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取材記事

2024.08.06

ゴールが決まった瞬間,患者と医療者は一緒に喜びハイタッチを交わした——。新潟県上越市に位置する新潟県立中央病院は,日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)のJ1リーグに所属するアルビレックス新潟と共に,院内でのパブリックビューイング(以下,病院ビューイング)を開催している。医学界新聞プラスでは,6月29日,北海道コンサドーレ札幌vs. アルビレックス新潟戦で5年ぶりに開催された病院ビューイングを取材した。

 

◆サッカー観戦を通じて課題を解決する

病院ビューイングの歴史は熱心なアルビレックス新潟サポーターによる企画から始まった。当初は長期入院する患者にサッカーを見せてあげたいとの思いから,医療者同伴のもと,スタジアムで観戦する取り組みが検討されていた。しかし移動に伴う安全性,同伴する医療者の確保等の問題があり,「病院にスタジアムを持ち込む」と発想を転換。院内の講堂に大型スクリーンを設置してのパブリックビューイングのスタイルを採用し,2014年に新潟大学医歯学総合病院で第1回が開催された。

第1回の構想段階から参画し,自らもアルビレックス新潟サポーターである新潟県立中央病院呼吸器内科診療部長の石田卓士氏に話を聞いた。「企画を中心的に進めていたサポーターから話を伺った当初は,“長期入院してスタジアムへ気軽に行けない患者さんのための取り組み”ととらえていたこともあり,新潟市から100km以上離れた上越市ではアルビレックス新潟への応援文化が浸透しておらず当院では需要がないと判断していました。しかし『病院ビューイングで初めてサッカーを観る人がいてもいい』との考えを企画者から聞き,“サッカーを利用して課題を解決する”という考えに変わったのです。患者さんと医療スタッフが同じ方向を向いて応援することで心の距離が縮まり,またゴールに向かって“一緒”に治療していくという意識を持ってもらえることを期待して開催を決めました」。

病院ビューイングは第1回の開催以降,新潟県立中央病院を含む県内7つの病院で実施されてきたが,コロナ禍により2020年以降は開催の見送りを余儀なくされていた。5年ぶりの再開となった今回は,試合の前後半で参加者を入れ替える2部制を敷くなど,一度に集まる人数を減らす感染症対策を講じた上で実施に至った。

 

◆患者と医療者の距離を縮めるための病院ビューイング

実施当日は会場の準備から始まる。100人ほどを収容できる講堂に,向かい合わせに配置した長机2台と椅子6脚とを1つの単位にして,複数組をセッティングしていく。長机の配置は,参加者間の距離を一定に保つ感染症対策としての一面に加え,参加者が向かい合わせに座ることでコミュニケーションの促進にもポジティブな効果を発揮する。また,車いす利用の患者を想定し,入口付近にフリースペースを予め用意しておくこともポイントだ()。

会場の準備が整うと,キックオフ45分前からスタッフミーティングが開始される。今回参加したスタッフは総勢32人。内訳は,医師9人(うち5人が研修医),看護師15人(各病棟から1人),理学療法士ほかメディカルスタッフ5人,事務員3人である。2チームに分かれ,各チームのリーダーを中心に,どの病棟の患者から声を掛けていくか,といった打ち合わせが行われた(写真1)。声掛け対象となる患者は,安静度が「院内フリー」もしくは主治医が許可した方のうち,開催日前日に性格等も含めた患者情報を勘案して各病棟の師長が声を掛けても良いと判断した方とした。

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図 会場のセッティング

100人ほどを収容できる講堂に椅子6脚と長机2台を1つの単位にして,複数組セッティングをし,患者とスタッフが交互に座るようにする。

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写真1 スタッフによる事前ミーティングの様子

ミーティング終了後,スタッフたちが病棟へ繰り出し,リストアップされた患者に声をかけていく。院内の各所に掲示したポスター(写真2)を見て事前に参加したいと表明した患者は数人であったものの,「下の講堂に皆で集まって大きな画面でサッカーを観ませんか?」と試合開始直前に改めて案内をして回ると,「声をかけてもらえてうれしかったから参加した」(写真3)と笑顔で語る患者も数多くおり,事前の希望者数を大きく上回り合計で44人が参加する規模のイベントとなった(写真4)。

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写真2 院内に掲示されていた病院ビューイング告知ポスター
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写真3 アルビレックス新潟のマスコットである「アルビくん」が病室を訪れて病院ビューイングの案内をする様子[画像提供:アルビレックス新潟]

参加が難しくても,マスコットと一緒に写真を撮って思い出をつくる方も多数存在した。

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写真4 病院ビューイングの実施風景

キックオフの時間になると,会場に患者が続々と集まり,スタッフと交互に座って観戦を始めた()。これは,患者の異変をすぐに察知できるようにするだけでなく,「患者さんとスタッフの距離を縮める」との目的にもかなう工夫だと石田氏は話す(写真5)。実際に「患者さんとは病気のことしか話すことがなかったけれど,それ以外の話題で話が膨らんだ」「患者さんが普段見せない一面を知ることができた。日々のケアに生かしていきたい」と,参加した看護師らは実施の意義を語った。後半7分にアルビレックス新潟・谷口海斗選手がゴールを決めた瞬間にはグータッチをして喜びを分かち合う姿も見られた。試合はそのまま1-0でアルビレックス新潟が勝利を収め,講堂内は歓喜に沸いた(写真6)。

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写真5 患者と隣り合って座りながら試合を観戦する看護師
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写真6 アルビレックス新潟が得点を決め,病院の講堂が歓喜に沸いた様子(石田氏提供)

 

◆院内での運営体制やJリーグクラブとの連携ノウハウを途切れさせない

本取り組みを通じて患者・医療者双方が治療に対する意識を高められる一方で,実施に当たってはいくつかの課題が存在する。その一つがノウハウの継承問題である。背景にあるのは県立病院ならではの定期的な人事異動制度だ。過去に新潟県下で病院ビューイングを実施した数施設は,担当者の異動により運営のノウハウが失われた後,病院ビューイングを実施できずにいる。新潟県立中央病院では運営マニュアルを作成し,患者サービス向上委員会の行事として事務方職員や委員会メンバーを中心に継続的な運営がなされていたものの,コロナ禍により中断した5年間に,実施経験のある職員が全員異動してしまった。今回は石田氏が中心となり開催に漕ぎつけたが,今後継続的に病院ビューイング実施するには「より簡便なマニュアルと定期的な話し合いが必要だ」と石田氏は訴える。

また,開催コストの問題が障壁として常につきまとう。パブリックビューイングの実施に当たっては映像使用料を支払う必要があるためだ。今回は,アルビレックス新潟の「スマイルプロジェクト」を通じて地元企業等から集められた協賛金によって成立している。つまり,開催にはJリーグやクラブ,地元企業等の協力も欠かせない。さらに,患者の食事や就寝のスケジュールの考慮,およびアルビレックス新潟のスタッフの協力を仰ぐ必要があるため,日中に開催されるアウェイゲームが開催に当たっての前提となる。それゆえ年間2試合程度が病院ビューイングを実施できる上限となることが,現状の課題と言えるだろう。

 

◆病院を地域住民が気軽に集まれる場所に

病院ビューイング実施後に行った参加者アンケートでは,患者から「大勢の人と観戦できてよかった」「病気を忘れて楽しめた」との回答があり,現場で楽しい時間を過ごしてもらうという目標は達成されたと言える。また後日,理学療法士より「自分たちが励ましてもなかなかリハビリが進まなかった患者さんが,病院ビューイングに参加した後から急にリハビリに前向きに励むようになり,保護具を外すまでに回復した」との報告もあったと石田氏は語る。病院ビューイングの効果は,その後の入院生活にも良い影響をもたらす可能性もあるだろう。

病院ビューイングのメリットは患者だけにとどまらない。スタッフとして参加した看護師からは,「普段一緒に仕事をすることのない別病棟の看護師と共に観戦することで横のつながりが生まれた」など,医療スタッフにとっても有意義な時間であったことがうかがえる(写真7)。石田氏も,「患者さんとの接し方も普段と比べて変わっていた。得点や勝利後にハイタッチする姿は病棟で見られない光景なので開催してよかった」と振り返り,「皆で地元のチームを応援することが当たり前になり,試合のある日は自然と各病棟のロビーに人が集まって,共に喜んだり悔しがったりできる雰囲気にしたいですね。ゆくゆくは,病気の有無にかかわらずアクセスの問題等で気軽にスタジアムへ行けない地域の人が『今日は病院で観戦しよう』と集まり,病院に来たことで自身の健康に興味・関心を抱けるような仕掛けができたら幸せに思います。まずはコロナ禍前のように複数の病院で開催できるようになるのが目標です」と今後の病院ビューイングがめざす理想を語った。

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写真7 病院ビューイングに携わった医療スタッフたち(石田氏提供)

今回紹介した病院ビューイングは,ホームタウン活動として地域に密着した活動の推進を掲げるJリーグの取り組みに合致しており,アルビレックス新潟以外のJリーグクラブでも実現する可能性は十分にある。実際,これまでにも新潟の事例を参考にカターレ富山でも実施されたほか,取材当日も病院ビューイングを視察しに訪れるクラブスタッフの姿が見られた。今後日本全国で同様の取り組みが展開されていくことが期待される。

取材を通して,患者・医療スタッフ共に笑顔がみられたことが印象的で,“一緒に治療していく”という意識を持つきっかけづくりに大いに貢献しているように見えました。 病院ビューイングの実施を検討されている医療機関の方は,石田卓士氏(X ID:@takashi5868,メールアドレス:taka5868w[@]gmail.com)にご相談をお願いします。なお,当日の様子はアルビレックス新潟の公式YouTubeチャンネルでも公開されています。ぜひご覧ください。