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第3136号 2015年8月3日


【対談】

地域で暮らすことを支えるには,かかわりを続ける必要がある

平澤 哲哉氏(在宅言語聴覚士)
古屋 聡氏(山梨市立牧丘病院院長・医師)


 STを「幸せをもたらす職種」と表現し,平澤氏の地域での活動を高く評価する医師・古屋聡氏。本紙では,平澤氏と古屋氏の対談を企画した。訪問STの意義はどこにあるのか。そして,患者・利用者の幸せを実現するためには何が求められるのか。活動拠点を地域に据える両者の対話からは,「かかわり続けること」の重要性が立ち上がってきた[収録地=山梨県甲州市]。

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平澤 私の訪問ST活動に対して開始当初から関心を寄せてくれたのは,古屋先生でした。初めてお会いしたときの古屋先生はまだ塩山診療所(山梨県甲州市)に勤務されていたころで,患者さんの往診に同行させてもらったのを覚えています。

古屋 深くかかわるようになったのはそれからですよね。僕はあのころ,ある患者さんへの摂食嚥下支援の方法をめぐり,地域の歯科医師,歯科衛生士,言語聴覚士の方々に助言を求めて回っていて,その一人が平澤さんだったんです。それで,「口」と「コミュニケーション」と生活の質には密接なかかわりがあることを,さらにそこには多職種がかかわっていくべきだということを痛感し,多職種から成る「山梨お口とコミュニケーションを考える会」()を立ち上げた。その研修会の第1回でも,「ぜひに」と平澤さんに講演をお願いしました。

 平澤さんが現在の活動を開始されたのって,会の発足直前ぐらいでしたよね。実は,開業に関しては「無謀にも……」とも思っていたのですけれど。

――(編集室)フリーランスのSTという働き方は厳しいと思われた?

古屋 もちろん,在宅訪問してリハを提供するSTの存在意義は大きいと思いましたよ。ただ,平澤さんが開業した当時(2002年)は保険算定外で,利用者の実費負担でしたからね。リハの価値を理解し,金銭的な負担をしてまで希望する利用者がどのぐらいいるだろうか,と。でも結果的には思っていた以上にニーズは大きく,強かった。

平澤 私自身,仕事として成立するまでには時間がかかると思っていました。まずは地域の方々にSTによる訪問リハの意義を浸透させなくてはなりませんでしたから。でも,地元メディアに取り上げられたこともあって,開始間もなくいくつかの依頼を受けるなど,すぐに軌道に乗りました。数年後には医療保険,介護保険と,STによる訪問リハが保険適応になったわけですから,タイミング的にも良かったのでしょう。

古屋 制度が平澤さんに追いついてきたんですよ。

身体機能の改善とともに,生活を支えるのが訪問ST

古屋 平澤さんは病院でのST経験もあるわけですけど,在宅訪問によって行うリハはどのような点に違いがあると感じていますか。

平澤 単純な違いとして,利用者の生活の場でリハを行えることや,制度や組織の枠に縛られず,長期的な視野に立った目標設定が可能であることが挙げられます。でも一番の違いはリハの重心の置きどころでしょう。

 訪問する利用者の多くは失語症の方ですが,私は「当事者の生活を支えること」に重きを置いています。それを実現するには,言語機能の改善も大事なのですが,その一点を考えて接すればよいわけではありません。実際の生活で使えるようにアレンジする必要があって,当事者やその家族の関係性,自宅での過ごし方についてなど,個別的な事情まで把握していなければ難しいものがあります。

――それらは病院のSTのリハに足りない点とも換言できるでしょうか。

古屋 病院では短い間で最大限の効果を得るべく,身体機能の改善に集約的にかかわっていく。そうした機能分化を前提としているわけですから,病院では短期間に身体機能の改善に注力すること自体は間違っていないと思うのですね。しかし,平澤さんは病院のSTによるリハが,患者が生活の場に戻ってきたときにまでつながったものになっていないのではないか,ということはかねて指摘されていますよね。

平澤 ええ。失語症を例にとると,病院のSTであれば,失語症検査で明らかになった言語機能の低下を改善させること,つまり身体機能の面に主眼を置くことになると思います。ただ,古屋先生がおっしゃるように,病院のSTがかかわれる期間は決して長くありません。その期間のみで日常生活の場面で十分な言語機能を発揮できるようにするのは困難と言えます。

 それにもかかわらず,限られた時間内でのリハでもって「言語療法は完了」とし,長期的な見通しのないままに地域へ帰しているケースも見られる。「生活の場に戻ったらどうなるか」というイメージや,「生活の場に移行した後にもケアが続いた場合は,どのように変わることができるのか」という視点が抜け落ちているのでないかと感じてしまうことが少なくないのです。

古屋 そのあたりは同感です。僕は,病院における「アセスメント」とか「ゴール」という言葉があまり好きではない。きちんと「限定的な環境における,一時的な判断」と認識した上で使われているのであれば,まだいいんです。しかし,時として,それが忘れ去られてしまっているかのように感じられることがある。

 本来,医療の目的は患者が日常の生活を取り戻すためにあるはずなのに,病院という極めて限定的な場における,一定の評価基準と短期的な目標にとらわれ,医療が患者のためにならない方向へと進んでしまうことがあるのです。転倒を予防するために拘束したけど,それに伴ってADLが著しく落ちて,退院後の生活はベッドから離れられない――。こうしたことって医療現場では本当に起こってしまっていますからね。長期的というか,本来的な目標をとらえ直すことがいかに大切であるかがわかります。

平澤 言葉にしても,食事にしても,その改善を期待してきた当事者・家族にとって病院での短期訓練は十分ではありません。常に患者が生活の場に戻ったときまでを見据えたリハをめざすことが肝要です。退院時も単に「言語療法は完了」として送り出してしまうのではなく,当事者が帰宅した場をイメージし,必要であるならば外来フォローや通所・訪問STの道を探るために市町村の地域包括支援センターに問い合わせるなど,継続的にかかわる方法も検討してほしいです。

支えることには終わりがない

平澤 「障害をもった人たちにとって,最も大切なことは,かかわり続けること」。以前,古屋先生がお話しされていたフレーズなのですが,印象深くて今でも覚えています。私も同じように考えており,その理念で利用者に当たりたいと思っているんです。

 失語症当事者が口をそろえるのは,「失語症の思いがわかるのは当事者の私だけ。他の誰もわかってくれない」という思いを抱くということです。当事者の私もそうでした。ただ,そうした不安から解放してくれるものが,医療者による継続的なかかわりにはあると思っていて。それはなにも言語リハをいつまでも続けるということではなくて,医療者が失語症者と共にいる姿勢をいつまでもとり続けていく,ということです。当事者にとっては,それが自分の存在を認められる実感につながるものであって,言語機能の改善以上に大事なことであるとさえ考えています。

古屋 大事な指摘だと思います。僕は,平澤さんが挙げてくださった言葉の「障害」という単語は,「状態の悪い」でも当てはまると思うんです。「状態の悪化していく方に対し,いつまで,どのようにかかわるべきか」。医療の現場では常に問われることだけれど,結論から言うと,僕はここでもやはり「いつまでもかかわる」ことが大事だと考えています。

 例えば,高齢の患者がいる。かかわる過程では,けがや病気,障害を負うことがあるでしょう。それでわれわれの介入によって一度は回復をしても,加齢とともに今度は活動力そのものがやがては低下していく。じゃあ,われわれが介入すべきことがなくなるのかと問われると,「なくならない」んですね。当事者の状態のスロープが上がりだろうが下りだろうが関係なくて,「最もよい生き方ができるようにサポートする」ことはできる。

平澤 例えば,「食べたい」と言うのなら食べられるようにかかわるし,「身体を動かしたい」というならそれを補助するとか,ですか。

古屋 そうです。生きる中で当事者が望むことに対し,可能な限り手伝うことが「リハ」なんじゃないか。それが院内外でリハ専門職と協働してきた経験から得た僕なりの解釈です。そして,今,平澤さんは,地域においてそうしたリハを実践されているんじゃないかと思っているんです。

STは「幸せをもたらす職種」

――今後,地域という場において,STの需要は高まっていくでしょうか。

古屋 急激な高齢化とともに,身体機能の改善という狙いだけでなく,移動や食事など生活機能の向上をめざすリハが求められるようになっているので,地域での需要はさらに高まると思いますよ。実際に摂食嚥下領域は昨今注目されているテーマということもあり,そこで機能回復をサポートできるSTの存在感は以前よりも増しています。普段,僕らが在宅医療を行う中でも,患者さんの自宅まで訪問してくれるSTがもっと増えればよい支援ができるのにと思うことがよくあります。

――むしろ足りないぐらいであると。

古屋 中山間地域をはじめ,STの絶対数が足りていない状況ですから,地域に出て行くSTも当然不足しています。山梨県はリハ病院が多い土地柄ということもあって,県人口当たりのST数を見ると全国でも高いレベルにある。でもそんな土地でさえも必要性を感じているわけですから,他地域はさらにニーズが埋もれているのではないでしょうか。東日本大震災以降,僕は宮城県気仙沼市へ医療支援に入って口腔ケア・摂食嚥下支援活動を行っているのだけれど,そこでもSTの数が圧倒的に不足したという実態がありました。

平澤 STの卒前教育においては,訪問リハに求められる介護保険領域にわたるような内容について学ぶ機会は少ないと聞きますから,病院の外にどれほどSTや,提供するリハに需要があるのかが十分に認知されていない面もあると思います。需要があると知れば,地域へ出ていきたいと考えるSTは少なからず存在するとは思うのです。

古屋 地域にリハ職を送るという点から言えば,指示書や主治医意見書を出す医師側の認識を高める必要もあります。医師側も,コミュニケーションや摂食嚥下領域といった生活上の問題について関心を持ち,もっと介入していくようにしなくてはなりませんね。

平澤 確かに,理解ある医師の存在はとても大事で,そうした主治医の有無が,地域の失語症を抱える方々にまでリハを届けるか否かの鍵を握ると思います。その点,古屋先生は積極的で,地域でも口腔ケア・摂食嚥下機能の向上のために多職種とスムーズに連携されていますよね。

古屋 僕は,STって歯科衛生士や栄養士と並んで,「幸せをもたらす職種」の最たるものだと思っているんです。これら3職種の仕事は対象となる方へわかりやすい形で快適さ,心地よさを与えるものが多い。「STの介入によって話をしやすくなった」「歯科衛生士の介入で口の中がすっきりした」「栄養士が介入したことで食形態に工夫が加わり,食べることができた」とか,ね。患者自身がダイレクトに「うれしい」「気持ちいい」と思える支援を行って,しかもそれによって得られる効果も高いのですから。

平澤 いやあ,うれしい評価ですね。

古屋 そうした生活の支援ができる職種の方々が地域に出て行くことにもっと関心を持ってくれたら,さらにいいと思うんですけどね。

対談収録時のひとコマ
2人が着用しているそろいのTシャツは,東日本大震災被災地の口腔ケア・摂食嚥下を支援するチーム「ふるふる隊」のオリジナルTシャツで通称“ふるふるT”。2011年5月,平澤氏も古屋氏の依頼で気仙沼での支援活動に当たった。

(了)

:「山梨お口とコミュニケーションを考える会」は,山梨県の多職種(医師,歯科医師,看護師,歯科衛生士,栄養士,リハ職種,保健師,養護教諭,特別支援学校教員,ケアマネジャー,ホームヘルパー,音楽療法家,手話通訳者,医学生)によって構成された組織(代表=古屋氏)。口腔ケア,摂食嚥下支援をテーマに,メーリングリスト上での情報共有や,定期的な会合を開催している。


ひらさわ・てつや氏
1985年青山学院大文学部卒。大学在学中に交通事故に遭い,失語症を発症。87年,山梨県の病院で言語聴覚士として勤務を開始する。88年大阪教育大教育学部言語聴覚研究生を経て,山形県・山梨県の病院に勤務。99年第1回言語聴覚士国家試験に合格し,言語聴覚士資格を取得。2002年に病院STを辞し,在宅言語聴覚士として山梨県で活動を開始する。著書に『この道のりが楽しみ――《訪問》言語聴覚士の仕事』(協同医書出版社)など。

ふるや・さとし氏
1988年自治医大卒。山梨県立中央病院で研修後,山梨県牧丘町立牧丘病院(当時)で“ひとり整形外科医”として勤務。92年から同医療圏の塩山診療所で在宅医療に取り組み,2006年に山梨市立牧丘病院へ。08年より現職。一貫して山梨県東山梨地域の地域医療にかかわるプライマリ・ケア医。2003年に多職種から成る「山梨お口とコミュニケーションを考える会」を組織し,同会の代表を務める。東日本大震災以降,日常診療の傍ら,宮城県気仙沼地域の支援にも尽力する。