医学界新聞

連載

2007.12.10

 

名郷直樹の研修センター長日記

47R

なんてひどい診察なんだ

名郷直樹  地域医療振興協会 地域医療研修センター長
東京北社会保険病院 臨床研修センター長


前回2756号

▲月×○日

 今日も2年目の研修医と外来だった。研修医とやる外来は楽しい。2年目ともなると「なかなか」のものだ。「なかなか」とは,フォークシンガー三上寛が言うところの,「なかなか」である。「なかなか」の副題は,「なんてひどい唄なんだ」というんだけれども。ということは,「なんてひどい診察なんだ」ということか。そうかもしれない。もちろんそんなわけはない,と言ってもいいのだが。そうかもしれない,そう考えてみると,いろいろ思い出すことがある。というように書き出したのだが,お前のは,なんてひどい診察なんだ。そう言われて,研修医はどう思うのだろうか。でも研修医自身に対しても,本当はそう言ってみる必要があるかもしれない,と思うのだ。そして,もちろん私自身の診察に対しても。さらにはすべてに対して。

 

 研修医はとても丁寧に話を聞き,丁寧に診察をする。最初の1分は開かれた質問で,さらに解釈モデルを引き出し,沈黙を利用して,質問返しを利用しつつ,ドアノブコメントで締めよう。検査に入る前に,診察だけでできるだけ事前確率をある程度下げたり,上げたりできるようにしよう。診察したうえで,迷うときだけ検査をしよう。そう強調してきたことが,それなりに反映されている。でも,それがよかったり悪かったりする。丁寧さがあだになるのだ。だいたい自分はそんなに丁寧にやってはいない。でもそれは丁寧にやることができないわけではない。あえて丁寧にやっていないのだ。でもそれもうそだな。自分自身の外来がそんなにコントロールされているわけがない。

 今日は,はなからわけのわからない話になっている。俺は,いったい何が書きたいんだ。しかし,何を書きたいのかなんて言い出したらおしまいだというところで,書いたことが書きたいことだった,そうするのが関の山。自分自身に対して,何が書きたいんだなんて問うもんじゃない。いったいなんてひどい文章なんだ。

 

 4年前,患者に診察を拒否された研修医がいた。そのことを思い出す。丁寧に病歴を取り,丁寧に診察し,丁寧に説明した挙句の,患者からの拒絶。もう二度と診てほしくない。患者がそんなふうに言うのだ。慇懃無礼,丁寧さに潜む暴力性について。巷でよく話題となる「患者様」という言葉に潜む暴力も同じだ。無意識の暴力は怖い。

 

 あちこちドクターショッピングするような患者さんは,研修医に当たるといいことが多い。初めてこんなにしっかり話を聞いてもらいました。こんなに丁寧に診察を受けたのは初めてです。そんなふうに喜んでくれる。しかし,あまり医者にかかったことがなかったり,医者嫌いの患者では逆効果のことがよくある。嫌いな人と長く過ごすのは,どんなに丁寧にやったところでうまくはいかない。でも現実はそれほど単純じゃない。医者と患者は,出会う前に好きとか嫌いとかというところもあるけれど,大方は出会ってから,好きになったり,嫌いになったりするのだ。さらにはそれがまた時間によって変わったりする。さっきは好きだったのに今は嫌い。そんなこともよくある。なんかと似ている。好き嫌いの話にすれば,みんな似ているのだけれど。

 そんな中で起こった事件。ある研修医が,腹痛,下痢の患者さんに「何か希望の検査とかありますか」,そう聞くや否や,患者の怒り爆発。

 

「それを考えるのがあなたの仕事でしょう。さっきからおなかが痛いって言ってるじゃないですか。早く何とかしてください」

 

 何が起こったかわからない研修医。そういえば,先週の外来では,検査希望の患者に対して検査をぜずに,かぜです,と言ってかぜ薬だけで済ませたところ,あとから指導医のところへ,どうして検査をしてくれないんですかという苦情が来たんだっけ。その反省が生かされてのことなのに。

 怒りを爆発させる患者の声を隣の診察室で聞きながら,ここは自分の診察をとめてでも研修医のところへ行ったほうがいいだろうか。そんなことを考えつつ,自分自身の患者の病歴を取り続けている。そうこうしているうちに,患者の怒りもひと段落し,いいタイミングでナースが間に入る。患者の怒りはかなり収まったが,研修医の落ち込みは止まらない。

 患者と真剣に関係を結ぼうとするところで,いろいろな問題が起きる。真剣に関係を結ぶというのは,なかなかチャレンジングなことだ。自信がなくたって,自信ありげに,わかったような顔をしてやればいいのだ。そういう考え方もある。またそんな無理をしなくたって,あいまいな関係で,なんとなくやっていければ,それもまたなかなかのやり方だ。ただいずれにしろ,なんてひどい診察なんだ,という声がやむことはない。実際,患者の怒る声が外来にこだましたように。医師患者関係は基本的に悪化している。基盤が崩れかけている。そんな現状で,研修医とともに患者を診る中で,研修医が関わることで,よりよい医師患者関係が築けるかどうか。そんな無謀な試みに賭けたい。

次回につづく


本連載はフィクションであり,実在する人物,団体,施設とは関係がありません。

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