医学界新聞

連載

2016.07.18



目からウロコ!
4つのカテゴリーで考えるがんと感染症

がんそのものや治療の過程で,がん患者はあらゆる感染症のリスクにさらされる。がん患者特有の感染症の問題も多い――。そんな難しいと思われがちな「がんと感染症」。その関係性をすっきりと理解するための思考法を,わかりやすく解説します。

[第2回]がんと感染症の関係(後編)

森 信好(聖路加国際病院内科・感染症科医幹)


前回からつづく

 前回(第3179号),がん患者の感染症に対応するためには ,「免疫が低下するから感染症が起きる」というぼんやりとした理解で挑むのではなく,免疫不全の状態を4つ(バリア・好中球・液性免疫・細胞性免疫)のカテゴリーに分けて考える方法を紹介しました。以下のような概念図を用いて,がん診療に関連する感染症について理解しようというものです。

免疫の壁が崩れるとき

 原疾患(がん種)によって,または化学療法の方法などによって,低下する免疫が異なってくるという点は,前回も簡単に触れました。今回はどのような場合にどの免疫が低下するのか,すなわち「免疫の壁」が崩れてしまうのかについて説明していきましょう。さらに,それぞれの「免疫の壁」が崩れることで,どのような微生物が姿を現し,どういった感染症を引き起こし得るかを提示したいと思います。

自然免疫
 自然免疫には主にバリアによる防御と,マクロファージや好中球による防御システムがあります。これらの免疫が低下したとき,どのような微生物が感染症を引き起こす可能性があるのかを見ていきましょう。

 バリアとは,皮膚や消化管・呼吸器・泌尿器などの粘膜による防御システムです。がんそのものによる浸潤や閉塞,手術,放射線療法,化学療法,カテーテル挿入などにより,そのバリアが破綻すると,本来,自分の体表面や管腔内にいる微生物が体内に侵入し,感染を引き起こすケースがあります。例えば,中心静脈カテーテルにより皮膚のバリアが破綻し,皮膚に常在していた黄色ブドウ球菌やカンジダがカテーテル関連血流感染症を起こす。または,化学療法によって腸管粘膜のバリアが破綻して,腸管内に常在していた腸内細菌やカンジダがbacterial translocationを引き起こすといった具合です。

 なお,bacterial translocationは,化学療法による好中球減少でも起こります。ですから,バリアの破綻はそれ単一で感染症が引き起こされることもありますが,他の免疫低下と相乗的に作用して感染症が引き起こされることも多いというイメージを持っておくとよいと思います。

②好中球減少および機能異常(低リスク群・高リスク群)
 発熱性好中球減少症(Febrile Neutropenia:FN)はいわゆる「内科的緊急疾患」です。つまり,急速な経過で病状が進行し得るため,早期に適切な対応をすることが重要になります。

 ただし,FNだからといって全てが「緊急」というわけでもありません。そこで重要なのが,FNのリスク分類です。リスク分類については次回以降に解説するとし,ここでは「低リスク群」と「高リスク群」に大別できると理解しておいてください。

 おおまかに,低リスク群は固形腫瘍に対する化学療法で短期間の好中球減少,高リスク群は急性骨髄性白血病(AML)などの血液腫瘍そのものや,それに対する化学療法により1週間以上遷延する高度(100/μL未満)の好中球減少,と考えておくといいでしょう。なお,低リスク群は条件によっては外来治療が可能なこともありますが,高リスク群は緊急疾患であり入院による加療が必要になります。

 まず低リスク群では,化学療法によって「バリア」の壁が下がりますので,基本的にはbacterial translocationがメインになります。これまでに抗菌薬の暴露があったり,入院を繰り返したりしていれば,緑膿菌やメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA),Extended-spectrum β-lactamase(ESBL)産生菌などの多剤耐性菌を考慮することも必要です。

 一方で,好中球減少の期間は短く,その程度もごく軽度(<100/μLが持続することはまれ)。ですから,カンジダ以外のカビ(真菌)を必要以上に考慮することはありません。

 高リスク群は,低リスク群と全く趣が異なります。上図のように,緑膿菌や多剤耐性菌の懸念に加え,ヘルペスウイルス(単純ヘルペスウイルス;HSV,水痘・帯状疱疹ウイルス;VZV)が考慮されます。また,遷延する高度の好中球減少により,特にカビ(真菌)に対して神経質になる必要があります。カンジダのような酵母菌のリスクが上がるだけでなく,アスペルギルスやムコールといった糸状菌にも注意を払わなければなりません。

獲得免疫
 自然免疫であるバリアや好中球機能により十分に防御されない微生物として,莢膜を有する微生物や細胞内寄生する微生物が挙げられます。それらに対しては,獲得免疫である液性免疫と細胞性免疫の働きが重要となってきます。ではこれらが免疫不全になったときは,どんな微生物がどのような感染症を引き起こす恐れがあるでしょうか。

 液性免疫では,B細胞,形質細胞から産生される抗体である免疫グロブリン,脾臓の働きにより主に莢膜を有する微生物の感染を防御しています。つまり,液性免疫の壁が崩れると,莢膜を有する微生物に感染しやすくなります。

 莢膜を持つ微生物(Encapsulated pathogens)の代表例は肺炎球菌ですが,他にも重要なものがありますのでここでぜひ覚えておきましょう。米国の医学生が使っているゴロ合わせを紹介します。

Some Nasty Killers Have Some Capsule Protection(ひどい殺し屋の中には,莢膜による防御を持つものがいる)」

S:Streptococcus pneumoniae(肺炎球菌)
N:Neisseria meningitidis(髄膜炎菌)
K:Klebsiella pneumoniae(クレブシエラ)
H:Haemophilus influenzae(インフルエンザ桿菌)
S:Salmonella typhi(腸チフス菌)
C:Capnocytophaga canimorsus(カプノサイトファーガ・カニモルサス)/Cryptococcus neoformans(クリプトコッカス・ネオフォルマンス)
P:Pseudomonas aeruginosa(緑膿菌)

グラム陰性桿菌。犬咬傷などで考慮すべき起因菌。

 なお,液性免疫低下は,以下のようなケース・状況で特に注意せねばなりません。

●脾摘患者
●血液腫瘍:多発性骨髄腫,慢性リンパ性白血病そのもの
●化学療法:特に抗CD20抗体であるリツキシマブ投与
●造血幹細胞移植後:特に移植片対宿主病(GVHD)発症時

 液性免疫の防御をすり抜けてしまう微生物として,細胞内寄生菌があります。細胞性免疫は細胞傷害性T細胞の働きにより,これら細胞内寄生する微生物による感染を防御しています。したがって,細胞性免疫の壁が崩れた状態では,細胞内寄生菌に感染しやすくなるというわけです。

 細胞内寄生する微生物は非常に多岐にわたります(細胞性免疫のカテゴリーだけ枠が大きいことを疑問に感じていた読者もいると思いますが,実は多岐にわたる状況に対応するため,同カテゴリーを大きくつくっている……という事情もあります)。ざっと羅列すると,以下のとおりです。

●細菌……黄色ブドウ球菌,レジオネラ,サルモネラ,リステリア,ノカルジア,ロドコッカス,リケッチア,クラミジア,マイコプラズマなど
●抗酸菌……結核,非結核性抗酸菌
●ウイルス……全てのウイルス(呼吸器ウイルス,単純ヘルペスウイルス,水痘・帯状疱疹ウイルス,サイトメガロウイルス,EBウイルス,ヒトヘルペスウイルス6,JCウイルス,BKウイルスなど)
●真菌……酵母菌(カンジダ,クリプトコッカス・ネオフォルマンス),糸状菌(アスペルギルス,ムコール),ニューモシスチス
●寄生虫……トキソプラズマ,糞線虫など

 また,細胞性免疫低下は加齢,糖尿病,肝硬変などでも軽度にみられますが,「がんと感染症」という視点では以下のケース・状況で特に注意が必要です。

●血液腫瘍:悪性リンパ腫(特にT細胞性)そのもの
●化学療法:特にプリンアナログ製剤(フルダラビン)や抗CD52抗体(アレムツズマブ)など
●造血幹細胞移植後:特にGVHD発症時

 駆け足となりましたが,第1回に引き続き,総論的に「がんと感染症の関係」を解説しました。次回から,いよいよ免疫不全の各論へ。「バリアの破綻」「発熱性好中球減少症」「液性免疫不全」「細胞性免疫不全」など,症例を交えながらより具体的に説明していきます。

つづく

開く

医学書院IDの登録設定により、
更新通知をメールで受け取れます。

医学界新聞公式SNS

  • Facebook