医学界新聞

連載

2010.04.05

ノエル先生と考える日本の医学教育

【第11回】女性医師の問題・3

ゴードン・ノエル(オレゴン健康科学大学 内科教授)
大滝純司(東京医科大学 医学教育学講座教授)
松村真司(松村医院院長)

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2870号よりつづく

 わが国の医学教育は大きな転換期を迎えています。医療安全への関心が高まり,プライマリ・ケアを主体とした教育に注目が集まる一方で,よりよい医療に向けて試行錯誤が続いている状況です。

 本連載では,各国の医学教育に造詣が深く,また日本の医学教育のさまざまな問題について関心を持たれているゴードン・ノエル先生と,医師の偏在の問題や,専門医教育制度といったマクロの問題から,問題ある学習者への対応方法,効果的なフィードバックの方法などのミクロの問題まで,医学教育にまつわるさまざまな問題を取り上げていきたいと思います。

 今回も引き続き,オレゴン健康科学大学のレベッカ・ハリソン先生とともに,米国と日本の女性医師の役割や生活について比較検討します。


米国の女性医師に選ばれる診療科は?

松村 日本では女性医師は専門領域を選ぶ際に,時間の制約が厳しいか,診療を行う上でのストレスがどの程度あるのか,などを考慮することがあるようです。将来,出産・育児を行うことを考えると,訴訟リスクはもちろん,夜勤や当直,そして死亡する患者が少ない科を選ぶことが多いのも理解できます。現在,日本では皮膚科,放射線科,眼科,麻酔科といった診療科に女性医師が多い傾向にあると思うのですが,米国の女性医師もやはり時間的制約やストレスの少ない診療科を選択する傾向にあるのでしょうか。

ノエル それについては,私からデータを紹介しましょう。米国の現役医師のなかで各診療科に占める女性医師の比率について,米国医科大学協会(AAMC)の調査結果(図)があります。これをみると,時間的自由度だけでなくライフスタイルにおいても自由度が低いと言われている家庭医療,内科,産婦人科,小児科といった診療科においても,28-54%が女性だということが示されています。また,6つのSubspecialtyを除くすべての診療科で,少なくとも1割以上の医師が女性なのです(註1)。

 診療科別,女性の現役医師の占める割合(2006年)
*内科と小児科の双方のトレーニングを受けた診療科を指す。
出典

 この図に示した数字は,現在診療に携わっている医師の総数から算出したものです。最近の医学部卒業生では,時間的制約の厳しい診療科を選択する女性医師の割合は,この図のデータよりもずっと高いものとなっています。

 医学部卒業生全体を見ると,いわゆる「時間的制約の厳しい」診療科を避けて比較的自由な診療科を選択する傾向が見られ,その変化に占める割合は男性のほうが高くなっていることは非常に興味深い現象です。これは父親も子育てに参加することへの期待がますます強くなっていること(註2)や,医師としてのキャリアよりも,自分の趣味や生活などの個人的な関心分野に時間を割くことを望む人々が増えていることの現れかもしれません。

まずはパートタイムで復帰

松村 日本では,多くの女性医師は出産・育児を行う時期には子どもと過ごす時間を増やさざるを得ないので,キャリアを変更する必要に迫られます。例えば,パートタイムで働くことができる非常勤勤務に切り替えたり,場合によっては一時的に退職したりすることもまれではありません。そのようなキャリアを選択する場合,その医師の専門領域から数年間離れてしまうと,臨床技術を維持することや最新の知識を身に付けることができなくなってしまい,結果として復帰が困難になることが予想されます。

 日本では昨今,そのような診療現場から離れていた女性医師が,職場に復帰する際のストレスが軽くなるように臨床の再トレーニングを行う,「リハビリテーション・プログラム」のような支援策を持つ病院や研修プログラムが誕生してきたと聞いています。米国でも同様に,女性医師は子育て期間中は臨床医としての仕事を離れるのが普通なのでしょうか。また,休職後の女性医師の復帰を支援するプログラムはあるのでしょうか。

ハリソン 米国では,日本で行われているような再トレーニングのプログラムを持つ施設は見られません。子どもが生まれた後はほとんどの場合,まず約3か月の育児休暇を取ります。多くの女性医師はその後,パートタイムの仕事から復帰します。そして,勤務状況や家庭の状況に合わせて勤務時間を延ばしていくようです。なお,もっと長い期間休職する女性医師もいますが,その場合でも無事に職場に復帰できているようです。私たちが調べたところでは,家族を持った後で臨床を完全にやめてしまう女性医師は米国ではほとんどいないと思います。

研修と育児を両立させるには

ノエル ハリソン先生,私からも質問させてください。米国では医学部を卒業するのは一般的に26歳以上です。内科,小児科,家庭医療などで初期臨床研修を行う場合,研修を修了するころには30代に入り,さらに内科や外科などのSubspecialty研修に進めば,その研修が終わるころには既に30代半ばになってしまうこともある状況だと思います。ですから,医学生や研修医の間に出産するケースもよく見られますが,そのような女性医師たちはどうやって生活をやりくりしているのでしょうか。家族のために医学の勉強や臨床研修を中断しなければならないのか,そして研修のかたわらどうやって育児を行っているのか,といったことをお聞かせください。

ハリソン 家族を持とうとする女性の医学生や研修医,また既に臨床現場で働く医師の数は増えており,その多くがパートタイムまたはフルタイムで学業や仕事に携わっています。家庭の事情やずっと家庭に身を置きたいという個人的な考えで,離職する例もないわけではありませんが,一般的には,女性医師はさまざまな手立てを組み合わせて仕事と家庭を両立させているのです。こうした仕事と家庭の“ジャグリング(やりくり)”はお金も時間もかかる至難の技です。家事のスケジュールを立て,家族のそれぞれの仕事や学校,また放課後や家庭での行事を“漏れがないように”アレンジすることは,それだけでもう立派なフルタイムの仕事だと思います。それでも女性医師(一部の男性医師もですが)は医師としてのキャリアと家庭生活を両立できることにやりがいを感じ,その努力を惜しまないのです。

 その具体的な内容については,次回お話しすることにしましょう。

註1:「時間的自由度が低い,あるいは高い」診療科の論議と定義については,Schwartz RW, et al. The controllable lifestyle factor and students’ attitudes about specialty selection. Acad Med. 1990;65(3):207-10.を参照のこと。
註2:Dorsey ER, et al. The influence of controllable lifestyle and sex on the specialty choices of graduating U. S. medical students, 1996-2003. Acad Med. 2005;80(9);791-6.を参照。

つづく

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