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第2934号 2011年6月27日


看護のアジェンダ
 看護・医療界の"いま"を見つめ直し,読み解き,
 未来に向けたアジェンダ(検討課題)を提示します。
〈第78回〉
看護という現象

井部俊子
聖路加看護大学学長


前回よりつづく

「看護の心」を育む日

 5月12日は「看護の日」である。この日は近代看護を築いたフローレンス・ナイチンゲールの誕生日にちなんで制定された。国際看護師協会(本部:ジュネーブ)は,1965年からこの日を「国際看護師の日」と定めている。わが国では1990年8月,「看護の日」の制定を願う会(発案・呼びかけ人=中島みち氏)が旧厚生大臣に要望書を提出し,5月12日を「看護の日」とし,その日を含む日曜日から土曜日までが「看護週間」となった。

 「看護の日」とはどういう日なのかが,その制定趣旨に記されている。それによると,「21世紀の高齢社会を支えていくためには,看護の心,ケアの心,助け合いの心を,私たち一人一人が分かち合うことが必要です。こうした心を,老若男女を問わず誰もが育むきっかけとなるよう」制定された。国際看護師協会は,「国際“看護師”の日」としているが,わが国は「看護の心」を育む日としている点が特徴的である。

受け手側が示す「看護の本質」

 2011年「看護の日・看護週間」中央行事の一環として,5月14日に「忘れられない看護エピソード」表彰式が日本看護協会JNAホールで開催された。このエピソードには1940通の応募があり,看護職部門と一般部門のそれぞれで最優秀賞,優秀賞,入選作品が選ばれた。800字に凝縮された「忘れられない看護エピソード」は秀逸であった。単に感動を体験するだけではなく,看護のエビデンスの蓄積としても貴重であると,昨年の表彰式への参加以来,私は思い続けている。

 とりわけ本稿では,看護の受け手の立場となる一般部門の作品を紹介したい。そこには「看護とは何か」が冷静な描写をもって示されている。

 脳を患った「父」は,病院に迷惑をかける存在だった。怒鳴る。点滴を引き抜く。転んで物を壊す。そのたびに家族は叱られ,病院に居づらくなった。息子である「私」は,転院した病院の看護師にそうした事情を告げると,「仕方ないですよ。一番つらいのは患者さんなんです」と受け止めてくれた。看護師の言葉と微笑に救われ,「家族の重荷がすうっと取れ,父の様子も穏やかになった」という。

 若い看護師は,父の吐物が白衣や髪にまで飛散しているのに,そんなことは少しも気にするふうでもなくその後の措置を済ませる。そして死の3日前,仕事一筋だった父が部下と話をしているかのように看護師に語りかけると,その看護師はベッド脇で辛抱強く,部下になりきって言葉を交わしていた。彼女が返事をすると父は安心したように目を閉じた。

 こうして息子は,長年仕事一筋で家庭を顧みなかった父にとって仕事とは何だったのか,という疑問の答えをみつけ,父と和解して永遠の別れを迎えたのである(関口裕司「父との永遠の別れ――看護への感謝」より)。

 特に資格も経験もない「私」は離婚した当時,育児と仕事に奮闘していた。そんなとき,子どもがインフルエンザにかかり入院した。「私」は,仕事を休んでクビになるのではないかと気になり,具合の悪い子どもに当たり散らしたり,話しかけてきても無視したりしていた。

 見かねた担当の看護師は,「私」の話をひと通り黙って聞いてくれた後,「今のお母さんにとって大切なことを何でも,何個でもいいので書いてくれませんか」と提案した。「私」は子どもが病室で寝た後,休憩室で書き始めた。そこで,子どものことばかり書いている自分に気づく。こうして「私」は,忘れかけていた一番大切なことを思い出し,病室に戻り子どもを抱きしめた。看護師は,その紙をうっすらと涙を浮かべて,読み終えると,にっこり笑って「これは心の隅にでもいいので覚えておいてください」と言った。「私」にとって,看護師は「心の救世主」となった(小谷野みゆき「気づいたこと」より)。

 「私,雨が好きなの」と語った看護師Mさんの言葉を,自殺未遂で運ばれた病室で聞いた「私」の作品がある。

 雨が好きな理由を「私」が問うと,「今日は休んでいいんだよ,頑張らなくていい日だよ,って言ってくれているみたいで。晴れの日の日差しは頑張れって言ってるみたいだけど。雨はなんかほっとする。もちろん仕事にはちゃんと来るんだけどね」とMさんは優しく笑って窓の外を見て,点滴の確認をすると,「私」のベッドから自然に離れていった。

 ほかの看護師は「腫れ物に触るような感じ」で事務的なこと以外は話をしない中,Mさんは半ばひとり言のように話し始めたのだった。その雰囲気はとても穏やかで,「傷つき疲れ果てた私の心に黙って寄り添ってくれるよう」だった。「私」は,今もやっぱり雨の日は好きになれない。でも,「頑張らなくていい日,心がお休みの日」と自分に言い聞かせながら生きている(匿名「忘れられない会話」より)。

 看護師は,ベッドサイドで家族関係を修復し,個人の価値を再発見させ,生きていくよりどころを伝えている。しかもそれは,口先だけでなく,自らの身をていして行っている。

つづく


◆出典
 日本看護協会「忘れられない看護エピソード」集 2011年

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