精神医学 Vol.67 No.11
2025年 11月号
特集 健康生成の考え方とサルトグラフィ 精神医学・医療を補完する新しいアプローチ
| ISSN | 0488-1281 |
|---|---|
| 定価 | 3,080円 (本体2,800円+税) |
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特集にあたって
田中伸一郎(東京藝術大学保健管理センター)
アントノフスキーが提唱した健康生成論(salutogenesis)の傘下には,さまざまな概念が含まれている。みなさんも,レジリエンス,ストレングス,自己効力感,エンパワメント,首尾一貫感覚(SOC),ポリヴェーガル理論などの言葉は目にしたことがあるだろう。しかし,これらの健康生成的な考え方がどういったものなのか,よく知らないという人も多いかもしれない。あるいは,例えば,レジリエンスとはいわゆる回復力や自己治癒力の意味であることを知っていたとしても,このレジリエンス概念を,一体どうやって臨床の場面に応用したらよいのか,わからないという人も少なくないのではなかろうか。
そうした「健康生成の考え方ってどういうものか?」「レジリエンスの臨床応用ってどうすればよいのか?」などの疑問に答えるために,本特集を企画した。
前半では,健康生成的な考え方のうち,レジリエンス,ストレングス,SOC,ポリヴェーガル理論の基礎的な内容について,精神科医以外にも,精神科臨床と連携しているメンタルヘルス・サービスの領域で活躍している公認心理師に紹介していただいた。また,後半では,健康生成の考え方の精神科臨床への応用に向けて,精神医学のマイナー領域である病跡学(パトグラフィ)において近年注目されている,健康生成的(salutogenic)な病跡学,すなわち,サルトグラフィ(salutography)の諸研究を紹介していただいた。なお,本特集では,それぞれの立場から,健康生成の考え方からみる精神科臨床(心理臨床)についても触れるよう依頼したので,上述の疑問への答えが得られるのではないかと期待している。
さて,サルトグラフィは新しい分野であるため,少しだけ補足する。サルトグラフィという言葉は,saluto-(健康の)graphy(記録法)を意味する造語であり,英語では「サリュート」と発音するのが正確なのかもしれないが,ラテン語で「サルト」としている。具体的にサルトグラフィは,旧来の病跡学(パトグラフィ)が傑出した人物(例えば,夏目漱石,フィンセント・ファン・ゴッホ,エドヴァルド・ムンク)を対象として伝記や評伝,作品,残された日記や手紙などの資料を手がかりとして精神科診断を試みるものであったのと対比され,たとえ同じ対象を扱うにしても,診断や精神病理・精神力動の解明よりも〈どのように健康が影響して創造的な活動が行われたのか?〉ということに注目する新しいアプローチである。わかりやすく言うと,サルトグラフィは,対象となる人物に対して,健康生成の考え方を応用し,いかにしてそのような言動がなされたのか,いかにして創造性が発揮されたのか,などについてのポジティブな意味を探索するものである。
世界各国では,とりわけ英国を中心として,精神医学・精神医療モデルの補完,ひいては代替として,PTM(power threat meaning)フレームワークなどの新しいメンタルヘルス・サービスモデルが提出されている。すなわち,精神医学・精神医療の裾野を広げるため,利用者たちが抱えるメンタルヘルスの課題を直ちに医療化(例えば,診断による病名のラベリング,ガイドラインに沿った薬物療法の開始など)してしまうのではなく,健康生成の考え方を用いて語りなおすという新たな枠組み(フレームワーク)による臨床実践がスタートしているのである。本特集の各論文から「健康生成の考え方とサルトグラフィ」のエッセンスを学び知ることによって,21世紀の精神医学・精神医療が置かれている新局面の一端について考える機会になればと願っている。
収録内容
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医書.jpにて、収録内容の記事単位で購入することも可能です。
価格については医書.jpをご覧ください。
特集 健康生成の考え方とサルトグラフィ──精神医学・医療を補完する新しいアプローチ
企画:田中 伸一郎
特集にあたって
田中 伸一郎
健康生成の考え方を臨床応用するための演習としてのサルトグラフィ
田中 伸一郎
精神科臨床からみる健康生成──3つの「健康症候群」として記述する試み
杉林 稔
主体性と回復を捉え直すレジリエンス概念
平野 真理
ストレングスモデル──当事者のリカバリーを目指した伴走型支援
萱間 真美
首尾一貫感覚(SOC)──健康生成の要となる概念の理解と精神保健医療への応用
石塚 真美・他
ポリヴェーガル理論とサルトグラフィ──安全と健康をソマティックな視点から考える
花丘 ちぐさ
漱石『坑夫』を健康生成的に読む
田中 伸一郎
坂口恭平のサルトグラフィ──精神科臨床で健康生成的に考えるために
斎藤 環
フランツ・リストの病跡素描──栄光のなかでの孤独と調性回避
小林 聡幸
当事者批評が拓くフロンティア
横道 誠
〈column〉 サルトグラフィは相互作用,共同創造である──ピアサポートの立場から
稲垣 麻里子
〈column〉 ギフテッド研究に差し込むサルトグラフィの光──親の会の立場から
樋口 優子・他
●研究と報告
パニック症の臨床診断がなされた自験例120症例の再評価
髙橋 三郎・他
うつ病入院患者を対象としたモジュール型集団心理教育プログラムの再入院予防効果の検討──Target Trial Emulationを用いて
浅岡 聡・他




