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第3066号 2014年3月3日


【interview】

進化する診療ガイドライン

福井 次矢氏(聖路加国際病院院長)に聞く


 今や,EBM(Evidence-based medicine)に沿った診療を実践するために欠かせない存在となった診療ガイドライン。日本において,診療ガイドラインの作成支援,および公表されたガイドラインの評価・普及を手掛けているのが医療情報サービスセンターMindsであり,このほどガイドライン作成のノウハウをまとめた『Minds診療ガイドライン作成の手引き 2014』が発行される。本紙では,同書の監修を務めた福井次矢氏にインタビュー。日本へのEBM導入にあたって主導的役割を担うとともに,兼ねてより「“ガイドラインのガイドライン”が必要」との主張を続けてきた氏に,今,診療ガイドラインをどう作り,どう使うべきかを聞いた。


当初は抵抗も大きかった

――EBMの考え方と,それに基づく診療ガイドラインはどのように日本に導入され,普及してきたのか,ご自身のかかわりも含め教えてください。

福井 私とEBMとのかかわりは,1980年代初頭,米国に留学し,公衆衛生大学院で「臨床疫学」を学んでいたころにさかのぼります。臨床疫学の柱となるのは,臨床行為の有効性を検証するための研究方法の追究と,既に行われた臨床研究の結果を診療に用いるための方法論作り,この二つです。帰国後臨床疫学の普及に努めるなかで,次第に「臨床研究の結果を日本の臨床現場にどう応用するか」,つまりEBMの実践について,重点的に考えるようになりました。

――90年代中ごろからは,厚生省(当時)の検討会も立ち上げられるようになりましたね。

福井 そうですね。臨床現場にどうEBMを普及させるか,オフィシャルな場での議論が行われました。その結論として,EBMに根差した「診療ガイドライン」を作り,より多くの医師が,標準治療=ベストプラクティスにアクセスしやすい環境を国家的プロジェクトとして整えるべきである,という方向が定まり,国の出資で学会や専門家グループによるガイドライン作成が始まったのが,99年のことです。

――臨床現場には,そうした考え方はすぐに浸透したのでしょうか。

福井 当初はEBMや,診療ガイドラインへの抵抗は大きかったですね。「研究結果だけが診療内容を定めるわけではない」とか「海外の論文を,日本の臨床の根拠にするのは理にかなっていない」といった意見も根強かった。

――診療に枠をはめられたくない,という思いがあったのでしょうか。

福井 そうだと思います。ただ,ウェブが急速に発達して,エビデンスの探索が容易になったこと。さらに,医師-患者間のパターナリズムが崩壊し,医師の主観的判断に患者が従うのではなく,患者主導による治療法の選択や決定,その過程の透明化が求められるようになったこと。そうした変化も重なって,EBMに基づく診療やガイドラインが,次第に浸透していきました。

よりバイアスのない作成方法をめざして

――診療ガイドラインの作成ノウハウは,どのように普及させたのですか。

福井 当初は各作成グループ向けに講演をして回っており,その内容をまとめ「診療ガイドライン作成の手順」という小冊子を作りました。その小冊子をベースにしたのが『Minds診療ガイドライン作成の手引き2007』(医学書院)です。そこで提示したのが,クリニカルクエスチョン(CQ)ごとに信頼度のレベル分けをしたエビデンスを提示し,推奨度を設定する方法でした。

 その手順に即したガイドラインを優先的にMindsのHP1)で紹介するようにしたことで,教科書的な羅列や専門家の経験則をまとめたようなものとは一線を画した,世界標準と遜色のないガイドラインが作成されるようになりました。

――作成においては,一定のレベルが保たれるようになったと。

福井 ええ。小冊子のころからは10数年かかりましたが,私自身は隔世の感があります。

 ただ,ガイドラインの作成プロセスは,2007年以降もどんどん進化しています。それを踏まえ2014年版では,三層構造の組織によるガイドライン作成を提案しています。

――三層構造とは,具体的には?

福井 常設のガイドライン統括委員会,CQ設定と推奨度の決定を担う作成グループ,エビデンスの収集と評価を行うシステマティックレビューチームがあり,3つが独立して動くことで,治療法の有益性だけでなく,副作用などデメリットも考慮しながら,エビデンスの総体的な評価をより偏らずに行うことができるものです()。

  三層構造の組織(『Minds 診療ガイドライン作成の手引き2014』より転載)

 疫学・統計学の専門家の不足などの問題もあり,現状でこの三層構造を実現するのはハードルが高いと感じる方もいるかもしれません。ただ,例えばガイドラインの改訂作業であれば,新規作成よりは人的・物的資源も少なく済み,そのぶん質を高めやすい。まずはそこから,一歩進んだレベルをめざしていただきたいです。

診療の質を向上させることができているかが大事

――Mindsは,できあがったガイドラインを評価する役割も担っていますね。

福井 Mindsでは従来,6つの領域((1)対象と目的,(2)利害関係者の参加,(3)作成の厳密さ,(4)提示の明確さ,(5)適用可能性,(6)編集の独立性)の7段階評価,および全体評価から成るAGREE II(Appraisal of Guidelines for Research&Evaluation II)を用い,ガイドラインの批判的吟味を行ってきました2)。そのうち,これまでも重視してきた(3)作成の厳密さに加え,最近では(2)の利害関係者の参加,(6)編集の独立性,の重要性も高まってきています。

 ただ,ガイドラインの最終的な目的は「過去の研究結果を日常診療に活かし,治療アウトカムを向上させる」ことにあります。この目的が達成できているかという評価は,まだ十分に行われているとは言えない状況ですね。

――作って満足するのではなく,実際に治療の質改善につながっているかを調べるべき,ということですね。

福井 例えばQI(Quality Indicator:診療の質指標)3)を用いて,日常診療でガイドラインに定める「推奨」をどのくらい実践できているか数値化する,といった方法が考えられます。

 当院でもQIによる数値化と改善の取り組みを,2004年から続けています。合併症の予防や生存期間の延長といったアウトカムとの関連性の高い指標を設定し,それを満たしている患者がどれだけいるか,病院全体はもちろん医師ごとの数値を算出し,フィードバックも行って改善をめざすのです。

 既存の研究結果に基づいた標準治療を行い,患者アウトカムを高めている医師がきちんと評価されるようになれば,標準治療を定めているガイドラインの活用・普及はさらに強化されるのではないでしょうか。

患者さんとともにガイドラインを「使う」

――治療の質や満足度を高めるためには,治療の受け手である患者さんの視点をガイドラインにどう取り入れていくか,という議論もあります。

福井 それには,「作るとき」と「使うとき」,2段階のフェーズがあると考えられます。

 ガイドラインの作成段階に当該疾患の経験者がかかわれば,確かに医師にはない視点が得られると思いますし,一部では既にそうした試みもされています。ただ,かなりの医学知識を備えた人でなければ,医療者のなかに入って実効性のある意見を述べるまでには至らないこと,また,数年ごとに改訂が行われるため,ある程度の期間,継続的にかかわる必要がある,といった課題もあります。

――では,まずは「使うとき」のことを考えるべきでしょうか。

福井 患者さんと,医師との意思決定を支援するツールとしてガイドラインをとらえ,「どんな病気か」「どれだけの治療選択肢があり,益と害はどうか」など,患者さんとともにガイドラインを活用しながら治療法を考えていく。難解な医学用語等については,Mindsの一般向けのガイドライン解説なども活用しつつ,コミュニケーションを図るのも良いと思います。

最新のガイドラインの中身を知っておくことは,医師の義務

――そうしたコミュニケーションを可能にするために,最新のガイドラインの内容を,医師がきちんと知っておく必要もありますね。

福井 ええ。ガイドラインの“実施”は義務ではありませんが,その内容を“知っておく”ことは,医師の義務と言ってもよいと思います。

 例えば医療訴訟においても「ガイドラインに規定された治療をしなかった」ことが理由で敗訴しているケースはありませんが,「ガイドラインに書いていない治療をする」ことをきちんと説明していなかったことで,敗訴したケースは存在する。つまり,何が標準かを説明できることが必須であり,そのためには,常に知識をブラッシュアップする必要があるわけです。

 勉強し続けることが,医師としてのプロフェッショナリズムのベースを作りますから,そのためにガイドラインを役立ててほしいですし,その役割にきちんと応えるガイドラインが産出されるよう,今後もバックアップしていきたいですね。

――ありがとうございました。

(了)

◆参考文献/URL
1)http://minds.jcqhc.or.jp/n/
2)http://www.agreetrust.org/wp-content/uploads/2013/10/AGREE-II-Users-Manual-and-23-item-Instrument_2009_UPDATE_2013.pdf
3)福井次矢監修, 聖路加国際病院QI委員会編.Quality Indicator 2013: [医療の質]を測り改善する.インターメディカ,2013.


福井次矢氏
1976年京大医学部卒。聖路加国際病院内科研修医,米国コロンビア大St. Luke's Roosevelt Hospital Center,ハーバード大Cambridge Hospitalを経て,84年ハーバード大公衆衛生大学院修了。国立病院医療センター(当時),佐賀医大(当時)教授,京大教授を経て2005年より現職。00年には全国初の公衆衛生大学院を京大に開設。聖路加看護大理事長,京大名誉教授。Minds 診療ガイドライン選定部会部会長を務め『Minds 診療ガイドライン作成の手引き 2014』(医学書院)を監修。