医学界新聞

連載

2017.08.28



院内研修の作り方・考え方

臨床現場で行われる研修会や勉強会をより効果・効率・魅力的な内容にするために,インストラクショナルデザインを用いた研修設計をご紹介します。初めて教育委員を任された「はじめさん」,頼れるベテラン看護師「ゆう先輩」と一緒に,教育を専門に学んでいなくても自信を持って教えられるスキルを学びましょう。

【第5回】研修事例③ 医療安全研修 「眠くならない研修」に変える

政岡 祐輝(国立循環器病研究センター副看護師長/熊本大学教授システム学研究センター連携研究員)


前回よりつづく

学習者が関心を寄せる研修とは

(ゆう先輩) お疲れさま。なんだか顔が眠そうだよ。
(はじめさん) 今まで医療安全研修だったんですが,途中で寝ちゃって……。
(ゆう先輩) あるあるだね(苦笑)。

 医療安全研修は院内感染対策研修とともに,全職員を対象に年2回程度の開催が義務化されている研修です。受けなければならない研修だからみんな受講はするけれど,面白くなくて寝てしまう人が続出する残念な研修になっている所も多いのではないでしょうか。医療安全に限らず,形式的な講義中心の研修ではよく聞く話です。学習者側の問題ももちろんありますが,学習者の関心・興味を引かない,小難しい内容でわかりづらい,知的好奇心を満たす工夫がなく学習意欲をそそらないなど,研修デザインに問題を抱えていることもしばしばです。

(ゆう先輩) いい機会だ。眠くならず意欲的に学んでもらえる研修に変えるにはどうしたらいいか考えてみよう。
(はじめさん) 眠くなるのは,つまらないのが問題です。面白い研修にすればいいんじゃないですか?
(ゆう先輩) ただ面白ければいいのかな。

 学習者が関心を寄せ意欲的に学ぶ研修は,必ずしも「面白い研修」を意味しません。たとえ外見的にはつまらなそうな研修でも,学習者が真剣に取り組み,やりがいを感じ,意欲的に学習活動に取り組んでいるのであれば,その研修に魅力がないとは言えません。学習者が自分ごととしてとらえられる研修,気になったことを研修後に調べてみようと思える研修,「あの研修で学んだことだな」と振り返ることができる研修――。そんな魅力的な研修作りをめざすべきです。

 そこで今回は,学習意欲育成のためにケラーが提唱した「ARCSモデル」を紹介します1)。これは一言で言うと,「研修の魅力を高めるための作戦」です。

 ARCSモデルは,学習意欲の問題と対策について,注意(Attention),関連性(Relevance),自信(Confidence),満足感(Satisfaction)の4つの要因に分類された頭文字から名付けられたもので,各要因に対応した動機付けの方策が提案されています。

 例えば既存の研修を見直す場合,研修に参加する学習者特性を踏まえ,学習意欲の問題点をARCSの4要因で同定します。次に,ARCSの視点を基にブレーンストーミングを行い,使えそうな方策一覧を作ります。方策には,研修の最初,途中,最後,研修中連続的に用いるものがあります。次に,その方策を学習者・課題・学習環境の特性などに応じ,選択的に採用します。

ARCSモデルの4要因

 次に,ARCSモデルの4要因をの方略例と合わせて解説していきます。

 ARCSモデルを用いた医療安全研修の方略例

1)注意の側面
 「面白そう」「なんだこれは」という学習者の興味・関心を引ければ,注意を獲得できます。新奇性のある知覚的な注意により促された疑問や驚きは,学習者の探究心を刺激します。注意を持続させるには,マンネリを避けるため研修を細かく区切ったり,研修の要素を変化させたりすると良いでしょう。

2)関連性の側面
 この研修が学習者にとって,どのような点で有益かを考えます。学習課題が何であるかを学習者自身が知り,自分の業務と関係がありそうだと意義を見いだせれば,学習活動の関連性が高まります。反対に,「何のためにこんな研修を受けるのか」が理解できないと,関連性は欠如してしまいます。学習が実践に有用であることの他に,学習プロセスを楽しむという意義や課題に対する親しみやすさも,関連性を高める一側面となります。

3)自信の側面
 学習者が研修で学んだことを実際に生かせる自信をいかに獲得できるか。学習目標の達成可能性が低く,やっても無駄だと思えば自信に結び付きません。研修の中で確固たる自信を獲得させることは難しいですが,研修の中で成功体験を重ね,自分が工夫したから「できた」と思える方策を取ることで,「やればできる」という自信がつきます。さらに,現場に戻ってから成功体験を積むことでも自信が増しますので,現場での支援も重要です。

4)満足感の側面
 研修を振り返り「やってよかった」と満足感が得られれば,次の学習意欲につながります。さらに,研修で学んだことを実際に生かせた経験や,上長や同僚に認知・賞賛されることも大切です。学んだことを試せる環境を作りたいものです。

効果の確認も忘れずに

 研修の冒頭に講師自身の身近で起こったアクシデント場面が写真および事例のエピソードとともに紹介され,感情が揺さぶられて一気に研修に引き込まれる。研修の中では,現場で自分自身が遭遇しそうな具体例が示され,難しいことは比喩が用いられて理解しやすい。自分で簡単な問題から難しい問題を考える機会があり,実践でも使ってみたいと感じられ,現場に戻ってある事象に生かせたことでインシデントが発生しなくなった――。これは私が受けた中で特に印象に残っている研修です。この研修は,ARCSの4要因がそろった研修だったと言えます。

(はじめさん) ARCSモデルに沿った方略,いいですね! 方策をいろいろ考えて,全部取り入れたらすごく良くなりそうです。
(ゆう先輩) いやいや,シンプルなものが,学習意欲を最も高める場合もあるし,不必要な方略は,学習者の自発的な意欲をかえって阻害することにもなるから要注意だよ。

 そう,学習者の特長,学習課題,学習方法などの研修の設計要因に対し,ARCSの4要因で点検を行い必要な方策を採用することが大切です。ただし,方策を採用しただけで終わってはいけません。採用した方策の効果をしっかり確かめ,次の課題を明確化し改善することが欠かせません。このシステム的なプロセスを取ることがインストラクショナルデザインの根幹です。

教え方のポイント

→注意,関連性,自信,満足感の4つの要因を踏まえ研修を再点検したい。
→研修をやって終わりではなく,採用した方策の効果を確かめ,さらなる改善を。

つづく

[参考文献]
1)J. M. ケラー,鈴木克明監訳.学習意欲をデザインする――ARCSモデルによるインストラクショナルデザイン.北大路書房:2010.

開く

医学書院IDの登録設定により、
更新通知をメールで受け取れます。

医学界新聞公式SNS

  • Facebook