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第3052号 2013年11月18日


看護のアジェンダ
 看護・医療界の"いま"を見つめ直し,読み解き,
 未来に向けたアジェンダ(検討課題)を提示します。
〈第107回〉
こんなことが起こっています

井部俊子
聖路加看護大学学長


前回よりつづく

 こんなことが起こっていると,やって来た人が語る。

 Aは,あるところで講義をした。受講生である看護師たちは,最近,患者が死ななくなったと話す。何かと倫理的問題の多い胃ろうをやめて,中心静脈栄養に切り替えるという方針の医師が増えたからだという。すると,患者がラインを自己抜去しないようにするため医師の指示で手を抑制する。トイレ介助を少なくするため尿道カテーテルを留置する。こう語る看護師たちはケアの質の低下を自覚している。

 Bは,ワーク・ライフ・バランスをテーマに講演した。聴いていた当該病院の理事長は,「ウチは看護師のために何でもやっている。スタッフの不満はない」と高らかに話すが,現場ではワークとライフのアンバランスのために,看護師の退職率が増加しつつあるのを彼は知らないだけだった。

 Cは,がん検診で受診した専門病院での診断について,セカンドオピニオンを求めようと,組織標本と検査結果の提供を,担当した外来医師に請求した。後日,電話口でその医師は,「あれだけ説明したのに,あなたは何が不満なのですか」と大変なけんまくであったという。

 Dは,こう言う。「患者の転倒転落件数を増やさないようにするための対策として,患者をベッドから下ろさないようにしているのです。そうすると必然的に,ベッド柵を上げる,体幹抑制をするということが行われます。データ主義の負の側面でしょうか」。

 Eは,自分の恩師が入院したのでお見舞いに行った。敬愛する恩師を病棟の看護師たちは次々と「おじいちゃん」と呼んだ。それを聞いて「私はとてもみじめな思いをしました」と告げる。

 Fは,高圧的でチームで協同できない病棟医師に困って,院長に相談した。すると院長は,左手を広げ,右手のこぶしで円を描いた。つまり,「おまえの手の掌で転がせ」ということだった。私は思わずFに,「院長はあなたのことを“おまえ”と言うのですか」と尋ねた。「そうです」とFは答えた。

 Gは,組織コンサルタントとして看護管理者の研修に参加しファシリテーターを務めた。「人の強みをみつけよう」というグループワークで挙げられる問題の“人”は看護師だけかと思ったら,医師や薬剤師などがあり,他職種との接点が多く対人関係の苦労が多いことがよくわかったという。

 Hは,新築された看護学校に記念講演の講師として招かれた。学校の入口で,ビニール製の青いスリッパに履き替えるように言われた。「スリッパは,私の今日のファッションには合わないし,靴は泥がついていませんから,この靴で入らせてください」とお願いすると,出迎えた副校長は,一瞬たじろいたが,「そうですね,よろしいですよ」と“許可”をした。

 Hは「スリッパの法則」を思い出したが,初対面の人にその法則は伝えなかった。スリッパの法則とは,外資系の資産運用会社が投資診断のために日本の企業を訪問する際の「注意事項」の一つである。つまり,スリッパに履きかえる会社に投資すると,不思議にもうからない。私はこの法則の「会社」を「病院」に置き換えたことがある(井部俊子著『マネジメントの探究』ライフサポート社,2007年,277-280頁)。看護学校はこの法則の対象外であるかもしれないが。

 Iは,看護学校の非常勤講師になって驚いたことがあると言う。学生たちは実習場では透明なビニール袋に必要なものを入れて持ち運ぶ。デパートの社員が持っているアレである。以前に,盗難が発生したことがあったらしく,それ以降,透明袋のルールになったのだという。「学生たちを信用していないというメッセージが伝わるのに」とIは気にかけている。

 うれしいニュースもある。

 先日,入院中の友人Jからケータイメールが届いた。「先日,母のケアをしてくれているナースで,素晴らしい看護診断をして,母の治療計画を立て直し,母を救ってくれた方がいます。感謝! 感動です」。

 Jは,病院の内科病棟に高齢の母親を肺炎で入院させ,自身は外傷の治療のため隣の外科病棟に入院している。Jは自分のことよりも母親の容態を心配していた。母が入院してしばらく経ったある日,ひとりのナースがJに告げた。「(あなたのお母さんの)痰の引きがおかしいと思います。食後1時間も経っているのに痰が多い。私と病棟医と嚥下訓練士の3人で話し合ってみます」と言い,数時間後,Jの病室に急いでやって来て,経口摂取は中止,胃管チューブから薬を注入すること,点滴で栄養を確保することにしたという。すると,Jの母の容態は好転し,現在はケータイを母の口元に近づけると孫に「行ってらっしゃい」と言えるようになった。「一時期,母はもうだめかと覚悟したが,今は呼吸も安定し,酸素吸入もせずに過ごせるようになった。このナースに出会えてよかった。母は命拾いした」とJは話した。

 そして,Jは,母の食事介助をする看護師の技術や丁寧さに個人差が大きいこと,若い看護師がベテラン看護師の技を学ぶ機会を日常的につくる必要性があることを力説していた。

つづく

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