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第3059号 2014年1月13日


モヤモヤよさらば!
臨床倫理4分割カンファレンス

生活背景も考え方も異なる,さまざまな人の意向が交錯する臨床現場。患者・家族・医療者が足並みをそろえて治療を進められず"なんとなくモヤモヤする"こともしばしばです。そんなとき役立つのが,「臨床倫理」の考え方。この連載では初期研修1年目の「モヤ先生」,総合診療科の指導医「大徳先生」とともに「臨床倫理4分割法」というツールを活用し,モヤモヤ解消のヒントを学びます。

■第1回 臨床倫理 4分割法とは?

川口 篤也(勤医協中央病院 総合診療センター副センター長)


誰もが直面する"モヤモヤ"

 ある日の総合診療病棟。初期研修1年目のモヤ先生が難しい顔をしてやってきた。呼吸器科をローテート中のモヤ先生だが,面倒見のいい総合診療科の指導医・大徳先生に,何やら相談したいことがあるようだ。

モヤ 大徳先生。今呼吸器病棟で担当している患者のSさんのことで,ちょっとモヤモヤしているんですが……。

大徳 どうしたの?

モヤ SさんはStage IVの非小細胞肺がん患者さんで,化学療法の3コース目のために今回入院してきたんです。
 1コース目から吐き気の副作用が強く,かなり大変そうでしたが,前向きに治療に取り組んでいました。でも今回の入院では,ベッドに横になっていることが多く,元気もないんです。担当看護師にも昨日「本当にSさんに化学療法するんですか?」と少しきつい口調で言われて……。

大徳 Sさん本人や,呼吸器科の指導医は何て言ってるの?

モヤ Sさんも治療を希望してますし,指導医も,基本は4コース施行と言っていました。化学療法をしないわけにはいかないと思うんですが,看護師にきつい言われ方をしたのもあり,本当にそれが最善なのか,正直迷っています。

大徳 なるほど。それは誰でも"モヤモヤスパイラル"に陥りそうだね。

モヤ はい。いろんな思いが頭をぐるぐる巡って,まさにそんな感じです。

大徳 ただ,今の情報だけだと何が最善なのかはわからないね。がんの詳細な状況のほかに,Sさんが化学療法以外に何か希望を持っているのか,家族はどう思っているのかなどを調べた上で,方針を決めたほうがよさそうだ。

 上記のような"モヤモヤスパイラル",研修医なら一度は経験するのではないでしょうか。筆者としては,まずモヤ先生がモヤモヤに気付いたこと,そして大徳先生に打ち明けたことがとても良かったと考えています。モヤモヤするのはそこに何らかの倫理的な問題があるからであり,それを他の人と共有し,一緒に考えることこそが「臨床倫理学」の実践だからです。そして,皆で一緒にモヤモヤを解決していくためのツールが,これから説明する「臨床倫理4分割法」です。

複雑な事例を整理できるツール

大徳 モヤ先生は「臨床倫理4分割法」を知ってますか?

モヤ 聞いたことはありますが,"倫理"とか,なんだか堅苦しい名前がついているので今まで避けていました。

大徳 確かに最初は名前で身構えるかもね。でも今回のような問題は,臨床倫理4分割法を使って皆で話し合うのが最適かもしれないんだ。

 「臨床倫理4分割法」とは,Jonsenらが1992年,著書『Clinical Ethics』にて示した倫理的な症例検討の考え方で,のように「医学的適応」「患者の意向」「QOL」「周囲の状況」という4つの項目の検討を行います。

 臨床倫理4分割法(Jonsen ARほか著.赤林朗ほか監訳. 臨床倫理学 第5版. 新興医学出版社.2006;p13より転載)(拡大した図はこちら
善行の原則とは「患者に利益をもたらすこと」,無危害の原則とは「患者に危害を及ぼさないこと」,自律性尊重の原則とは「患者の自律的意思決定の尊重」,忠実義務と公正の原則とは「医療資源の公平な配分」を指す。

 例えば,若い人の小さな皮膚がんで,お金や時間も十分にあるならば,ほとんど悩まずに手術に踏み切れるでしょう。しかし実際の現場で遭遇する事例は,さまざまな事情が複雑に絡み合っており,簡単に結論が出せるものばかりではありません。そこで「臨床倫理4分割法」を用いて問題点を整理することで,純粋に医学的な判断が難しいケースなのか,あるいは医学の範疇を超えた心理・社会的な問題があるのかが見えてくるのです。

患者にとっての最善を考え,"誰が何をするか"まで決める

 この「臨床倫理4分割法」は,日本には故・白浜雅司先生らが普及させ,当院でも約10年前から活用してきました。現在は週1回,40分ほどかけて1例を検討し,司会は指導医,看護主任を経て,現在では後期研修医が担当しています。

 カンファレンスでは「医学的適応」「患者の意向」「周囲の状況」の順に話し合いを行い,「QOL」の項目にて患者の現在のQOLの確認と,その向上に必要なことを検討します。そして,そのために"誰が,いつまでに,何をするのか"を「Next Step」として規定しています。ちなみにこの検討の順番,および「Next step」という枠についてはJonsenは明記していません。しかし,具体的対応まで決めてこそカンファレンスが意味をなすこと,その上では「QOL」を最後にしたほうが検討がスムーズに進むことから,実際にはこのようにアレンジして使われることが多いようです。

 また,それぞれの項目には「倫理原則」が示され,この原則に基づいて話し合いを進めるべきとされています。原則同士がぶつかり合うこともありますが,あくまで優先させるのは,患者にとって何が最善か,ということです。この倫理原則については,具体的事例に基づいて説明するほうがわかりやすいと思いますので,連載の中で随時触れていく予定です。

 「患者の意向」「周囲の状況」などは,医師よりも看護師やソーシャルワーカーなどが詳しい場合も多々あります。患者にかかわる職種ができるだけ多く参加することも,カンファレンスをスムーズに進めるために重要です。

モヤ やり方はなんとなくわかりました。

大徳 呼吸器科の指導医と看護師長さん,他の職種にも私から話しておくので,来週Sさんについて「臨床倫理4分割法」を用いたカンファレンスを開いてみよう。司会は私が担当します。

モヤ 来週までに,僕は何を準備しておけばいいですか?

大徳 まずやるべきは「医学的適応」をはっきりさせること。Sさんの現時点での診断や,化学療法をしたときとしなかったときの予後,他の治療の選択肢はあるのか,といった情報を,客観的に示せるようにしてね。

モヤ それは,指導医に聞けばよいですか?

大徳 指導医の見解も大事だけど,ガイドラインや論文などを自分で調べることも大切だよ。
 「医学的適応」をしっかり調べることができたら,「患者の意向」「周囲の状況」も把握しておけるとより良いだろうね。研修医は誰よりも,患者のことを知ろうとするべきだから。

モヤ はい! 誰よりも多く情報収集して,あの看護師に,倍返しだ!

大徳 コラコラ……。

 こうして来週,Sさんにかかわる職種が集まり,カンファレンスが開かれることになりました。モヤ先生のモヤモヤはすっきり解決するでしょうか? 次回をお楽しみに!

つづく

参考URL
 白浜雅司のホームページ.(2013/12参照)


川口篤也
非倫理的な学生生活を送り,なんとか2003年北海道大学を卒業。北海道の地方都市での数年間の勤務を経て,勤医協中央病院に就職。毎週のように行われていた臨床倫理4分割法を用いたカンファレンスを体験し,徐々に倫理的な行動を身につけていった。08年より現職。毎日研修医とともにモヤモヤしながらも楽しく過ごしています。

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