胃ろうをめぐる問題と診療報酬改定(鈴木裕)
寄稿
2014.06.02
【寄稿】
胃ろうをめぐる問題と診療報酬改定
鈴木 裕(国際医療福祉大学病院 副院長/外科上席部長)
栄養補充が必要な終末期非がん患者に積極的な延命治療,とりわけAHN (Artificial Hydration and Nutrition;人工的水分・栄養補給法)が必要か否かの議論が,昨今さかんになってきた。その背景には,日本が世界に類を見ない超高齢社会を迎えたこと,日本人の死生観が少しずつではあるが変わり始めていることが挙げられる。
今では到底考えられないが,日本の1950年代の平均寿命は50歳代であった。つまり,医療の対象となる主な年齢層は,40-50歳代の壮年者や若年者であったのである。したがって,医療行為が働き盛りの人たちを救うことに直結していたと考えられる。一方,男性80歳,女性86歳まで平均寿命が延びた現在においては,医療の対象が高齢者にシフトし,生存期間を延ばすことの医学的・倫理的意味が問われ始めた(しかし一方で,高齢者であるとか非生産者であるという理由で医療介入を意図的に終わらせようとする風潮に関しては,より厳格な倫理観と死生観が求められるのは当然である)。このように日本は,世界に先駆けて特に高齢者の生と死の問題がクローズアップされ,社会的な関心が高まっているのである。
この超難題を議論している最中に,2014年度診療報酬改定が開示された。胃ろうに関する改定内容は,過去に経験のないほどのインパクトがあり,ほとんどの医療者は少なからず困惑しているのが実情と思われる。そこで今回,胃ろうに関する診療報酬改定についてどのように解釈すべきかを,私論も含めて解説する。
「漫然と胃ろうをつくる」ことに歯止めをかけた今回の改定
胃ろうに関する2014年度診療報酬改定の骨子は,表に集約される。これには以下のような意図がうかがわれる。
*診療報酬の引き下げで,胃ろうの乱造を防ぐ。
*術前に嚥下機能を評価した上で胃ろうをつくる,という治療の流れを作る。
*術前に嚥下機能評価を行うことで,患者や家族へより客観的な説明と同意を促す。
*術後の嚥下機能訓練を十分に行わない施設の診療報酬を減算することで,嚥下訓練を積極的に行うようにする。
*術後に嚥下機能を評価し,少しでも多くの患者の経口摂取を促す。
表 胃ろうに関する2014年度診療報酬改定の骨子 | |
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救急病院に搬送された高齢者に対して,誤嚥徴候があればとりあえず胃ろうをつくり,人間の最大の快楽である「食すること」を禁止する風潮は,確かにあった。また,認知症や意識障害で意思疎通ができなくなった寝たきり高齢者を5年,10年と生かし続けることの是非は,これまでも議論されてきた。回復の見込みがあるにもかかわらず,嚥下機能の評価が行われずに,胃ろうからの栄養だけで生命を維持している患者がいる現実もあった。こうした背景を踏まえ,「漫然と胃ろうをつくる」ことに歯止めをかけようという趣旨であろう。
新たに生じた懸念や課題
ただし,今回の診療報酬改定に関しては,懸念や課題が生じた点もある。以下,3点を指摘する。
1)胃ろう造設術の極端な見直しが本末転倒な事態を招くことにならないか?
胃ろうは,消化器が機能していて,口から長期に物を食べられない患者への水分・栄養補給法として優れていることは疑う余地もない。今回の極端な見直しによって,「胃ろう造設術件数が50件を超えると厳しい条件が課せられるため,改善する見込みの少ない患者に造設を控える」「本来ならば胃ろうが有効な患者に鼻腔栄養や中心静脈栄養を行う」といった本末転倒な事態を招く懸念がある。これらは臨床現場においては重大な問題であり,十分な再評価を行った上で,次回の診療報酬改定での適正化が望まれる。
2)胃ろうの目的を分けて考えるべき(「治すための」胃ろうと「緩和するための」胃ろう)
胃ろうの存在意義には,「治すため」と「緩和するため」の2つがあると筆者は考える。「治すための」胃ろうの対象は,脳出血などの後遺症で積極的なリハビリテーションを行えば相当の確率で改善する「治る可能性の高い患者群」で,「緩和するための」胃ろうの対象は,積極的にリハビリテーションを行っても,完全には改善しない,もしくはほとんど改善しない「治る可能性の低い患者群」である。
この2つの比率の正確なデータはないが,平成21年度老人保健事業推進費等補助による「高齢者医療および終末期医療における適切な胃瘻造設のためのガイドライン策定に向けた調査研究事業」の結果から推測すると,一般病院で嚥下機能が完全に回復する患者は5%前後であった1)。この研究は,後ろ向き研究ではあるが,過去5年間の900例以上の患者の長期アウトカムの検討であることから,相当の確かさで医療現場を反映していると思われる。
今回の診療報酬改定では,「治すための」胃ろうに照準が当てられ,嚥下機能評価やリハビリテーションの重要性が示された。筆者は,この英断に疑う余地を持たない。しかし,胃ろうが適応となる患者の大半は,完全には治らない(生涯後遺症と付き合わなければならない)人々であることも真実である。
胃ろう造設術件数が年間50件以上の施設は,病院内の患者だけではなく,地域の病院や開業医からの紹介,いわゆる地域連携の一環として胃ろう適応患者を積極的に受け入れているところであり,積極的なリハビリテーションで改善する可能性に乏しい患者が少なくない。その多くは,経鼻胃管の苦痛の軽減や,施設や在宅への移行目的での紹介である。積極的に嚥下機能回復に取り組んでいる回復期リハビリテーション病棟で,経口摂取回復率35%以上をクリアすることは可能かもしれないが,地域の一般病院の胃ろう患者に,回復率35%の壁は何とも高過ぎる。「治る可能性の高い疾患群」と「治り難い患者群」を同じ土俵で評価しては,治り難い患者の受け入れを敬遠せざるを得なくなる。
3)VE検査の研修体制の充実に向けた関連学会の連携が急務
胃ろう造設時嚥下機能評価の重要性は十分に理解でき,胃ろうを造設する施設で日常的に行われることを筆者は切望する。しかし,VE検査は誤嚥や窒息のリスクを伴う検査であり,間違っても見よう見まねで実施するのは危険である。
VE検査は,耳鼻科や嚥下リハビリテーション科,消化器内視鏡科,歯科など多くの診療科がかかわっており,関連学会等が実施する所定の研修を修了した者が実施することになっている。ただ,比較的新しい検査法であり,医師の経験は少ない。2015年3月31日までVE検査に関する研修の経過措置がとられるが,その間に胃ろうに携わる医師へのVE検査の啓発は必須である。今後,極めて短い時間内で,各学会・研究会は従来の常識を超えた連携を結ばなければならない。
*
今回の診療報酬改定はいくつかの問題点を有しているが,今後の日本における高齢者医療の方向性を色濃く反映していることも確かである。医療者の冷静な対応が望まれる。
◆参考文献
1)Suzuki Y, et al. Survival of geriatric patients after percutaneous endoscopic gastrostomy in Japan. World J Gastroenterol. 2010; 16(40): 5084-91. [PMID: 20976846]
鈴木裕氏 1987年慈恵医大医学部卒。同大外科学講座講師などを経て,2008年より国際医療福祉大病院外科上席部長(13年より副院長を兼務)。PEG・在宅医療研究会常任理事,NPO法人PEGドクターズネットワーク(PDN)代表理事。 |
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