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第2998号 2012年10月15日


〔連載〕続 アメリカ医療の光と影  第232回

「最先端」医療費抑制策
マサチューセッツ州の試み(2)

李 啓充 医師/作家(在ボストン)


2996号よりつづく

 前回のあらすじ:2012年8月6日,マサチューセッツ州知事デバル・パトリックは,州議会を通過したばかりの「医療費抑制法」に署名,「われわれは医療費抑制の暗号解読に成功した」と宣言した。


 今回の医療費抑制法制定の背景に,マサチューセッツ州では医療費が全米平均と比べて「べらぼうに」高い事情があったことは前回述べたとおりである。

 では,なぜ同州の医療費が「べらぼうに」高くなったのかというと,その原因は,私の元勤務先「パートナーズ・ヘルスケア」(以下,「パートナーズ」)が,州全体の医療費を押し上げたからだとされているので説明しよう。

マネジド・ケア台頭に抗してライバル病院が電撃合併

 ハーバード系の名門病院,マサチューセッツ・ジェネラル・ホスピタル(以下,MGH)とブリガム&ウィメンズ・ホスピタル(以下,ブリガム)が電撃合併,新医療企業「パートナーズ」を結成したのは1993年のことだった。MGHとブリガムとは,ハーバード系の病院の中でも特にお互いに対するライバル意識が強く,「犬猿の仲」とされていただけに,両者の合併は同州医療界を驚愕させた()。

 当時米国では「マネジド・ケア」が台頭,保険会社は,病院・医師が提供する医療サービスについて,その量と価格を抑制する圧力を強め始めた時代だった。両病院の首脳は,医療サービスが保険会社によって「買いたたかれる」状況に強い危機感を抱き,合併に踏み切ったのである。

 そもそも,保険会社が医療サービスを買いたたくことが可能になった理由は,パートナーズ結成前年の1992年に,州知事ウィリアム・ウェルドが「規制緩和」を断行,診療報酬決定のプロセスを「自由化」したことにあった。州による診療報酬規制を撤廃,保険会社と医療施設の個別交渉によって自由に決める制度に変更したのである。「市場原理を導入すれば,競争によって医療サービスの価格が下がり,州全体の医療費抑制も達成される」というもくろみからだった。

 ところが,診療報酬を自由化してから20年,マサチューセッツ州では医療費が高騰し続け,当初のもくろみとは正反対の結果が出ることとなってしまった。市場原理主義者が当初書いた筋書きと全く異なる事態が進行したのであるが,筋書きが大きく変わるきっかけとなったのが,MGHとブリガムによるパートナーズ結成だったのである。

 合併発表の際,両病院の首脳は,ライバル病院統合の目的を「合併後だぶつく部門を中心にリストラを進めることができるので,巨大な経費節減を達成することが可能となる」と説明した。病院を取り巻く厳しい経済環境の下でのサバイバルを図るための合併であり,「経費削減に成功すれば医療費も安くなるし,患者のためになる」と強調したのである。

 ところが,当初の「企業防衛のための合併」とする説明とは裏腹に,パートナーズが実際に採用した経営戦略は極めて「攻撃」的なものとなった。地域の病院・医師を次々と傘下に収め,あっという間に巨大医療企業へと成長したのである。

保険会社に対する大幅値上げ要求

 かくして,もともと名門病院としての「ブランドパワー」が絶大であったところに地域最大の医療企業として「規模の力」をも獲得したパートナーズは,保険会社との価格交渉に当たって有利な立場に立つことが可能となった。

 同社が,マサチューセッツ医療界にその強大な価格交渉力を見せつけたのが,2000年の「タフツ・ヘルス・プラン」社(以下,「タフツ」)との交渉決裂事件だった。同年10月に行われた価格改定交渉で,パートナーズ側の「大幅値上げ」の要求をタフツが拒否,交渉は暗礁に乗り上げた。両者間には総額「1億ドル」という巨額の開きがあったのであるが,パートナーズは一方的に交渉を打ち切ると,タフツの保険に加入する患者に対し,「2001年4月1日以降,タフツの保険はパートナーズの病院で使えなくなる」と通知した。「MGHやブリガムに受診できなくなる」と知って動揺した患者・雇用主から「もう,お前のところの保険はやめる」とする苦情が殺到する事態にタフツが屈服。交渉打ち切りから一週も経たないうちにパートナーズの要求を全面的に受け容れたのだった。

 以後,マサチューセッツ州では,パートナーズ系列の病院が,系列外の病院よりも高い診療報酬を得ることが常態化し,MGH,ブリガムに対しては州平均と比較して約3割高い診療報酬が払われるまでになった。当初のもくろみでは「市場原理を入れれば競争が進んで価格が下がる」はずだったのに,「市場原理の下で弱肉強食が進み,強大な力を持つ巨大企業が市場を支配する事態となって価格が上がり続ける」正反対の結果となったのだった。

この項つづく


:ライバル病院の合併交渉は極秘のうちに進められた。MGHのある医師の言葉を借りれば「ずっと,ソ連とイェールとブリガムを憎むようにしつけられてきた」だけに,両病院の関係者ほど,突然の合併に驚くこととなった。

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