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第2888号 2010年7月19日


看護のアジェンダ
 看護・医療界の“いま”を見つめ直し,読み解き,
 未来に向けたアジェンダ(検討課題)を提示します。
〈第67回〉
動議

井部俊子
聖路加看護大学学長


前回よりつづく

 平成22年度日本看護協会通常総会2日目の冒頭に,代議員より「緊急動議」が出された。広辞苑によると,動議とは「会議中に予定した議案以外の事項を議事に付するため,議員から発議すること」とされる。

第二号議案をめぐる紛糾

 緊急動議は,総会1日目に採択の結果否決された第二号議案「日本看護協会の新定款(案)並びに新定款細則(案)」に関するものであり,代議員数変更の理由や経緯の周知が不十分であったため再度説明と,第二号議案の再採決を求めるものであった。

 日本看護協会総会議事運営規程では,「議長は出席代議員及び正会員より動議の提出があった場合,会議に諮り代議員の賛成を得た後議題とする」(第13条)ことになっており,しかも,「議事の進行,討論の打切り,休憩又は休会の動議」は,「他の議事に優先して取り扱い,少なくとも賛否各1名の討論の後,直ちに採決に入らなければならない」(第14条)とされる。これらに基づき,議長は代議員に対して,緊急動議を議題としてよいかどうかの意見を求めた。

 会場は,賛成・反対両派の応酬で熱を帯びた。1番マイクからは「新定款は会員に十分周知されていない。もっと時間をかけて採決すべき」(反対意見),2番マイクでは「われわれは数年前からプロジェクトをつくり学習会をしてきた。新定款を理解している」(賛成)。3番マイクからは「昨日の否決は代議員として息苦しい夜となった。採決を先延ばしすべきではない。執行部の提案は羅針盤である」(賛成),5番マイクでは「第二号議案の賛成意見は昨日出すべきであった。反対意見を出す人は勇気を持って出している。公益法人化には賛成でありすべてダメということではない」(反対)。同じく5番マイクからは「昨日の採決は代議員としての使命である。決議を真摯に受け止めてほしい」(反対)。

 こうした討論の後,動議を議題とするかの採決に入った。議長が動議の採択に反対する者の挙手を求めたところ,出席代議員2753人中,反対は400人であった。こうして,動議は議題として採択され,第二号議案が再び審議・採決されることになったのである。

 第二号議案の新定款と細則案について,総会1日目には一般参加者席から「代議員数が減らされることによって会員の声が届かなくなるのではないか」「理事会の権限が大きくなりすぎる」という批判の声が上がり,主な論点となった。この点に関して,議長から説明を求められた執行部は,平成21年度日本看護協会通常総会の第四号議案(日本看護協会の基本理念について)ならびに第五号議案(新たな社団法人の骨子について)の“復習”を行い,これらの議案は昨年の総会で可決されていることを強調した。つまり,新たな「理事会」の構成と役割を踏まえ,「総会(代議員会)の新たな機能に応じた代議員制度に転換し,代議員会の規模を適正化する。代議員総数は750人とする」としたのである。さらに執行部は,「昨年の総会においてわれわれが下した意思決定に基づき良識ある判断を代議員に求めたい」と述べた。

 その後,第二号議案の採決に入った。賛成の代議員は2500人となり,出席代議員の4分の3を上回った。こうして,第二号議案は可決・承認された。

「アベリーン・バラドックス」

 第二号議案がなぜ総会1日目に否決されたのか。「代議員の誰もが,まさか本当に否決されるとは思っていなかったでしょう」と後にある代議員が話してくれた。一般参加席から次々と第二号議案について否定的な発言があり,代議員席は沈黙したまま採決に入った結果,賛成数が4分の3を下回ってしまった。つまり,誰もそうなると思っていないのに,そうなってしまったのである。これを「アベリーン・パラドックス」という。

 ある日,夏の休暇を過ごすためにテキサスのコールマンという町にやってきた家族のひとりが,「アベリーンへ行って,カフェテリアで食事でもしようか」と言い出し,砂嵐の舞うガタガタ道を往復4時間もかけ,“とても食べられたものじゃない”食事をした。しかもこの旅は,はっきりと意見を言わなかっただけで,“本当は誰も行きたくなかった”のであった。

 これを心理学者のジェリー・ハービーは「アベリーン・パラドックス」と名付け,次のように説明している。「私たちの行動は,しばしばその成員の願いとか意思に反して行われます。そして本来目標とされていることが達成されずに裏切られてしまうというものです。このようなことは,日常の生活でも役員会でも閣議においても起こることであります。皆さんがなんとかアベリーンへの旅をせずにすませることが大事なのです」。さらに続けて,「アベリーン・パラドックスの発生要因は,行為・行動の不安や否定的幻想,隔離・隔絶されるのではないかという恐れなどである」とした上で,「解決の糸口は,まずアベリーンへの道に向かっていることに気がつくことであり,勇気を持ってこれに立ち向かうことです」と指摘している。

 総会第1日目の第二号議案の採決は,まさにアベリーン・パラドックス現象が生じていたのである。

*文中の「アベリーン・パラドックス」については,(株)ビジネスコンサルタント提供の講義資料を参考にした。

つづく

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