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第2907号 2010年12月6日


連載

あらゆる科で
メンタル障害を診る時代に
知っておいてほしいこと

最終回
向精神薬を高齢者に処方するとき

姫井昭男(PHメンタルクリニック/大阪医科大学神経精神医学教室)


前回よりつづく

 "心の病"が日々取りざたされる時代になっても,初めから精神科・心療内科に足を運ぶ人はそう多くはいません。メンタルに不調を感じつつも,まずは精神科以外の科を受診してみる,という考え方が,まだ一般的なのです。そこで本連載では,どの診療科の医師でもメンタル障害を診る可能性がある現状を踏まえ,そのプライマリ・ケアの知識とスキルを学びます。メンタル障害に"慌てない,尻込みしない"心構えをつくりましょう。


■超高齢社会に追いつけない医療

 今,日本で議論を急がねばならないのは,超高齢社会で国民の豊かな生活を維持するための施策です。これは政治と医療に共通する課題であるため,混同されて取り上げられがちですが,既に医療システムは超高齢社会に対応しきれず破綻寸前であり,早急な改革が必要とされています。

 日本の医療システムは,欧米で改良が重ねられた既存のシステムをカスタマイズして発展してきました。ところが高齢者医療に関しては,世界一の長寿国である日本が最も多くの知見を有しており,見本となる医療システムは,他のどの国にも存在しないといっても過言ではありません。

 つまり絶対的・標準的な指針がなく,臨床に携わる者がおのおのの経験を元に手探りで対応するしかない状況であり,非常に効率が悪いと言わざるを得ません。また老年期の医療は,疾病の完治を最終目標として積極的な治療を行うのではなく,メンタルとフィジカルのバランスを取り,生活機能を最大限に維持することが目標です。ですから治療効果を最大限に発揮するためには,各診療科の医師の技術を集結させねばなりませんが,そうしたリエゾン医療の体制が整っている医療機関は限られています。

 そこで最終回では,高齢者医療にかかわる各診療科の医師が,精神科のリエゾンサポートがない状況で,高齢者に向精神薬を処方するときに気をつけてほしいことをまとめてお話しします。

■精査が必要な高齢者の精神症状

 今,認知症をはじめとして高齢者のメンタル障害のケースが急増しているのは周知の事実です。ここでは比較的多く遭遇する高齢者の精神症状について,どのような観点から診て,どう対応すべきか解説します。

●夜間せん妄
 せん妄とは意識の混濁が原因で低覚醒が起こり,その結果激しい精神運動性興奮が起こっている状態をいいます。子どもが寝ぼけて(低覚醒状態),何かに驚いて取り乱すさまに似ています。こうした状態では,外界からの刺激は情報として適切に処理されず,不安や恐怖を引き起こす原因となります。

 せん妄が夜間に現れやすいのは,(1)眠る準備をするために生理的に低覚醒へ移行する,(2)視覚情報が減じる(特に白内障がある場合は顕著),という悪条件が重なるためです。症状改善のためには,夜間にしっかり睡眠が誘発されるよう昼間の活動性を上げるといった生活改善をまず試みて,それでも効果が見られなかったときに初めて,薬物療法を導入すべきです。

 薬物療法の場合,チアプリドを第一選択とする臨床医が多く,筆者も同意見です。次の選択としては,ごく少量のハロペリドールなどの抗精神病薬がスタンダードになりつつあります。"ごく少量"とするのは,錐体外路症状や過鎮静を起こさせないためです。第二世代抗精神病薬も高い効果が得られるのですが,日本では統合失調症のみの適応ですから処方には注意が必要です。

 また,せん妄状態かどうか判断に迷ったとき注意してほしいのは,マイナートランキライザーの投与の有無です。過鎮静や睡眠導入薬の遷延が原因でせん妄様の症状が起こることもあるので鑑別が必要です。当然ながら,この場合の対処方法はマイナートランキライザーの中止です。

●抑うつ状態
 老年期の抑うつ状態では,抑うつ気分が前面に出ず,仮面うつ病のように身体症状や心気症状が中心であることが多いため,病初期での発見が困難なケースが少なくありません。不定愁訴が多く,それに対応するためマイナートランキライザーが大量に処方され,病態が把握できなくなります。さらに不安や焦燥が高度になり,うつ状態が遷延すると,激越性うつ病へと移行します。うつ状態がひどく意思疎通に支障が出現すると,認知症様にみえ,誤診されることが少なくありませんので,症状の発現と経過をしっかりと聞きとることが肝心です。また,加齢によるホルモン分泌低下により抑うつ状態を呈することも珍しくありません。特に,甲状腺機能低下による抑うつ状態の症例が高齢化とリンクして増加してきている印象を受けますので,鑑別のために血液検査を行うことも重要です。これらをしっかり見極めた後,第2回(2898号)に記した抗うつ薬の処方の注意に従い治療を開始します。治療には,成人のうつ病や抑うつ状態の治療に準じて抗うつ薬を用いますが,後述する代謝などを考慮して少量かつゆっくりと増減して治療します。

●代謝性意識障害(幻覚妄想を疑わせる意識障害)
 代謝性意識障害は,加齢によりすべての生体機能が低下する老年期でより起こりやすくなります。喉の渇きに気づきにくくなったり,空調による不感蒸泄,尿失禁を気にして水分補給をためらうなど,さまざまな要因が考えられます。今年は猛暑で熱中症が増加しましたが,高齢者では軽度の脱水でも代謝性意識障害が起きて精神症状を呈することがあります。そのほか最近多いのは,老年期発症のアルコール依存症者やその予備群が過剰にアルコールを摂取し,脱水と体内のアンモニア増加による代謝性意識障害から幻覚妄想状態を呈するケースです。これらの場合,脱水には輸液,アルコールには解毒などの対処で精神症状を改善し,再発防止のためには生活指導や断酒指導などを行い根本原因を取り除くことです。抗精神病薬を投与した結果,悪性症候群などを惹起し,救命処置が必要な事態が起きることのないように注意しなければなりません。

■高齢者の体内薬物動態を考慮

 高齢者はすべての臓器の機能が低下していることを念頭に置かねばなりません。特に吸収,代謝,排泄の機構はすべて遅延します。向精神薬の代謝は,健康な成人でも個人差が大きく効果の増強や持続時間の延長が起きやすいので,高齢者に投与する際にはよりいっそうの注意と経過観察が重要です。

●向精神薬の吸収にかかる問題
 高齢者は薬剤の吸収力が低下しているため,処方薬の投与量対効果が低いと感じ,短い期間で増量してしまうことがあります。ところが,多くの向精神薬は腸蠕動を減弱させる可能性があり,投与された薬剤は腸管内で滞る時間が長くなります。吸収力が低下していても,薬物が長時間腸管内にあれば吸収率が上がり,増量によりオーバードーズを引き起こします。高齢者で向精神薬による過鎮静や悪性症候群を引き起こす背景には,このようなケースがあることを知っておく必要があります。

●代謝・排泄の低下がもたらす問題
 代謝能力が低下すると服用した薬剤の代謝が遅くなります。このため,少ない量で調節したはずの薬剤の"使い残し"が体内に少しずつ蓄積されていきます。さらに排泄能力の低下が加わると,処方を変更していないにもかかわらずある日突然,副作用症状などが出現するのです。原因と考えられる薬剤をすぐに止めても改善が見られないのは当然ですし,副作用への対処療法として焦って別の薬剤を投与するとかえって症状が複雑になることもあります。そのようなときは状態をよく観察しながら経過をみて,必要なら輸液や解毒を中心に対処することを忘れないでください。

■連載のおわりに

 皆保険制度で成り立つ日本の健康保険制度の下では,多くの人が手厚い医療行為を受けられる状況にあり,医師も,ある程度の制約は存在しても,基本的には自身が最善と思う治療,特に薬物療法を実践できます。このため,薬物療法を積極的に行うこと,新しい薬物を処方することこそがポジティブな治療だという心理が働いてしまいがちですが,この連載を通して,よい治療結果を出すにはまず,豊富な知識と観察力が重要だという医療の原点を再認識してもらえれば幸いです。

 精神科専門医ではない医師も,メンタル障害の治療を避けては通れない時代です。すべての医師が精神科薬物治療の十分な知識を持って治療に臨むようになれば,人々のさらなる健康の維持・向上が実現すると信じています。

(おわり)


姫井昭男
1993年阪医大卒,同年同大神経精神医学教室入局。99年,同大大学院にて精神医学博士号取得。2007年より大阪精神医学研究所新阿武山クリニック所長。本年5月,PHメンタルクリニックを開業。PHとは,Positive Health=健康づくりの意。専門外来を標榜せず"家庭医としてのメンタルクリニック"をめざしている。また,複数の企業で産業医も務める。著書に,『精神科の薬がわかる本』(医学書院)など。

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