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医学界新聞プラス
SFの世界が現実に!? 人工冬眠が変える医療のミライ
砂川 玄志郎氏に聞く
インタビュー 砂川 玄志郎
2025.01.14

木々がすっかり葉を落とし,冷たい風が冬の訪れを知らせる頃。寒さと食糧不足をしのぐため,やがて来る春に向けて動物たちが深い眠りにつく――。
「冬眠」と聞けば誰もがこうした情景を想起するでしょう。しかし,動物たちが「なぜ」「どうやって」冬眠に至るのかは,いまだわかっていません。そうした状況下,冬眠の謎を解明し,ヒトの冬眠を人工的に実現しようとする研究が世界中で進んでいます。
今回『医学界新聞プラス』では,冬眠研究において国内のトップランナーである砂川氏にインタビューを実施し,人工冬眠が医療,ひいては人類にもたらす限りない可能性について伺いました。
冬眠とは生命の「省エネ状態」
――そもそもですが,冬眠とはどのような状態を指すのでしょうか。
砂川 現時点では,冬眠の明確な定義はありません。冬眠する動物は何十種類も存在し,代表的なところではクマやハムスターが有名です。しかし冬眠時の体温や代謝状態,体温の落ち方のパターンが動物によって全く異なることから,冬眠状態について抜けや漏れのない表現をすることは難しいのです。ただしどの冬眠動物に関しても共通して言えることがあります。それは,冬眠することでエネルギーの節約をしているということです。
エネルギーを節約すると摂食量が少なく済むし,使う酸素の量も減ります。ですから自然界で冬眠する動物は多くの場合,特定の時期に食べ物が環境に乏しくなってしまう動物です。また特定の時期に冬眠する以外のパターンとしては,1日の中の一定時間冬眠状態になる動物がいます。このパターンは冬眠ではなく日内休眠と言います。彼らは,昼と比べて気温が低くなり,体温維持のためにより多くのエネルギーを必要とする夜に備えるべく,日中に冬眠状態となることでエネルギーを節約しているのです。これらを踏まえ「冬眠とは何か」との問いにわかりやすく答えるのであれば,数時間~数日間にかけて続く「生命活動の省エネ化」といった回答になると思います。
――冬眠と言えば低体温の状態が続くイメージが強いです。それも「省エネ」機能の一つということでしょうか。
砂川 実は,冬眠と体温には因果関係が認められず,体温の低下はあくまでも冬眠状態の結果に過ぎないというのが,冬眠研究者の間で広く受け入れられている考え方です。例えば冬眠する動物を人為的に冷やしても,彼らは冬眠しません。 何らかの方法で冬眠状態になって初めて体温が落ちてくるのです。外部から冷やして体温を下げるもしくは一定に保つことが十分条件である体温管理療法と人工冬眠は,この点が根本的に異なります。
冬眠研究を大きく前進させたQIH発見
――砂川先生の研究チームでは2020年に,マウスを低代謝状態に誘導する神経回路であるQ神経(Quiescence-inducing neurons:休眠誘導神経)の発見を論文として発表されました1)。この発見について詳しく伺えますか。
砂川 私たちはQ神経の刺激により発生する低代謝状態をQIH(Q neurons–induced hypometabolism:Q神経誘導性低代謝)と命名し,2020年の論文内では「冬眠様状態」と表現しました(図)。本来冬眠しない動物であるはずのマウスを冬眠様状態に誘導できるようになったこと自体が大きな前進でしたし,自然界で年に1回程度しか生じない冬眠を任意のタイミングで発生させられるようになったことには極めて大きなインパクトがありました。実験対象としてのリソースが充実しているマウスで実験・観察が可能になった点も意義が大きかったと言えます。

提供:理化学研究所
――冬眠「様」と表現されていますが,QIHと冬眠は厳密には異なる状態なのですか。
砂川 研究が進むにつれて,本来の冬眠とQIHは全く別物であることがわかってきました。例えば代謝・体温の低下のように定性的な部分でQIHは冬眠と似通っていますが,実際の低下度合いや持続時間など定量面では冬眠と異なっています。
その一方で,QIHと本来の冬眠が別物だとしても,ヒトへの応用を考えたときに,自然界と同様の冬眠を再現する必要があるのかは別問題としてとらえるべきです。例えば人間の代謝を安全に半分程度にまで抑えられるだけでも医療面では十分すぎるメリットがありますから,冬眠動物のように代謝が数%まで落ちなければ意味がない,ということは決してありません。
――QIHの発表から5年ほどが経過しました。人工冬眠の研究は現在どのような状況にあるのか教えてください。
砂川 QIHをヒトで起こすための研究を進めているのはもちろんですが,私たちのラボで特に重点を置いているのは,冬眠が生体に及ぼす影響の調査です。具体的には,さまざまな病気を持ったマウスに対してQIHを発動したときに,その病気が良くなるのか,悪くなるのか,あるいは変わらないのかを調べる研究です2)。 これは人工冬眠を実現するためというよりも,「人工冬眠の研究をするための根拠づくり」を目的とした研究と言えます。仮に人工冬眠が実現できても,それによって老化が進んだり,病気が深刻化したりといった効果が出てしまっては元も子もありませんから。
小児科医から冬眠研究の道へ
――砂川先生ご自身のお話も伺っていきたいと思います。冬眠の研究者になる前は,臨床医をされていたそうですね。
砂川 もともと子どもに関連した仕事をしたいとの思いがあったので,医学部卒業後は小児科医の道に進みました。大阪赤十字病院で救急科を含め3年ほど勤務したのち,2004年からは後期レジデントとして国立成育医療センター(当時)に採用されました。同センターには全国から重症の小児患者が集まっており高度な治療が提供される一方で,どれだけ手を尽くしても現代の医療水準では救うことができずに亡くなってしまう子どもも多く目にしました。医師としてのやりがいは感じつつも,そうした医療の限界にどこか悶々とした思いを抱えながら過ごしていたのです。
――医師として働く中,冬眠研究に進むきっかけは何だったのでしょう。
砂川 国立成育医療センターに勤務し始めて1年ほど経過した2005年のある時,医局に置いてあった『Nature』誌で,冬眠するキツネザル(フトオコビトキツネザル)を発見した論文3)を目にしました。当時は冬眠にそれほど興味がなかったので何となく手に取っただけだったのですが,読み進めていくと,普段はヒトと同じく36~37度であるキツネザルの体温が,冬眠時は22~23度まで落ちることを示すグラフが載っていて,驚愕しました。それと同時に,同じ哺乳類,しかも霊長類なのだからヒトも冬眠できるかもしれない。ヒトの冬眠が実現すれば多くの命を救えるかもしれないとの思いを抱きました。その日のうちに冬眠研究の道に進むことを考え始め,翌2006年には大学院に進学しました。
人工冬眠は医療をどう変えるのか
――人工冬眠と聞くとSF映画に出てくるコールドスリープのようなイメージが浮かぶものの,身近な医療との関連性は想起しにくいように感じます。先生は冬眠のどのような部分に,医療にとっての可能性を感じたのでしょうか。
砂川 重症の病気や瀕死の状態は,基本的には必要なエネルギーを体の隅々まで送り届けられない状態であることが大半です。例えば血圧異常を来す疾患や心不全,肺炎などは,結局は末梢部や臓器に酸素や養分を送り届けられなくなるから重病なのです。これらに対して,今の医療では麻酔を駆使しつつ酸素供給の維持や循環管理の維持など,本来の需要に見合う十分な「供給」を行うことで対処しています。
先ほども触れたように冬眠時の生物は省エネ状態にありますから,必要なエネルギーの絶対量が減っていると換言できます。ですから少ないエネルギーで問題なく生命を維持できる人工的な冬眠技術が実現すれば,供給ではなくそもそもの「需要」を下げることで重症期を乗り越えたり,病気の進行を遅らせたりすることができるのではないかと考えました。
――「需要」を下げることで救えるようになる命があると。
砂川 小児患者を例に挙げると,子どもの場合は大人と比べて既往歴がほとんどなく,自然回復力も高いですので,「今,この重症化の危機さえ乗り越えられれば何十年も生きられる」という状況が数多くあります。人工冬眠のように,峠を越えるための時間稼ぎ,あるいは治療の最後の一押しとして使える技術があれば,救える命が増えるはずです。
――「時間を稼ぐ」という意味では,重症患者だけでなく救急医療への活用も期待ができそうです。
砂川 その通りです。救急搬送が必要な患者は基本的に何らかの理由で必要なエネルギーの供給が絶たれている状態で,いかに早く病院へ運ぶかが生死を分けます。いわば時間との勝負です。人工冬眠技術があれば,特別な処置をせずともひとまずの生命維持が可能になり,急いで搬送する必要がなくなります。搬送中の死亡や,受け入れ先の病院が見つからずに時間が経過して亡くなってしまう事態も防げるでしょう。
また,低代謝状態を保つことで,救急搬送や手術に必要な酸素や麻酔の量が激減すると考えられます。究極的には麻酔が不要になったり,短時間の手術であれば100%酸素で数回呼吸しただけで事足りるようになったりするかもしれません。患者の負担や医療事故のリスク低減にもつながるので,安全管理の面でもメリットが大きいです。
冬眠によって「攻めの治療」が実現する可能性も
――砂川先生は当初から医療への活用を見越して冬眠の研究をされていますが,研究が進む中で新たに見えてきた応用の可能性もあるのでしょうか。
砂川 重症患者や救急の場面などを想定した活用は,自然界の冬眠と同様に人間の「全身」を冬眠させることを念頭に置いていました。けれども研究を進める中で,特定の臓器や身体の一部分など,部分的な人工冬眠の可能性にも注目するようになっています。一部分だけの冬眠であれば実現のハードルも多少は下がるかもしれませんので,研究を進めているところです。これが実現すれば,冬眠そのものを疾患の治療に活用できるかもしれないとの感触があります。
――どういうことでしょう。
砂川 疾患の中には,病勢が強過ぎるために治療が施せない・治療しきれないものが存在しています。例えばがんは,抗がん薬などの治療効果を上回るペースでがん細胞が増えてしまう場合は根治が難しいです。しかし,がん化した細胞だけを冬眠させることができれば,増殖を抑えて一気に根治することが可能になるかもしれません。前述のような治療までの時間稼ぎや治らない病気の先送りといった使い方だけではなく,冬眠によって病気自体の勢いを落とす「攻めの治療」ができるとなれば,今の医療ではどうにもならない疾患への対抗手段が一気に増えるでしょう。
――お話を伺っていると,人工冬眠が持つ可能性の幅広さに驚かされます。
砂川 そうなんです。人工冬眠は人類にとって計り知れない可能性に満ちています。今日お話ししたような重症患者や救急医療への活用,まだ有効な治療法がない疾患への対策に役立つことはもちろん,代謝をコントロールした「省エネ」状態を突き詰めれば,老化を遅らせることも可能になるかもしれません。実用化のゴールはまだまだ先にありますが,一歩ずつ着実に歩みを進めていきたいと思います。
*
砂川 人工冬眠の実現は,抗菌薬や全身麻酔の発明のように,医療にとって一つのターニングポイントになると信じています。多くの命を救う可能性を秘めた研究ですが,まだまだ協力者が必要です。臨床・研究のバックボーンを問わず,ぜひとも多くの医療者に仲間に加わっていただきたいです。一緒に人工冬眠を実現させましょう。
(了)
参考文献
1)Nature. 2020 [PMID:32528181]
2)JTCVS Open. 2022 [PMID:36590714]
3)Nature. 2004 [PMID:15215852]

砂川 玄志郎(すながわ・げんしろう)氏 理化学研究所生命機能科学研究センター冬眠生物学研究チーム チームリーダー
「人工冬眠が実現したら,まずは自分が第1号の体験者になるつもりです」
2001年京大医学部卒。大阪赤十字病院,国立成育医療センター(当時)に勤務後,10年京大大学院医学研究科博士課程修了。博士(医学)。理化学研究所生命システム研究センター研究員,同研究所生命機能科学研究センター基礎科学特別研究員などを経て,22年より現職。人工冬眠の研究に尽力する傍ら,月に数回ほど現在も小児科医として診察を行っている。著書に『人類冬眠計画』(岩波書店)。
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