医学界新聞

連載

2008.04.14



〔連載〕続 アメリカ医療の光と影  第125回

緊急論考「小さな政府」が亡ぼす日本の医療(6)

李 啓充 医師/作家(在ボストン)


2775号よりつづく

 「小さな政府」を推奨する人々は,「国民が豊かさを享受するためには,社会保障よりも,まず,経済の成長が第一。そのためには,事業主負担が過重であってはならない」と主張する。この主張が正当性を持つためには,「成長が達成された後,その成果(=豊かさ)を国民に分配する」約束が果たされることが前提となるのは言うまでもない(国民に「欲しがりません,勝つまでは」と強いる以上,成長がもたらすはずの豊かさを分配しないのであればこれは「詐欺」と変わらない)。

 一方,「小さな政府」路線を疑問視する人々は,「たとえば,内需が伸びないのは,社会保障の不備に対する国民の不安が強いため。小さな政府を続ける限り,成長が達成できないだけでなく,国民は我慢を強いられたまま,いつまでたっても豊かさを享受できない」と主張する。どちらの主張に分があるのかについて,「未来がどうなるのか」という「占い」の観点からでの議論ではいつまでたっても結論が出ないので,ここでは,「これまでの結果」を見ることで検証しよう。

 というのも,実は,日本という国家が「小さな政府」で運営されるのは今に始まったことではなく,半世紀以上に及んで「小さな政府」で国家を運営した場合にどのような社会ができあがるか,その答えは,とっくに出ているからである。

OECD加盟国で経済成長率と貧困度を比べてみると……

 まず,「小さな政府」が経済の成長をもたらしてきたかどうかについて,OECD加盟国間での経済成長率を比較することで検証する。図1に,1996年から2006年まで10年間のGDP成長率(年平均値)を示したが,日本の成長率(1.1%)は,加盟国中最低であることがおわかりいただけるだろうか? OECD加盟国のほとんどが日本よりも「大きな政府」で国家を運営している事実は前にも指摘したとおりだが,「大きな政府」のどの国をとっても,例外なく,日本よりも高い成長を達成しているのである(註1)。

図1 OECD諸国の経済成長率と国民負担率
1)経済成長率は1996-2006年における各国GDPの年平均成長率(データはOECD in Figures 2007より)。
2)国民負担率は,財務省「各種税金の資料:国際比較に関する資料;OECD諸国の国民負担率」に基づいた。
3)ハンガリー,ポーランド,トルコについては国民負担率の数字が明らかでないため示していないが,年平均経済成長率はそれぞれ,4.4%,4.2%,4.0%である。

 というわけで,日本の場合,「小さな政府」路線が経済の成長に寄与してきたとはとても言い難いのだが,では,「国民に豊かさを分配する」という点についてはどうなのだろうか? ここでは,富の偏在を示す指標として「貧困度」を用いるが,以下,先進国における「貧困」を詳細に分析した2005年のOECD報告(註2)のデータを紹介する。同報告によると,非常にショッキングなことに,調査対象24か国中,日本の貧困度は,メキシコ,米国に次ぐ第3位であり(図2),成長の場合と同じように,日本は,「富の分配」についても,「大きな政府」で運営している国に遅れを取っている(註3)。

図2 OECD諸国の貧困度と国民負担率
貧困度は,貧困率と収入格差の積として求められるが,ここで,
貧困率:人口中,可処分所得が貧困閾値(可処分所得中央値の50%)に満たない人の割合
収入格差:(貧困閾値と貧困層平均可処分所得との差)÷(貧困閾値)

 しかも,さらにショッキングなのは,日本の場合,ただ貧困度が高いだけでなく,貧困層における共稼ぎ世帯の割合が突出して高いことである(日本よりも高い国はOECD加盟国中「最貧国」のメキシコだけである)(図3)。なお,図3では所帯主が現役年齢の世帯でのデータだけを示したが,所帯主が引退年齢の世帯でも貧困層における共稼ぎ家庭の割合が高い傾向は変わらず,夫婦2人で働いても貧困から抜け出すことができないのだから,格差社会の現状は深刻である。

図3 OECD諸国における貧困層の世帯構造
世帯主が現役年齢の世帯(貧困率の定義については図2を参照)。

啄木も呆れる格差社会

 「働けど,働けど,なほ我が生活(くらし)楽にならざり」と詠んだのは石川啄木だったが,いまの日本は,「妻と二人働けど,働けど,なほ我らが生活楽にならざり」であるだけでなく,「友がみなわれより偉く見ゆる」格差社会の憂いを「花を買いきて妻と親しむ」ことで癒そうにも,その妻までもが格差社会の中で働く憂さに疲れ切っているのだから,啄木も呆れるに違いない。

 成長が達成されていないだけでなく富の偏在も著しく大きいままだというのに,政府も財界も,いつまで「小さな政府」の幻想を振りまき続けたら気が済むのだろうか?

この項つづく

註1:内閣府が,「国民負担率が小さいほど経済成長率が大きい」とするデータを示しているが,1971年から2001年と,「昔」に重きを置いたデータに基づいての結論なので注意されたい。
註2:Forster M and Mira d'Ercole M. “Income distribution and poverty in OECD countries in the second half of the 1990S" (OECD Social, Employment and Migration Working Papers No. 22), 2005
註3:図2からも明らかなように,一般に,国民負担率が大きい国ほど貧困度が低い傾向がある。

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