医学界新聞

連載

2016.06.20



目からウロコ!
4つのカテゴリーで考えるがんと感染症

がんそのものや治療の過程で,がん患者はあらゆる感染症のリスクにさらされる。がん患者特有の感染症の問題も多い――。そんな難しいと思われがちな「がんと感染症」。その関係性をすっきりと理解するための思考法を,わかりやすく解説します。

[第1回]がんと感染症の関係(前編)

森 信好(聖路加国際病院内科・感染症科医幹)


 ①「乳がんに対し,乳房全摘出術およびエキスパンダー挿入後の47歳女性。30分前から39℃の発熱があります」。夜間当直中にこのようなコールがあったとき,迷わず指示を出せるでしょうか? 感染症を得意とする方であればうまく対応できるかもしれません。では,こちらはどうでしょう。②「難治性T細胞性悪性リンパ腫に対し,長期間化学療法施行している53歳男性。30分前から39℃の発熱があります。ここ3週間ほど好中球は減少しています。診察をお願いします」。先ほどは大丈夫と思った方も,今度はちょっとだけビビってしまいませんか?

その複雑さは錯覚だ

 「がんと感染症」。これまで感染症診療に携わってきた方でも,少しとっつきにくい分野の話だと感じる方が多いと思います。固形腫瘍か血液腫瘍か,または化学療法の種類によっても,考慮すべき感染症はまったく異なってくる。ましてや造血幹細胞移植患者の感染症となれば,「専門じゃないし,勘弁してよ……」という感じの方もいるのではないでしょうか。

 がんと感染症の問題が難しく見えるのは,要因が複雑に絡み合っている点にあります。ただ,その多くは錯覚と言えます。なぜなら,がんや化学療法の種類に応じた免疫低下の仕組みをきちんと整理できてさえいれば,複雑に絡み合って見える要因はすっきりとし,感染症のありようが理解できるようになるからです。

 本連載では,そうしたがんに関係する免疫低下の仕組みと感染症との関係性を解説していきます。がんを持つ患者を診療するに当たって,感染症の問題は避けては通れぬ問題です。連載を通し,皆さんが「がんと感染症」診療に少しでも積極的にかかわっていただけるようになるなら,これ以上の喜びはありません。

 本編に入る前に,簡単に自己紹介をさせてください。私は,聖路加国際病院で内科および一般感染症の研修を積んだ後,「がんと感染症」を包括的に学ぶため,米国テキサス州ヒューストンにあるMDアンダーソンがんセンター(MDACC;The University of Texas MD Anderson Cancer Center)で感染症フェローとして勤務しました。

 MDACCは全米最大のがんセンターであり,固形腫瘍から血液腫瘍,造血幹細胞移植まで,幅広いがん診療が行われます。同院の感染症科は4チーム(固形腫瘍,白血病,造血幹細胞移植,集中治療室)に分かれ,あらゆる「がんと感染症」の問題に関するコンサルト業務を担当します。どのチームであっても1か月で100件前後のコンサルトを受ける状況にあったため,多忙な毎日を強いられましたが,がんと感染症について系統立てて学ぶ貴重な経験となりました。ここで得られた学びを本連載に落とし込み,皆さんと共有したいと考えています。

「免疫が低下するから」では不十分,免疫状態をより緻密に見極めよ

 では,本編に入ります。「がんと感染症」とはいえ,まずは感染症診療の大原則を確認しておかねばなりません。感染症診療では「患者背景(特に免疫状態)から感染臓器,感染微生物を見極めた上で,抗菌薬を投与する」。これが大原則です。本連載で解説していく「がんの感染症」においても,この原則が変わることはありません。

 それを確認したところで,早速,「がんと感染症」を理解する上で最も重要なことに話を進めていきましょう。……と,ここで皆さんにお尋ねします。そもそも,皆さんはがん患者が感染症に罹患しやすい理屈をどのように理解していますか?

 「免疫が低下するから」。こう答える方がいるかもしれません。その方のイメージはこんな感じだろうと考えます。「免疫が正常の人は,普段は自分の免疫によって守られており,感染するとしても黄色ブドウ球菌やレンサ球菌,あるいは大腸菌などの腸内細菌か施設入居者であれば緑膿菌,冬場にはインフルエンザなどの呼吸器ウイルス感染症ぐらい。がん患者になると免疫が低下してしまうので,上記に加え,カビ(真菌)とか変な微生物にも感染しやすい」――。

 こうしたイメージを持つことは大切だと思います。しかしながら,これでは「がんと感染症」を正確に理解するにはあまりにぼんやりしており,不十分です。というのも,「免疫の低下」と一口に言っても,実際の患者の体に起こっていることは千差万別だからです。

 冒頭に例示した症例から考えてみましょう。まず,①「乳がんに対し,乳房全摘出術およびエキスパンダー挿入後の47歳女性」。診察を進めると,術創部に明らかな発赤・疼痛・熱感があり,超音波検査でエキスパンダー周囲に液体貯留が見られました。これは,手術による「皮膚バリアの破綻」によって,エキスパンダー感染を引き起こしたのだと考えられるでしょう。一方,②「難治性T細胞性悪性リンパ腫に対し,長期間化学療法をしている53歳男性で,好中球減少者の発熱」。遷延する「好中球減少」,さらにはT細胞性悪性リンパ腫であり,高度に「細胞性免疫が低下」した状況と言えます。

 以上2つの症例だけ見ても,免疫低下の種類や程度がまったく異なることがわかると思います。がん患者の感染症を診るには,このように「どの免疫」が「どの程度低下している状態なのか」をしっかりとつきとめることができなければならないのです。

 難しそうですか? でもこうも言い換えられるんです。「がん患者の感染症は,免疫状態を緻密に見極めさえすれば,感染微生物を絞り込め,診断・治療へと歩みを進められる」と。そう,この免疫状態(=易感染状態)の見極めこそが,先に述べた「『がんと感染症』を理解する上でもっとも重要なこと」に当たるわけです。

免疫状態は4つのカテゴリーで把握する!

 免疫について確認しましょう。免疫は,自然免疫(innate immunity)と獲得免疫(adaptive immunity)に分けられます。自然免疫で重要なのは「バリア」と「好中球」,獲得免疫で重要なのが「液性免疫」と「細胞性免疫」です。

 これら4つを起点に,患者の免疫状態を考えていくと,感染症の問題に迫るのがぐっと容易になります。本連載では,この4つのカテゴリーを用いた「がんと感染症」の考え方を提示していきます。以下に示す概念図を用いながら,この思考のトレーニングを繰り返し行っていきますので,よく覚えておいてくださいね。

 どんなイメージで使うのかを示すために,もう一度,先ほどの症例で考えてみましょう。①乳がんの症例では,先述のとおり,皮膚バリアの破綻が起こっています。これを図で示すと以下のようになります。バリアの壁が崩れ(=免疫が低下す)る。すると,そこから,罹患する恐れのある感染症が立ち現れる。バリアの壁が崩れることによって,何らかの微生物が感染症を引き起こし得るというわけです。

 また,②T細胞性悪性リンパ腫の症例では,下記のように化学療法による「バリア」の壁に加え,「好中球」の壁,そして「細胞性免疫」の壁が崩れます。それにより,普段は個々の壁が覆い隠していた微生物が感染症を引き起こす恐れが出てくるわけです。

 じゃあ,一体どのような微生物がどういった感染症を引き起こすのか……については,次回以降としましょう。

 以上のように,本連載では概念図を軸に,がんに関係する免疫低下の仕組みと感染症との関係性をひとつかみに理解する思考法を解説していきます。次回は4つの「免疫の壁」が崩れた際,どんな微生物が立ち現れ,どういう感染症が引き起こされるのかをざっと見ていきましょう。

つづく


もり・のぶよし
2005年北大医学部卒。聖路加国際病院内科にて初期研修,07年に同チーフレジデントを経て,08年より同院内科感染症科にて後期研修。11年米国MDアンダーソンがんセンターでクリニカルフェロー,13年チーフフェローを経て,14年にアドバンストフェローとして臨床,教育,研究に加え,「医療の質」の改善に積極的に取り組んだ。15年7月から現職。

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