医学界新聞

連載

2014.02.10

モヤモヤよさらば!
臨床倫理4分割カンファレンス

生活背景も考え方も異なる,さまざまな人の意向が交錯する臨床現場。患者・家族・医療者が足並みをそろえて治療を進められず"なんとなくモヤモヤする"こともしばしばです。そんなとき役立つのが,「臨床倫理」の考え方。この連載では初期研修1年目の「モヤ先生」,総合診療科の指導医「大徳先生」とともに「臨床倫理4分割法」というツールを活用し,モヤモヤ解消のヒントを学びます。

■第2回 がんの化学療法を続けるべきか?

川口 篤也(勤医協中央病院 総合診療センター副センター長)


前回からつづく

 第1回では初期研修医モヤ先生が,担当の肺がん患者,Sさんに今後化学療法を続けるべきか悩み,総合診療科の大徳先生に相談。呼吸器病棟にて「臨床倫理4分割法」を用いた多職種カンファレンスを開催することを提案された。モヤ先生は情報収集にまい進,いよいよカンファレンス当日を迎えた。


(1)医学的適応

大徳(司会) では,カンファレンスを始めます。参加者の皆さんには,持っている情報を事前に書き込んでもらっています。

 まずはモヤ先生,Sさんの状況を説明してください。

モヤ はい。Sさんは,今回3コース目の化学療法を目的に入院されてきました。本来なら4コースまで同じレジメンの化学療法を続ける予定でしたが,入院後のX線撮影で腫瘍の大きさはほとんど変わっておらず,あまり効果が出ていないと思われます。また,以前に比べて臥床がちで元気がない状態で,現在のPerformance Status(PS)も3まで低下しています。

呼吸器科指導医 PS低下の原因は,一つには化学療法の嘔気,嘔吐の副作用であまり食べられなかった期間が長いこと,徐々に貧血が進行していることが考えられますね。

薬剤師 服薬指導のとき,何度も,吐き気がおさまる薬はないかと聞かれました。副作用は相当つらそうです。

呼吸器科指導医 さらに,両側副腎転移による副腎不全も原因として示唆されますが,これはステロイド投与によって改善の可能性があるかもしれません。

看護師 Sさんもつらそうですし,私は化学療法はもう続けるべきではないと思うんですけど。

モヤ でも,本人の希望もあるので……。

看護師 先生も,Sさんの表情を見てたらわかるでしょう!

大徳 えーと,「医学的適応」で話し合うのは客観的な「事実」にとどめてくださいね。(ポイント(1)

ポイント(1)……「医学的適応」ではしばしば治療の是非まで議論してしまいがちになりますが,あくまで「事実」のみを挙げていくように心掛けてください。なお医師間では「医学的適応」について事前にある程度話し合い,事実認識を共有しておくとよいでしょう。

 また,カンファレンスをスムーズに進めるポイントは,各々が持っている情報を共有し,多職種で同じ方向を向いて話し合うこと。誰かを責めるような発言は控え,温かい雰囲気を保って積極的に意見を出すことが重要です。

(2)患者の意向

モヤ Sさんは「今まで仕事が忙しく妻に苦労ばかりかけていた。今年やっと少し楽な部署に移れた矢先,こんなことになってしまった」という思いが強いみたいです。

大徳 奥さんに対して申し訳ないと思う気持ちがあるのかな。ほかに,Sさんの意向を聞いている人はいますか?

看護師 「俺が頑張っている姿を見せないと,妻が希望を失ってしまうから,つらい治療にも耐える」とおっしゃってました。(ポイント(2)

モヤ (もしかしたらSさんは,「奥さんに闘っている姿勢を見せたい」とか「何もしないでいると奥さんが耐えられないのではないか」という思いから,治療を望んでいるのかも……)

ポイント(2)……特に日ごろ患者と接する時間の多い看護師から,患者の隠れた本音が聞けることもあります。

(3)周囲の状況

大徳 治療を続けるに当たって,費用が重荷になっていたり,ということはないんですよね。(ポイント(3)

MSW その点は入院時に確認していて,心配なさそうです。

大徳 Sさんの奥さんは,治療の話をされるとき,どんな感じでした?

看護師 涙ながらに「自分からやめようとは言えない」と話していました。

モヤ (奥さんも,絶対に治療を続けてほしいわけじゃないのか)

ポイント(3)……経済的に困っていて治療を拒否する人もいるため「周囲の状況」で,患者の経済面について考慮することを忘れないようにしましょう。

(4)QOL

大徳 では残りの数か月,最期までSさんにQOLを保って過ごしてもらうには,どうすればよいでしょう。

呼吸器科指導医 PS 3であれば,基本的に化学療法の適応はありませんし,現在の化学療法のレジメンも副作用が強く出ています。副腎不全に対するステロイド投与で,PSが改善してレジメンを変更しても,セカンドラインの化学療法への期待は薄く,副作用で再度PSが落ちる可能性がありますね。

モヤ (治療を続けると,奥さんの"元気なうちに一緒に過ごしたい"という希望をかなえられないみたい。どうしたら……)まずはステロイドでPSを改善させて,ご夫婦がともに希望されているお墓参りに行ってもらうというのはどうでしょうか……?

看護師 そこに目標を置くというのは,いいアイディアですね!

看護主任 その後の治療方針について,Sさんの本音が聞ける場も作れるといいですね。

大徳 そうですね。その結果によっては化学療法をせず,残された時間を家でゆっくり過ごすことが,Sさんと奥さん双方のQOL向上につながるかもしれません(ポイント(4))。

ポイント(4)……患者本人はもちろん,奥さんや周囲の人のQOLを保ち,残された時間を充実したものにするには? という視点で考えてみましょう。

Next Step

呼吸器科指導医 では,ステロイドは早急に使用して,倦怠感・食欲不振の改善に努めます。その上で本人,妻,母親に,現在の病状と今後予想されることを正確に説明する場を設けます。

看護主任 看護師も同席し,今後の療養の仕方について,心残りのないようサポートしたいと思います。

モヤ 本人やご家族も僕のようにいろいろ迷うと思うのですが,まずはお墓参りを勧めてみたいと思います!

大徳 時間をかけ,本音で今後の方針を相談できるよう,日程の調整をよろしくお願いします。

***

 話し合いを経て,SさんのQOL向上のために「本人,家族に正確に病状を把握してもらい,場合によっては化学療法をしない可能性も考慮する」「本人と奥さんが希望する"お墓参り"ができるようPSを改善させる」という結論に至りました。そのための「Next Step」として(1)ステロイドの使用,(2)Sさん,奥さん,Sさんの母親と今後の方針を相談する場を設けること,が決まりました。モヤ先生のモヤモヤも晴れ,治療方針に疑問を抱いていた看護師とも,同じ方向を向くことができたようです。

モヤ先生のつぶやき

 家族がお互いを思いやるあまり,本音を言えないこともあるんだ。悔しいけど,あの看護師さんが本人と奥さんの本音を聞き出していたから,やっぱり多職種でかかわるのが大事なんだな……。

 一つ大切なことに気付いたモヤ先生ですが,次回は"胃ろう"について,新たなモヤモヤに直面します。

つづく

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