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第3187号 2016年8月22日


目からウロコ!
4つのカテゴリーで考えるがんと感染症

がんそのものや治療の過程で,がん患者はあらゆる感染症のリスクにさらされる。がん患者特有の感染症の問題も多い――。そんな難しいと思われがちな「がんと感染症」。その関係性をすっきりと理解するための思考法を,わかりやすく解説します。

[第3回]バリアの破綻

森 信好(聖路加国際病院内科・感染症科医幹)


前回からつづく

 これまで2回(第3179号第3183号)にわたり,がんと感染症の関係について紹介してきました。その中で,4つのカテゴリー(バリア,好中球,液性免疫,細胞性免疫)に分けて考え,どの免疫の壁が崩れるとどのような感染微生物の危険にさらされるかを説明してきました。

 今回は,一つ目の免疫である「バリア」が破綻した場合の感染症について,より具体的に解説していきたいと思います。バリアとは皮膚や消化管・呼吸器・泌尿器などの粘膜による防御システムのことでしたね。がんそのものや,手術,放射線療法,化学療法,カテーテル挿入などの治療によってそのバリアが破綻すると,本来は自分の体表面や管腔内にいる微生物が体内に侵入し,感染を引き起こします。

 なお,化学療法を行った際には,「バリア」と同時に「好中球」の壁が崩れることにもなります。

 今回はロジックを単純化するために,固形腫瘍の症例からバリアの破綻だけが起きる症例を提示しましょう。

症例1
 47歳女性。乳がんに対して両側乳房全摘出術およびエキスパンダーによる乳房再建術施行。術後7日目より38℃の発熱が出現。また左乳房内側に発赤,熱感,疼痛,腫脹あり。意識清明,頭頸部,胸部聴診,背部,腹部,四肢に明らかな異常なし。

 超音波検査にて左エキスパンダー周囲に液体貯留があり穿刺液からメチシリン感受性黄色ブドウ球菌(Methicillin-sensitive Staphylococcus aureus;MSSA)が検出された。なお,血液培養は陰性であった。

 症例1は,乳房全摘出術後の創部感染症とエキスパンダー感染です。手術で皮膚バリアが破綻し,皮膚の常在菌や手術中操作により入り込んだ細菌が感染を起こしているわけです。エキスパンダーなどの人工物による感染は,人工物の表面にバイオフィルムという細菌の塊が作られるため,抗菌薬治療がしばしば難渋します。そのような場合の治療としては人工物の抜去が基本です。ただし,どうしても抜去できない場合には,バイオフィルム透過性の良い抗菌薬を選択して治療することもあります。

症例2
 62歳男性。前立腺がんの疑いに対して前立腺生検を施行。術前にシプロフロキサシンの予防投与を受けていた。同日夜に悪寒を伴う38.6℃の発熱および血圧低下あり。排尿時痛,排尿困難感が増悪している。意識レベルJCS I-2,頭頸部,胸腹部,背部,四肢に明らかな異常なし。血液培養および尿培養よりキノロン耐性の大腸菌が検出された。

 症例2は前立腺生検後の急性前立腺炎および敗血症だとわかりますね。直腸からアプローチするため,腸管粘膜および前立腺被膜のバリアが破綻して,腸内に常在する大腸菌が感染を引き起こしています。報告によりまちまちですが,前立腺生検後の尿路感染症は5%程度1)とされています。かつてはキノロン系抗菌薬による予防投与が行われていましたが,症例2のようにキノロン耐性の大腸菌による感染症が増えている2)ので注意が必要です。

カテーテル関連血流感染症の診断方法

 ところで,がん患者にはしばしば中心静脈カテーテルが挿入されます。消化管が使用できなかったり,あるいは急性白血病などで寛解導入療法を行ったり,造血幹細胞移植を実施したりするなど,その理由は多岐にわたります。

 今回のテーマである「バリアの破綻」による感染症で最も重要な症例の一つが,カテーテル関連血流感染症(Catheter-related bloodstream infections;CRBSI)です。そこで,症例とともにCRBSIのさわり部分を説明することにしましょう。

症例3
 58歳女性。腹膜播種を伴う進行性胃がんに対して積極的な治療は行わず,3週間前に中心静脈カテーテル(左鎖骨下静脈)を挿入し全身管理を行っている。今回,悪寒を伴う37.8℃の発熱あり。頭頸部,胸腹部,背部,四肢に明らかな異常なし。カテーテル刺入部にも発赤や疼痛は見られない。カテーテルと末梢から同時に採取された血液培養からはいずれもコアグラーゼ陰性ブドウ球菌(Coagulase-negative staphylococci;CNS)が検出されたが,血液培養陽性時刻はカテーテルでは13時,末梢では17時であった。

 一読していかがでしょう。この症例,自信を持ってCRBSIだと診断できますか? ポイントは,カテーテルと末梢から同時に採取された血液培養が陽性になるまでの時間差です。これはDifferential Time to Positivity(DTP)と呼ばれ,CRBSIを診断する際のキーワードです。CRBSIと診断するには大前提として,カテーテルと末梢から同時に同じ量の血液培養を採取する必要があります。その上で,診断に至る手段は2つ。それが,①血液の定量培養と②DTPです3)

 MDアンダーソンがんセンター(MDACC)など米国の一部の施設では,①定量培養が一般的です。CRBSIではカテーテルに感染の首座がありますので,当然カテーテルから採取した血液培養のほうが,末梢からの血液培養よりも菌量が多くなりますね。その差が3倍以上であればCRBSIと診断されます3)。具体例を挙げましょう。定量培養により,カテーテルからの菌量が500コロニー形成単位(CFU),末梢からの菌量が100 CFUとします。その差は5倍ですので,これはCRBSIと診断されるわけです。ただ,日本ではあまりなじみのない方法かもしれませんね。

 一方,②DTPは日本の病院でも用いられる方法でしょう。定量培養の考え方と同様に,カテーテルから採取した血液培養は末梢からのものよりも菌量が多いはずです。したがって,同時に採取した場合には,カテーテルから採取したもののほうが,末梢からの血液培養よりも早く陽性になるであろう,という考えに基づいています。ではどの程度「早く」陽性になればCRBSIと診断されるのか。答えは「2時間」です。「CRBSIの大家」と呼ばるDr. Makiら4)によれば,DTPを用いる方法は感度85%,特異度91%と非常に信頼できる診断方法であるとされています。症例3では,カテーテルからの血液培養陽性時刻が13時,末梢のものが17時ですので,DTPは4時間。2時間以上の差があるので,CRBSIの診断となるのです。

CRBSIの診断
①血液の定量培養:必ずカテーテルと末梢から同時に同量の血液培養を採取
②DTP:カテーテルの血流培養は末梢よりも早く陽性(DTPが2時間以上)

カテーテル抗菌薬ロック療法

 治療は先述の人工物感染症の原則に則り,「抜去が大前提」です。特にカンジダによるCRBSIでは必ず抜去する必要があるとされています5)。一方,一般細菌によるCRBSIでは次のような意見もあります。全身状態が安定していて持続菌血症がなく,カテーテル以外に感染が波及(感染性心内膜炎,骨髄炎や深部膿瘍など)していない場合,カテーテル抜去や再挿入によるリスクが高ければ,全身投与の抗菌薬に加えて抗菌薬ロック療法を行いさえすれば必ずしもカテーテル抜去は必要ないのではないか,というものです。

 米国感染症学会(Infectious Diseases Society of America; IDSA)が2009年に発表したガイドラインでは,CNSによるCRBSIに対してのみ抗菌薬ロック療法が推奨されています。その後,多くの臨床研究が行われており,抗菌薬ロック療法はCNS以外のさまざまな細菌に対しても有効ではないか,と目されるようになっています。MDACCでも,高度血小板低下などの理由でカテーテル抜去が困難ながん患者に対して,抗菌薬ロック療法の有効性と安全性を確認する多施設共同の臨床研究が進められており,成果が期待されています。

 CRBSIについては,IDSAの新ガイドラインが2017年春に発表予定のため,別途詳しく説明したいと思います。

 今回は,「一般感染症」の色合いが濃いお話でしたね。ただ,がん患者はさまざまな理由で血管内カテーテルが挿入されていることが多く,CRBSIは頻度の高い感染症のため,紙面を割いて説明しました。診断にはカテーテルと末梢からの血液培養が陽性になるまでの時間差であるDTPが有用であることを繰り返し強調しておきます。

つづく

参考文献
1)Eur Urol. 2013[PMID:22704727]
2)Eur Urol. 2012[PMID:22575912]
3)Clin Infect Dis. 2009[PMID:19489710]
4)Ann Intern Med. 2005[PMID:15767623]
5)Clin Infect Dis. 2016[PMID:26679628]

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