精神医学 Vol.67 No.12
2025年 12月号
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特集にあたって
福田正人(群馬大学名誉教授/本誌編集委員)
「知・情・意」は,人の精神機能についての古くからの見方である。「情」と「意」について,精神医学は深い洞察を積み重ねてきているが,「知」についてはどうだろうか。いちど獲得された機能の衰えである認知症については,診療も研究も進歩が著しいのに比して,その獲得の困難である知的発達症については,精神医学としての検討は乏しい。「知的障害は,小児科では身体疾患の併存に,精神科では併存する精神疾患に主眼が置かれ,知的機能の支援は教育・心理・福祉機関に委ねられていたため,医学分野での研究や支援は検討されてこなかった」(本特集の古荘論文)。
知的発達症があると,「ストレス因に遭遇しやすく適切に対処しにくくかつ反応しやすい」(金生論文)ことについて,精神医学はどこまで理解を深めてきただろうか。「コミュニケーションについての合理的配慮,意思決定支援,意思形成支援」(會田論文)という視点を,精神医学はもてていただろうか。「強度行動障害者については,基本的な生命や心身の健康すら守れていない現実」(志賀論文)への貢献はあっただろうか。
近年,知的発達症について3つの新しい展開がある。
第一は,その概念の発展である。知的発達症を,知能指数(IQ)で評価する「知的機能」と日常生活活動における機能レベルとしての「適応機能」の両者に基づいて捉えるようになってきている。「行動指標を補助的に示し,IQ依存から脱却し支援ニーズの把握を重視する」(内山論文)という,知能の2つの側面を統合して知的発達症を理解する考え方である。
第二は,「境界知能」への注目である。言語機能が比較的高いなどのために,本人も周囲も知的発達症としての側面に気づかずに育ち,成長してから生活に困難を抱えたり精神症状を呈したりすることがある。「軽度知的障害や境界知能は一見して困難さがわかりにくい。当事者や家族はその困難さを,愛着や情緒,身体不調などとして訴え,医療者などの支援者も,知的機能の評価や支援を見落としてきた」(古荘論文)ことがようやく認識されるようになった。
第三は,知的発達症をもつ当事者自身による発信である。当事者が,言葉とともに独特の感性に基づく芸術などを通して積極的に情報発信し,それが社会の啓発へと結びつくようになってきている。「当事者の声が差別や偏見を揺さぶり,政策や社会を動かす。当事者の声は『できない』ではなく『どうすればできるか』を問い,〈中略〉知的障害のある人たちに係る人たちが,一人ひとりの行動やその声に耳を傾け,その人の歴史に共感するとき,誰もが地域で安心して暮らせる未来が拓ける」(林論文)。
そうした動きに先んじる50年近い社会実践を,「社員数96名(うち知的障がい者69名)」の一般企業である日本理化学工業の会長が,『「働く幸せ」の道──知的障がい者に導かれて』(WAVE出版)として紹介したのは,2009年であった。「働く幸せ」を誰もが経験できる社会を,私たちは実現できているだろうか。「就学や就業など生まれてから死ぬまで多くの場面で障害のない人たちから分離された社会に暮らし,恋愛や結婚などのライフイベントから遠ざけられている。それは障害の社会モデルの視点からみると,彼らの問題ではなく,彼らの存在を排除している社会の障害として浮かび上がってくる」(田中論文)。そうした「社会の障害」にも目を向けることが,精神医学には求められている。本特集がその機会のひとつとなることを期待いたします。
収録内容
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特集 成人の知的発達症──精神医学の視点からできる支援
企画:福田 正人
特集にあたって
福田 正人
知的発達症についての新しい考え方
内山 登紀夫
知的障害のある人の声が社会を動かす──できないからではなく,どうすればできるかを
林 淑美
成人の知的発達症の心理特性──ともに生きる者として知っておきたいこと
小川 しおり
知的発達症をもつ人への精神療法・心理社会的治療
會田 千重・他
知的発達症のある人の適応反応症・解離症・強迫症
金生 由紀子
知的発達症をもつ人の統合失調症・気分症
藤平 和吉・他
22q11.2欠失症候群における知的発達症──障害の社会モデルの視点
宇野 晃人
成人の知的発達症における強度行動障害への支援
志賀 利一
精神科と刑務所を行き来する人々──累犯の知的発達症患者に精神科医は何ができるか
青島 多津子
精神医学からみる知能と知的発達症
福田 正人・他
青年および成人の境界知能に関する精神医学
古荘 純一
知的発達症のある人の人生
田中 恵美子
●研究と報告
日本語版保護的・代償的体験(PACEs)尺度の開発──日本における実態調査および信頼性と妥当性の検討
日比 麻記子・他




