医学界新聞

連載

2012.11.26

〔連載〕続 アメリカ医療の光と影  第234回

「最先端」医療費抑制策
マサチューセッツ州の試み(4)

李 啓充 医師/作家(在ボストン)


3002号よりつづく

 前回までのあらすじ:1994年にハーバード系二大名門病院が合併してできたパートナーズ社はブランド名に物を言わせて急成長,マサチューセッツ州医療界で強大な力を振るうようになった。


 ここまで,ブリガム&ウィメンズ・ホスピタルとマサチューセッツ・ジェネラル・ホスピタルとが合併してできた医療企業「パートナーズ・ヘルスケア」(以下,パートナーズ)が強大化,他の中小医療施設のシェアを奪うようになった経緯について説明してきた。

「反パートナーズ」キャンペーン

 そもそも,パートナーズの「力」の源泉となったのは,核となったハーバード系二病院の名門としての「ブランド力」であった。その上,保険会社が他病院よりも割高な診療報酬を支払うようになった結果,強大な財力をも獲得。「名」でも「実」でも他施設を圧するようになっただけに,その権勢に陰りが生じることはあり得ないと思われていた。

 ところが,「絶対」と思われていたパートナーズの権勢に陰りが生じ,社会の猛批判を浴びるようになったのだから世の中何が起こるかわからない。支配体制が崩れるきっかけとなったのは,地元メディアの雄「ボストン・グローブ」(以下,グローブ)紙が2008年11月16日に始めた「反パートナーズ」キャンペーンだった。

 「保険会社はパートナーズの圧力に屈して他の医療施設よりも割高な診療報酬を支払わされているが,提供される医療サービスの質に差があるわけではない。マサチューセッツ州の医療費,強いては州民が毎月払う保険料が高騰し続ける最大の原因は,パートナーズが割高の診療報酬を要求してきたことにあり,『パートナーズ効果』のせいで州全体の医療費が押し上げられてきた」とする内容の記事が,一面トップに始まり,数頁に及んで掲載されたのである。

 キャンペーン第2回の記事が掲載されたのはそのほぼひと月後(12月21日)。パートナーズが豊富な資金力に物を言わせて弱小医療施設のシェアを奪う強引なやり口が赤裸々に紹介され,読者は,「格調高い名門病院」という旧来のイメージとの落差にショックを受けることとなった。

 この二回だけでもパートナーズが受けたダメージは大きかったのだが,同社が「致命的」ともいえるダメージを負うことになったのは,第3回(12月28日)の記事だった。診療報酬の支払いで優遇されるようになった背景に,マサチューセッツ州最大の保険会社ブルークロス・ブルーシールズ(以下,ブルークロス)との間に結ばれた「密約」があったことが暴露されたのである。

文書化されなかった密約

 密約が結ばれたのは,2000年5月。診療報酬改定交渉に際し,(1)ブルークロス社は,パートナーズ系医療施設・提携医師に対する大幅な診療報酬引き上げを認める,とした一方で,(2)パートナーズ社は他の保険会社との診療報酬交渉に当たってブルークロス社を下回る条件を受け入れない,という条項が入れられたのである。しかも,この密約「第2項」は文書化されず,パートナーズCEO(当時)サミュエル・シーアと,ブルークロスCEO(同)ウィリアム・バン・ファセンとの間の「口約束」として締結された。交渉に立ち会った双方の弁護士が,「将来的に独占禁止法違反の疑いに問われないとは限らないから,文書化しないほうがよい」と薦めたからだった(註1)。

 本シリーズの第2回で,2000年10月(密約の5か月後)に行われたタフツ・ヘルス・プラン社との診療報酬改定交渉で,パートナーズが強引に同社をねじ伏せて大幅値上げを呑ませたことが「パートナーズ優位体制」構築の決め手となったことを説明したが,ブルークロス社と結んだ密約を遵守するためには「絶対にタフツ社と妥協できない」事情があったのである。

 というわけで,パートナーズ社が診療報酬支払いで「特恵待遇」を受けるようになった背景にはブルークロス社との密約があったのであるが,グローブ紙がこの密約を暴露したことがきっかけとなって,同州医療界をめぐる情勢は一変した。同紙の「反パートナーズ」キャンペーンに応える形で,州知事・州議会・州総検事局が一斉に「調査」の意向を表明,パートナーズが絶対的権勢を振るう州医療界の実態にメスが入れられることとなった(註2)。

 さらに,同紙のキャンペーンが契機となって,医療費抑制・診療報酬制度改革の気運も高まった。最終的に,診療報酬制度改革は2012年7月に実現する運びとなったのだが,マサチューセッツ州で「最先端」医療費抑制策が実現された本当のきっかけは,「おごれるパートナーズをメディアが叩いたことにあった」と言っても決して過言とはならないのである。

この項つづく

註1:当時の交渉にかかわった関係者は,文書化されなかったこの密約を「黙契(covenant)」と呼んだとされている。
註2:グローブ紙のキャンペーンから1年以上が経った2010年4月,連邦司法省が独占禁止法違反の疑いで「密約」に対する調査に取りかかっていた事実が明らかにされた。

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