医学界新聞

連載

2007.04.23

 

研究以前モンダイ

〔その(1)〕
研究以前のモンダイとはどんなモンダイ?

西條剛央(日本学術振興会研究員)

本連載をまとめ,大幅に追加編集を加えた書籍『研究以前のモンダイ 看護研究で迷わないための超入門講座』が,2009年10月,弊社より刊行されています。ぜひご覧ください。


 妙なタイトルの連載が始まった。そう思われた読者は多いかもしれません。「研究以前のモンダイ」とは何でしょう? 「あなたの場合,研究する以前に性格の問題ですよ」などという,身も蓋もないことを言いたいわけではありません。いい歳になれば性格などそう簡単に変わるものではありませんし,そもそも僕自身,人様の性格をどうこう言える立派な人でもありません。

看護研究のジレンマ

 看護師の皆様を読者に持つ本紙でこのようなタイトルの連載を始めるのは,看護研究が持つ独特の「難しさ」の原因の多くが,「研究以前のモンダイ」に起因していると考えたからです。僕は心理学を専門とする研究者ですが,数年前に,複数の原理の体系からなる「構造構成主義」(後述)というメタ理論を提唱させていただいたことをきっかけに,看護関係者の方から講演依頼を受けるようになりました。

 お話を伺ってみると,確かに看護研究には独特の難しさがあるということが理解できました。「医学領域で一般的な量的研究は看護研究には不向きなのでは?」という疑問から,質的研究の勉強を始めたが,方法論がたくさんあってどれがよいのかよくわからない。また,せっかく研究を発表したのだけれど「質的研究は科学性・実証性が乏しい」と批判されてしまった。入門書や解説書を読んでも,諸説あって,結局のところどうしたらいいのかはわからないまま。

 こうしたジレンマの背景には,実は「研究以前のモンダイ」があるのです。看護の現場には,身体あるいは医療技術といった確実な現象とともに,患者や医療者の思いといった曖昧なものが同居しています。さらには医師や看護師,薬剤師,作業療法士,理学療法士といったさまざまな立場や背景を持つ人々が交流する“多職種のるつぼ”的なフィールドでもあります。また,同じ立場の人間でも,状況が変われば考え方が変わってくるのが現場であり,研究室の中のように一定の条件が保たれる,ということはほとんどありません。

 このように考えただけでも,例えば物理現象だけを扱う物理学などと比べて,看護のフィールドがいかに複雑な現象を扱っているかがわかるでしょう。本連載では「研究以前のモンダイ」を1つひとつ見つめていく中で,看護現場と看護研究が持つ問題の複雑さと多様性の理由を深く理解し,問題を整理していく「視点」と「技術」を身につけていただきたいと思っています。

研究以前のモンダイってどんなモンダイ?

 「なにやら哲学的なヤヤコシイ話になってきたぞ」という声が聞こえてきそうです(笑)。しかし,本連載では難解な哲学用語を振り回すことはありませんのでご安心を。基本的に,「研究以前のモンダイ」とはメタレベルの視点に立つことで見えてくる問題です。“メタレベルの視点”とは何かといえば,さしあたって,私たちが普段なんの限定や注釈もなしにつかってしまう言葉や概念について,一段,次数を繰り上げて考えることと理解していただければと思います。

 「方法」とは何でしょう? 「理論」とは何でしょう? それらと「実践」との関係はどのように考えるべきなのでしょう? 「科学的」とはどういうことでしょう? 「科学的である」ことと「真実」はどう違うのでしょう?

 これらはすべて,メタレベルに立って初めて見えてくる,「研究以前のモンダイ」です。ついつい見過ごしてしまいがちなこれらの問題をキチンと考えることは,実は看護研究が持つ難しさを緩和するためにとても役立つと僕は考えています。

 例えば「科学性」ということ1つとっても,EBMやEBNに代表される統計的・数量的研究において掲げられている科学性と,質的研究などが掲げている科学性は異質なものです。そして,そうした違いを契機として,質的研究を信奉する人,量的研究を信奉する人との間で対立関係が生じるのです。

 え? 当たり前の話ですって? そうかもしれません。しかし「なぜそのような対立が生じるのか」ということを,深く理解している方はあまり多くないように思います。そうでなければ,これほどまでに対立図式が見られることはないはずです。

 そうした対立や問題が起こる条件・構造は,科学の本質と深く関係しています。そこを深く理解すれば,不毛な対立構図が解消されるとまでいかなくとも,現状よりいくぶんかはマシになると僕は思います。

 「本質」というと難解なものと思われるかもしれませんが,本来,物事の本質(エッセンス)というのはシンプルなものであり,きちんと考えれば誰もが了解できるものであり,それゆえ「言われてみれば当たり前」と感じられるようなものなのです。そうした視点から,本連載では量的・質的といった分類を超えた,あらゆる研究営為に共通する原理的な方法論,ひいては科学性を明らかにしたいと思います。そのように明示された「思考の様式」は,テーマや対象に関わらず有効に機能するツールとして,あなたの研究活動にとても役立つものとなるでしょう。

 「そんな大風呂敷を広げて大丈夫?」と思われるかもしれませんが,実はその大風呂敷をまとめることを可能にする「魔法」があるのです。その「魔法」とは,この連載の通奏低音をなす「構造構成主義」です。

構造構成主義という視点

 構造構成主義とは「信念対立を巧みに回避しつつ,さまざまな理論や方法論を駆使し,科学性を担保することを可能とするメタ理論」です(註1)。……意味不明ですね(笑)。今はそれで構いません。本連載が終了するころには理論の枠組みをご理解いただけることと思いますので,今は何となく,上記の定義を頭に入れつつ,連載を読み進めていただければよいと思います。

 「構造構成主義」というメタ理論は,看護現場,看護研究といった複雑なフィールドにおいて迷路に入り込んでしまうことを避ける,いわばコンパスのような役割を果たすツールです。さしあたり,この連載では看護をメインフィールドとして論じますが,僕が専門とする心理学を含め,ここで扱う「研究以前のモンダイ」はあらゆる領域の研究者にとって共通するものなのです。したがって領域横断的に適用できるメタ理論である構造構成主義は,さまざまな立場の研究者にとって有用なものになりうると自負しています(註2)。

 とはいえ,もとより本連載が読者の皆様にとって役に立つものかどうかの判断は読者の皆様に委ねられています。次回は「方法とは何か」についてお話いたしますので,それをお読みいただいてから,次回以降も読み続けるか,読み飛ばすかを決める指標にしていただくのもよいでしょう。

(つづく)

註1)構造構成主義:著者が体系化した超メタ理論。最先端の思想的枠組みであり,認識論であり,科学論でもある。その思想的系譜から各種概念などの詳細は『構造構成主義とは何か』(西條剛央,北大路書房,2005)をご参照ください。
註2)科学性の本質についての共通認識がないことによって,量的・質的といった表層的な研究手法の違いに振り回されるという問題構造は医療界全般に言えることです。人間科学的医学を提唱されている医師の斎藤清二氏(富山大)や,本紙2680号に登場した京極真氏(社会医学技術学院)は,各医療領域でのこうした根本問題を解消すべく精力的に活動されています。


西條剛央
2004年,早稲田大学人間科学研究科博士号取得後,現職。養育者と子どもの「抱っこ」研究と並行して,新しい超メタ理論である構造構成主義の体系化,応用,普及を行っている。著書に『構造構成主義とは何か』『科学の剣 哲学の魔法』(北大路書房)など。2007年3月から学術誌『構造構成主義研究』を公刊。

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