医学界新聞

連載

2014.09.01



在宅医療モノ語り

第53話
語り手:メンテナンスも大事にします 
歯ブラシさん

鶴岡優子
(つるかめ診療所)


前回からつづく

 在宅医療の現場にはいろいろな物語りが交錯している。患者を主人公に,同居家族や親戚,医療・介護スタッフ,近隣住民などが脇役となり,ザイタクは劇場になる。筆者もザイタク劇場の脇役のひとりだ。往診鞄の中,往診車の中,患者さんの家の中,部屋の中……在宅医療にかかわる道具(モノ)を見つめていると,道具も何かを語っているようだ。

 今回の主役は「歯ブラシ」さん。さあ,何と語っているのだろうか?


青息吐息では困ります
ブルーなため息をつきながら,24時間365日働き続ける在宅医療モノ語りでは悲しいですね。臨機応変に対応できる,息の長~い働きモノをめざして,ワタクシは往診鞄だけでなく,往診車の足元でも待機しています。
 夏バテが心配なのは,患者さんだけではありません。もちろんご高齢で,病気や障害を抱える人は,いちばん要注意ですが,周りでケアしている人々も実はケアが必要なのです。気温によっては,冷房が好きではないとか,自分たちのためだけではもったいないとか言わないでください。水分,塩分を摂らせなきゃと頑張って,介護する人自身が摂るのを忘れています。介護と家事,さらにお仕事をされながら,自分のご飯のことを忘れています。

 私はある往診鞄に入っている歯ブラシセットです。はい,患者さんのためのモノではありません。介護者さんのためのモノでもありません。往診鞄の持ち主の個人のモノです。「どんなに忙しくても食べたい」という意志の表れです。それが自分のメンテナンス。主人はそう信じているようです。

 もちろん担当の患者さんたちも,私と同じような歯ブラシを持っておられますよ。歩ける方は,どのお宅でも同じように,歯ブラシ,歯磨き粉,コップの3点セットを洗面所にそろえています。洗面所まで行けない人の場合は,さらに道具が必要です。ブラッシングの後,口をゆすぎ,その後どうしますか? お口クチュクチュ,ペッ。そう,「ペッ」の受け皿です。医療用ガーグルベースのイメージが浮かんでいる方も多いと思いますが,家にあるモノで十分。深い鉢のような食器,洗面器,使い捨て容器などなど,100円ショップでも入手できるモノたち。ザイタクでは,いろんなモノにペッとされています。

 歯ブラシ自体を自分で持てない,ブラッシングできない,全部サポートが必要という方もいます。すると,「口腔ケア」などというカッコいい名前の支援が加わります。スポンジを使ったり,吸引器につながれるブラシがあったり,やり方もいろいろで,数多くの流儀があるようです。私の主人も興味を持っていて,「看護師さんにはどうするように教わったのですか?」「歯科の先生は何とおっしゃっていました?」と,間接的に調査しています。指導者によってやり方が大きく違う場合は,船頭さんが多いことと同じ。船が山に登らないように,主治医として見守っているつもりなのです。

 今日の午前の訪問も大忙しでした。炎天下の中,往診車に置いたステンレス水筒のスポーツドリンクはもう空っぽ。氷が溶けるのを待つ段階です。やっとたどり着いた最後から2番目の患者さんは,いささかご立腹でした。「今日の“午前中”って言われたから,ずっと待っていたんですよ~。外にも出ないで」。今日は特に暑いから外に出ないほうがいいですよ……なんて言わず,ただひたすら謝ります。さて,次は午前最後の患者さん。大きな床ずれのある方です。感染症の合併もあり,治りが悪いよう。「センセ,今日もデブリしますよね?」。介護者の娘さんに聞かれました。医療用語も慣れた感じで略して使います。はい,たぶん。「ネットで見たんですけど,歯ブラシを使うデブリもあるんですか?」。はい,まあ。「だから,新しい歯ブラシも用意しておきましたよ」。はい,そうですか。この季節はどうしても臭いが気になります。毎日のオシゴトとなると,おウチの方は大変ですね。「本当にそうなんですよ~。だってこの前も~」。……やっと午前の部が終わりました。今日は主人もなんだか食欲がないと言っています。でも,何か食べないといけません。おや,車窓からラーメン屋さんを見つけると,気が変わったようです。午後の予定まで時間はあまりありませんが,お店に入りました。えっ? 餃子食べるんですか? 了解! 食後にワタクシ,頑張ります。

つづく

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