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第2994号 2012年9月17日


〔連載〕続 アメリカ医療の光と影  第230回

オバマケア合憲判決の「想定外」(3)

李 啓充 医師/作家(在ボストン)


2992号よりつづく

前回までのあらすじ:6月28日,米最高裁は,オバマケア違憲訴訟で最大の争点となった「インディビデュアル・マンデート(保険加入義務付け条項)」について,「連邦政府が持つ徴税権の範囲内」として合憲とする裁定を下した。


 前回まで2回に渡って「インディビデュアル・マンデート」が合憲とされた経緯を解説したが,この部分に関する裁定の「想定外」は以下の2点にまとめられよう。第一は,「保守派としてオバマケアについては反対の立場を取るはず」と見られていた最高裁長官ジョン・G・ロバーツが合憲判決に与し,「救いの手」を差し伸べたことだった。そして,第二は,合憲とされた論拠が審理の際に争われた「憲法の通商条項」ではなく,「徴税権」に基づいたことだった。

もうひとつの「想定外」

 しかし,今回の最高裁判決の「想定外」は「インディビデュアル・マンデート」をめぐる部分にとどまらなかった。オバマケアにおいて無保険者解消策の大きな柱となった低所得者用公的医療保険「メディケイド」の受給者拡大策について,その重要部分が違憲と裁定されたのである。メディケイド拡大策については,下級審ではすべて合憲とされてきた経緯があっただけに「想定外」の裁定となった。

 今回の違憲裁定の背景をご理解いただくために,以下,メディケイドの来歴・仕組みについて簡単に説明する。

 メディケイドが創設されたのは1965年。高齢者用公的保険「メディケア」が創設された際に,いわば「添え物」として付け足された制度だった。

 メディケアを管轄するのが連邦政府であるのに対して,メディケイドの管轄は州政府である。州ごとに違ったルール・運営の仕組みを採用しているため,米国には50の異なったメディケイドが存在する。

 例えば,州によって受給者となるための「貧乏の度合い」も異なり,最高のミネソタ州では連邦貧困基準の215%以下の所得まで受給資格があるのに対して,最低のアラバマ州,ルイジアナ州では連邦貧困基準の11%以下でないと受給資格が得られない。2012年の年収実額で見たとき,最低の2州では,3人家族で2100ドル,4人家族で2536ドル以下という,「極貧」状態でない限り受給資格がないのである()。

 一方,財源は,連邦政府と州政府が共同で負担する仕組みとなっている。貧しい州ほど連邦政府の負担割合が大きく,2011年第三四半期の数字では,最低57%から最高80%の間に分布した(連邦政府の負担割合がもっとも大きかったのはミシシッピ州だった)。

 オバマケアの無保険者解消策の原則を一言で要約すると「既存システムの拡大」にあるのだが,メディケイドについても受給資格の上限を連邦貧困基準の133%まで引き上げることで被保険者の拡大が図られた。一方,拡大の財源については「受給者拡大分の財源は当面連邦政府が100%負担する」という「気前の良い」手当てが用意された。

 しかし,この「気前の良さ」の裏には,「ただし,メディケイド受給資格の引き上げに応じない州は,既存の支給分も含めて連邦政府の分担金をすべて失う」という厳しい付帯条件がつけられた。州政府にとっては,受給者拡大に応じるか,それとも,連邦政府の分担金を失って事実上メディケイドが運営できなくなるかの「選択」を迫られることとなったのである。

メディケイド拡大反対の被害者

 今回の違憲訴訟の主たる原告となったのは共和党・保守派が知事の座を占める26の州であったが,彼らは「メディケイド拡大の財源処置は脅迫的で州の自治権を侵害する」と主張した。しかし,下級審はすべて原告の主張を退け,「自治権を侵害しない」とする裁定を下してきた。ところが,最高裁は,原告の主張を認め,「オバマケアの財源処置は脅迫的で州の自治権を侵害しているから違憲」とする「想定外」の裁定を下した。

 とはいっても,原告の26州の主張を認めて「脅迫的だからメディケイドの受給者拡大そのものが違憲」とはせず,「拡大に応じない州に対して,既存分の連邦政府分担金を奪ってはならない」として,各州に事実上の「選択権」を与える処置にとどめたのだった。

最高裁判決の直後,テキサス,フロリダ,サウスカロライナ,ミシシッピ,ルイジアナの5州の知事が,待ってましたとばかりに,「メディケイドの受給者拡大をしない」と,宣言した。彼らは,いずれも,共和党知事の中でも「最右派」に属し,「社会主義的な」オバマケアはイデオロジカルに受け容れることのできないものだったのである。

 しかし,皮肉なことに,これらの5州は,いずれも,全米の中でも受給資格の所得上限が著しく低く設定されているだけでなく無保険者の比率も高い。メディケイド拡大に同意していれば,受ける恩恵は非常に大きなものがあるはずだった。しかも,これら5州の州民が納める連邦税の税率は「メディケイド拡大をしない」と決めたからといって,他州より安くなるわけではない。彼らの納める連邦税が他州のメディケイド拡大に使われることを考えたとき,これら5州では,知事がイデオロギーを優先したがために,州民が「二重」の実害を被ることになったのだった。

この項終わり

:ただし,妊婦,小児等については大幅に「甘い」受給資格が設定されている。

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