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第2932号 2011年6月13日


それで大丈夫?
ERに潜む落とし穴

【第15回】

溶血性尿毒症症侯群(HUS)

志賀隆
(Instructor, Harvard Medical School/MGH救急部)


前回よりつづく

 わが国の救急医学はめざましい発展を遂げてきました。しかし,まだ完全な状態には至っていません。救急車の受け入れの問題や受診行動の変容,病院勤務医の減少などからERで働く救急医が注目されています。また,臨床研修とともに救急部における臨床教育の必要性も認識されています。一見初期研修医が独立して診療可能にもみえる夜間外来にも患者の安全を脅かすさまざまな落とし穴があります。本連載では,奥深いERで注意すべき症例を紹介します。


 研修も2年目に入り,救急部の当直もだいぶ自信がついて,「そろそろ独り立ちできるかな?」と考え始めたあなた。次の患者は5歳児。「小児はまだ得意ではないな……」と思いつつ問診を始めた。

■Case

 5歳男児,生来健康。1週間続く下痢にて来院。食欲はやや落ちており,尿の回数も減っているとのこと。発熱,咳嗽,鼻汁,頭痛,腹痛,呼吸困難なし。兄弟が最近下痢になり,軽快したとのこと。体温37.4℃,脈拍数121/分,呼吸数24/分,血圧96/65 mmHg,SpO2 96%(RA)。肺音清,心音純。腹部は平坦で軟。皮疹なし。キャピラリーリフィルは1.5秒。

 「脱水傾向か。点滴が必要かもしれない」とあなたは考えた。

■Question

Q1 小児の正常血圧は?
A 収縮期の中央値=90+(2×年齢)mmHg,収縮期の最低値=70+(2×年齢)mmHgにて予想する。

 他のバイタルサインの目安は下記の通りである。

●脈拍数
 幼児:160/分
 未就学児:120/分
 思春期:100/分

●収縮期血圧(SBP)
 幼児:80mmHg
 未就学児:90mmHg
 思春期:100mmHg

●呼吸数 (RR)
 幼児:40/分
 未就学児:30/分
 思春期:20/分

出典
 Family Practice notebook.com

 そこへ指導医が通りかかった。「先生,下痢のある患児なんですが,1週間続いていて食欲も低下しているようです。点滴を考えているのですが……」「血便は出ている? 周期的な啼泣はないようだね?」「……」。

 その後,指導医の問診にて血便があることが確認される。さらなる問診から,「先週家族でバーベーキューに出かけたこと」「牛肉のハンバーグを焼いて食べたこと」「兄弟も数日前まで下痢をしていたこと」が判明した。

Q2 摂取した食事との関係性をどのように考えるか?
A 食事との関係性は重要であり,詳細な問診が必要である。

 血性の下痢のある患者では,摂取した食物の聴取が重要である。特に溶血性尿毒症症候群(HUS)を疑う場合には,牛肉の摂取があったかどうかが非常に重要なポイントとなる。

 腸管出血性大腸菌の大半を占めるO157:H7は約1%の牛の腸管に存在するとされる。家族内感染の可能性もあり,家族歴の聴取も必要である。動物園で動物に餌をやっていたり,下痢のある家族との接触もリスクとなる。

Q3 どのような検査を行うか?
A 末梢血+塗抹検査,LDH,ハプトグロビン,生化学,Dダイマー,フィブリノゲンなど。

 上記に加え,腸重積など他の鑑別診断も忘れてはいけない。

 本症例では腎機能障害,塗抹検査にて破砕赤血球を認めた。ハプトグロビン低値,LDH高値,フィブリノゲン,PT,APTTは正常範囲であり,HUSと診断された。

Q4 HUSとはどのような疾患か?
A 正確な病態は不明である。

 HUSには,志賀毒素(ベロトキシン)が関連している場合とそうでない場合がある。血管内皮の障害,あるいは微小血管にて血小板凝集を起こしHUSを生じるという説があり,その血管内皮障害の原因に志賀毒素が関係しているとされる1)

 HUSは若年者に特徴的な病態で,5歳以下では10万人に2.65人/年,18歳以下では1万人に1人/年とされる。ピークはO157:H7による感染と一致して6月と9月に多い。腸管出血性大腸菌としてはO157が有名だが,O111,O26が検出されることもある。

 HUSの死亡率は5-15%とされる。年長児や成人では死亡率は高いが,85%は支持療法にて回復する。意識障害,痙攣,肝障害などを合併することもある。便培養の結果が出るまでには時間がかかるため,培養を待たずに診断・治療を行うことが不可欠である。

Q5 診断の決め手は何か?
A 血小板減少・溶血性貧血・急性腎不全の三徴がそろうことである。

 HUSでは播種性血管内凝固症侯群(DIC)と同様に末梢血に破砕赤血球を認めるが,凝固系にてDダイマーやフィブリノゲンが正常範囲であることが多く,貧血,血小板減少,腎機能障害と合わせて診断となる。DICとの違いに注意すること。

Q6 抗菌薬は使用すべきか?
A 現状では意見が分かれている。

 NEJMの2000年の論文では,抗菌薬を投与した患者のほうがHUSになりやすいというデータが出ている2)。この背景には,O157の志賀毒素が抗菌薬によって細菌から放出されることにより,HUSを発症するとの予測もある。日本では,ホスホマイシンを投与する診療方針をとることが多い。しかしながら,ホスホマイシンを使用した前向き研究はなく,この診療方針を後押しする正確なデータはない。

Q7 HUSに血漿交換をするか?
A 血漿交換は重症例に考慮する。

 小児のHUSにおける血漿交換の前向きのRCTはいまだない。ケースシリーズでは,急性腎不全の期間と長期の腎機能を改善したという報告がある(Artif Organs. 1995[PMID:8526789])。しかしながら,重症例,特に神経症状のある症例では考慮されるべきである。フランスで行われた血漿輸血についての多施設共同前向き無作為比較試験では,溶血,血小板減少,無尿の期間には違いは認めなかったが,生検の所見は血漿輸血を行った群のほうが皮質壊死が少なかった3)

Q8 家族に下痢の症状があった場合には,どのようにアプローチするか?
A 便培養を行い,フォローする。

 便培養でO157が陽性となり症状が見られない場合,公衆衛生の観点からどのように対応するかは難しいところである。保菌しているが症状がないという場合でも保健所に届け出なければならない。また乳幼児の場合,保菌した状態で幼稚園や保育園に通園することは難しく,保健所の方針を仰ぐ必要がある。

 厚労省は24時間以上の間隔を置いて実施した,少なくとも2回の検便結果が連続して陰性(抗菌薬を投与した場合は,服薬中と服薬中止後48時間以上経過した時点の連続2回が陰性)であれば,菌陰性化として扱うという方針を出している。手洗いの励行,リネンの洗濯,混浴の禁止などが必要となる。日本ではホスホマイシンを投与することが厚労省などからも薦められている(投与前にしっかりとした説明が必要である)。

■Disposition

 本症例では小児科入院となり,輸液,輸血が必要となった。また,一時的に血液透析を行ったが離脱した。兄弟からもO157:H7が便培養から検出され,保健所の指示を仰いだ。

■Further reading

1)Grabowski EF. The hemolytic-uremic syndrome-toxin, thrombin, and thrombosis. N Engl J Med. 2002 ; 346(1) : 58-61.
↑溶血性尿毒症症候群のメカニズムに関する論文。
2)Wong CS, et al. The risk of the hemolytic-uremic syndrome after antibiotic treatment of Escherichia coli O157:H7 infections. N Engl J Med. 2000 ; 342(26) : 1930-6.
↑抗菌薬の使用とベロトキシンに関する論文(日本との事情の違いに注意)。
3)Loirat C, et al. Treatment of the childhood haemolytic uraemic syndrome with plasma. A multicentre randomized controlled trial. The French Society of Paediatric Nephrology. Pediatr Nephrol. 1988 ; 2(3) : 279-85.
↑フランスで行われた血漿輸血に関する多施設共同前向き無作為比較試験。

Watch Out

 下痢の患児を見たら,必ず血便があったかを確認する。O157:H7が疑われる場合は,原因食物を予測するために詳細な食事摂取歴(特に牛肉)をとることが欠かせない。腸管出血性大腸菌感染症は「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(感染症法)」において三類感染症に分類されており,保健所への届け出が必要である。家族に下痢があった場合,家族内での感染そして公衆衛生的な観点から(学校などでの集団感染を防ぐ)便培養を考慮する。感染症法により,保菌者についても届け出を要する。

 腸管出血性大腸菌は,75℃以上で1分以上加熱することにより死滅する。生肉を摂取する場合には子どもも大人もリスクを理解すべきであり,リスクを避けるにはしっかり加熱することが一番である。

つづく

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