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第2847号 2009年9月21日


MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内


続 アメリカ医療の光と影
バースコントロール・終末期医療の倫理と患者の権利

李 啓充 著

《評 者》武井 麻子(日赤看護大教授・精神保健看護学)

臓器移植法改正の論議における落とし穴

 日本では今,臓器移植法の改正をめぐってさまざまな論議がなされている。その大きな焦点は「脳死は人の死か」という問題である。しかし,こうした議論には大きな落とし穴があることを教えてくれるのが,本書である。まさにタイムリーな出版といえよう。

 本書は『アメリカ医療の光と影――医療過誤防止からマネジドケアまで』の続編である。著者はほかにも『市場原理が医療を亡ぼす――アメリカの失敗』『市場原理に揺れるアメリカの医療』といった,一連のアメリカの現代社会のひずみを医療という側面から報告している。それらは,アメリカ医療の内部にコミットした人ならではの情報に満ちているが,それを読めば,著者が本当に伝えたいのはアメリカではなく日本の医療の将来への危機感であり,日本社会への警告なのだということがわかる。「命の沙汰も金次第」という社会の到来を黙って見ていていいのかという警告。

 本書のテーマは,「患者の自己決定権」である。日本でも有名な延命治療の是非をめぐるカレン・クィンラン裁判から,さまざまな避妊法の開発と女性の権利を求める闘いの歴史,そしてアメリカの転機を迎えた医療保険制度などが取り上げられている。日本では現在の臓器移植法改正に際しても,脳死の問題をもっぱら「医の倫理」として論議する傾向があるが,そこには社会の価値観だけでなく,政治が深くかかわっているのである。

 なぜ,日本では世界的に安全性が確立された低用量ピルが認可申請後10年近く承認されていないのに,勃起不全症治療薬バイアグラが認可申請後わずか6か月で承認されたのか。日本ではなぜ,副作用ゆえにアメリカでは20年以上も前に販売されなくなった高用量ピルのみが女性に処方され販売され続けているのか。こうした批判記事がニューヨークタイムズに掲載されてまもなく,バイアグラが認可されてわずか半年で,低用量ピルが一転認可されたのだという。

 こうした決定は,どこでどのようになされるのか,われわれはほとんど知ることができない。そもそも「患者の自己決定権」という概念が日本社会には根付いていないのである。筆者は大学院でコンサルテーション論を教えているが,医療の現場で遭遇する難しい事例の多くに,救急で運ばれ緊急手術を受け,同意のないまま人工呼吸器やストーマを装着された患者とのトラブルがある。治療を受け入れない患者は日本の医療の場では歓迎されないのである。本人ではなく,家族に告知してインフォームド・コンセント(IC)と称している病院も少なくない。

 一方,アメリカで患者の権利が社会的に認められてきた背景には,数々の医療裁判がある。延命治療の是非も裁判で公に議論されたし,避妊をめぐる法廷論争のなかで女性が自身の身体や健康に関して自己決定権を持つという「プライバシーの権利」が認められるようになった。著者は,避妊普及活動が非合法であったことが,その後アメリカで「患者の権利」が人権として確立することに大きく貢献することになったという。翻って,日本では避妊が罪と結びつくという考えがなかったために,かえって社会的な問題として議論されることなく,したがって女性がその権利を主張する機会もなく来てしまったというのである。

 ところで,著者の本の特徴は,深刻な社会問題を読み物として面白く語ってくれる点である。それは同じ著者の一連のアメリカ・メジャーリーグについての著作とも共通する。選手一人ひとりの物語が,どこでこの情報を得たのだろうと不思議になるくらい詳しく,生き生きと書かれているのだ。

 今年4月に出版された本書の書評を引き受けてから,ずいぶんと時間がたってしまった。なぜ遅れてしまったかといえば,いつも愛読させていただいている著者の医学界新聞の連載の中に,著者が「直腸カルチノイド」と宣告されたことが書かれていたからである。まさに「アメリカ医療の光と影」を,身をもって体験されることになるとは……。

 私はその事実を知った以上,それがどのように展開しているかを知らずに本書のことをあれこれ書けないような気がしたのだ。だが,どうやら疾患自体はさほど深刻ではなさそうなのに,治療はさまざまな壁が立ちはだかってうまくいかないらしい。早く先を知りたいところだが,これ以上経過を追っていたら,この書評も時期を逸してしまう。というわけで,今後はこの続編を期待することにしよう。

四六判・頁280 定価2,310円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-00768-9

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