明,血圧117/68 mmHg,脈拍数90/分,呼吸数18/分,体温37.1℃,SpO2 99%(RA)。身体所見上,左乳房創部の発赤,熱感,圧痛,腫脹あり。その他頭頸部,胸腹部,背部,四肢に異常所見なし。
 乳房超音波検査にてT/E周囲に少量の液体貯留あり。穿刺液のグラム染色では白血球に貪食されたグラム陽性球菌(gram positive coccus;GPC)in clusterを認める。

原因微生物を特定する

 この症例は典型的なT/E感染症です。T/E感染症では何としても原因微生物を突き止める努力をしなければなりません5)。ですので,血液培養に加えて超音波検査を行い液体貯留があれば穿刺培養を提出しましょう。今回はGPC in clusterがグラム染色で見られています。

 では,T/E感染症ではどのような微生物が関与するのでしょうか。例えば私がアメリカで勤務していたMDアンダーソンがんセンター(MDACC)ではの通りです6)。メチシリン耐性表皮ブドウ球菌および黄色ブドウ球菌が多いことがわかりますね。また,人工物感染症ではMycobacterium abscessusM. fortuitumなどの迅速発育型抗酸菌やカンジダなどの真菌も起因菌となり得ますので,抗酸菌・真菌培養も忘れずオーダーするようにしましょう。もちろん各施設でばらつきがありますので統計を取っておくことが非常に重要です。

 MDACCにおけるT/E感染症に関与する微生物の疫学(文献6より改変)

バイオフィルム透過性を考慮する

 それではT/E感染の治療戦略はどのように立てれば良いのでしょうか。ランダム化比較試験が存在しませんので,残念ながら「この治療がベスト」と言い切ることはできません。ここではMDACCでの治療戦略をご紹介しましょう。

 第3回(3187号)でも言及しましたが,人工物の感染症ではバイオフィルムという微生物の塊が人工物表面に形成されます。抗菌薬治療を選択する際,このバイオフィルムに透過性の良いものを選択する必要があります。これはカテーテル関連血流感染症の治療戦略でも同様ですね。T/E感染症では上述の通り,多くの場合MRSEやMRSAなどのメチシリン耐性菌が関与します。そこでこれらに対する抗菌薬のバイオフィルム透過性7)を見てみましょう(図1)。

図1 抗菌薬のバイオフィルム透過性(文献7より改変)

 バンコマイシンやリネゾリドはバイオフィルム透過性が悪いことがわかります。リファンピシンはバイオフィルム透過性が良いことは皆さんもご存じかと思いますが,ダプトマイシン,チゲサイクリン,ミノサイクリン,トリメトプリムはさらに良好ですね。

 MDACCではこのデータを元に培養結果が判明するまでの経験的治療として,図2のようなアルゴリズムを作成しています6)

図2 培養結果判明までの経験的治療の手順(文献6より改変)

 もちろん,培養および感受性結果がわかればそれに応じて抗菌薬を変更することになります。

 本症例ではグラム染色でGPC in clusterが見られ入院を要したことからダプトマイシン+リファンピシンで経験的治療を行いました。培養結果はMRSEであったため,感受性結果を受けてミノサイクリン+リファンピシンに変更し合計4週間の治療でT/Eを抜去することなく治癒しました。

 今回は乳がんに対する乳房再建術後の人工物感染症について具体的に解説しました。原因微生物を同定することが極めて重要であり,バイオフィルム透過性の良い抗菌薬を選択することで,人工物を抜去することなく治療を行うことができ得ることをご理解いただけましたでしょうか。

 次回も固形腫瘍と感染症の中で注意すべきものをピックアップしてご説明します。

つづく

[参考文献]
1)Ann Surg Oncol. 2016[PMID:26219243]
2)Infect Control Hosp Epidemiol. 2015[PMID:26036877]
3)Lancet Infect Dis. 2005[PMID:15680779]
4)JAMA Surg. 2017[PMID:28724125]
5)Infect Dis Clin North Am. 2012[PMID:22284379]
6)Plast Reconstr Surg Glob Open. 2016[PMID:27579229]
7)Antimicrob Agents Chemother. 2007[PMID:17353249]

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