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NPO地域共生を支える医療・介護・市民全国ネットワーク第3回全国の集いin 福岡 2024
取材記事
2024.11.28
NPO地域共生を支える医療・介護・市民全国ネットワーク第3回全国の集い in 福岡 2024が11月3~4日,内田直樹大会長(たろうクリニック)のもと,「みんなで考える地域共生」をテーマに中村学園大(福岡市)にて開催された。医学界新聞プラスでは,地域共生を支える医療・介護・市民全国ネットワーク名誉会長である黒岩卓夫氏(医療法人萌気会)と,第3回大会の副大会長を務める伊藤大樹氏(あおばクリニック)による対談が企画された特別講演「大和町が変われば国が変わる ~ポジティブ・ヘルスの源流がここにあった」の模様を報告する。
◆地域医療の第一人者である黒岩卓夫氏の業績とその源流を探る
黒岩氏は,1937年長野県美麻村生まれ。1942年一家で渡満,満州から引き揚げ途中に,弟,妹と死別。姉は北朝鮮に残りそのまま離別,家族は戦争により分断された。東京大学医学部在学中に東大医学部学生自治会委員長として60年安保闘争に参加,北大路秩子氏とデモで知り合い結婚。1962年大学卒業後,東大医科学研究所,青梅市立総合病院を経て,1970年新潟県大和町(現・南魚沼市)の国保診療所に赴任した。1975年に勤務先の国保診療所にて訪問診療を開始,1980年には国保町立ゆきぐに大和総合病院内に,公的病院としてはじめて訪問看護部を開設した。医療・保健・福祉を一体化した手法は「大和方式」と呼ばれ,現代に続く地域包括ケアシステムのモデルとなった。1992年には病院を辞め町長選に立候補したが落選。同年に医療法人萌気会(診療所)を開設した。また,介護保険制度が施行される前の1996年には,古民家を改装して地域高齢者が集う場(通所介護施設のモデル)を提供するなど,さまざまな地域活動を行ってきた。これらの業績を振り返るとともに,黒岩氏をここまで突き動かした源流を探ることが対談のテーマであった。
◆医療・保健・福祉を一体化した「大和方式」はなぜ生まれたのか
「自分にしかできないことをやろう」。こう考えた黒岩氏は,「聴診器一本と樏(かんじき)をはいて」をモットーに,地域医療の実現に向け,地域の関係性を重視した地元主義を重視しながら歩を進めた。地元主義の考えに至った裏には,同氏が診療時に感じた驚きがある。それは,「自分で考えて,自分の健康を守るという意思が地域住民にほとんどなかった」ことだ。こうした課題に対応するため,地元民と共に薬草を勉強して薬草園を整備したり,医療福祉中心の方言集を住民から教わりながら編纂したりするなどの活動を通じて健康意識を高め,共有してきたという。
対談の中で黒岩氏は「在宅ケアを実践していくことも重要だが,それと同時に地域住民の意識を変えるように働きかけていかなければ健康な地域は生まれない」と語り,こうした意識や取り組みを実現できるようになれば地域医療の普及で日本も変わると期待を寄せた。
◆在宅ケアと家の価値
これらの話題を受けて「在宅ケアの価値をどう評価すべきか?」と問いかけた伊藤氏に対して黒岩氏は,①家族性,②地域性,③精神性という評価指標を提案した。
①家族性:居心地,人間関係で安心できる場所かどうか。自宅にいることだけが正解ではなく,関係性を構築した信頼できる人が周りにいるかどうかで判断する。居心地の良さとも言い換えられる。
②地域性:仲間が作りやすい場所かどうか。生育した場所であれば,血縁者,友人がいる。居場所の良さとも言い換えられる。
③精神性:明日を生きるための希望を生み出す場所かどうか。今日1日を生きた満足度とも言い換えられる。
黒岩氏は「生きがい」とも呼べる①~③の項目を総合的に評価することに医療の役割を見いだすとした上で,こうした指標を意識して「いま実践しているケアが最適なのかどうかを医療側・患者側が互いに見直していくべきだろう」と語った。
◆大和町が変われば国が変わる ~ ポジティブ・ヘルスの源流がここにあった
対談の終盤,オランダの家庭医 Huber 氏が2011年に提唱した「ポジティブ・ヘルス」(身体的・精神的・社会的な問題に直面したときに適応し,本人主導で管理する能力としての健康)を伊藤氏が紹介した。ポジティブ・ヘルスは,身体の状態,心の状態,日常の機能,暮らしの質,社会とのつながり,生きがいの6つの軸によって評価され,「これはまさしく黒岩氏が大和町で実践してきた取り組みと重なる」ことを指摘した。
続けて伊藤氏は,「オランダと新潟県大和町でポジティブ・ヘルスが誕生したことは偶然ではなく,その源流にはともに戦争体験と反省があるのではないか。」と指摘した。さらに「聴診器一本と樏をはいて始まった黒岩氏の自己革命は,大和町を変え,国を変えたと言える」と述べる。その理由として氏が挙げたのは歴史的な背景だ。「ドイツやオランダでは,かつて民主主義の中からヒトラーという独裁者を生み出したことに深い反省があり,歴史と徹底的に向き合うことで『自立的当事者意識』(自分で考え自分の意見を持ち,セルフケアと社会・政治参加をすること)が重要と考えられるようになった」ことが紹介された。
さいごに黒岩氏より,「このNPOは戦後日本の医療の歴史的産物です。日本の高度成長で病院が乱立し,医療不信が露わとなった状況に対して,地域住民と共に診療所医療を通して医療への信頼を取り戻すことをめざして生まれました。日本の戦後の医療社会の一層の発展を,改めて心から期待します」と参加者へのメッセージが送られ,対談は幕を閉じた。

黒岩 卓夫(くろいわ・たくお)氏 NPO 地域共生を支える医療・介護・市民全国ネットワーク 名誉会長
1962年ゆきぐに大和病院。東大医科学研究所外科,青梅市立総合病院内科を経て,70年新潟県大和町診療所に赴任。大和医療福祉センター(当時)センター長,市立ゆきぐに大和病院(当時)院長,萌気園浦佐診療所所長を歴任。1995年から2011年まで,当該ネットワークの前身であるNPO 在宅ケアを支える診療所・市民全国ネットワークの代表を務める。
伊藤 大樹(いとう・ひろき)氏 医療法人あおばクリニック 院長/福岡市在宅医療医会会長
1996年 神戸大卒。沖縄県立中部病院で卒後研修ののち,2000年より沖縄県立宮古病院で勤務。03年よりハワイ大学で内科研修を経たのち06年よりシカゴ・ロヨラ大学で循環器科研修を受ける。12年に帰国し,福岡市東区のあおばクリニックにてプライマリ・ケア(外来診療・在宅医療) に従事。
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