事例で学ぶくすりの落とし穴
[第4回] インスリン製剤による正しい血糖コントロール
連載 田﨑 智也,池田 龍二
2020.10.26
事例で学ぶ
くすりの落とし穴
与薬の実践者である看護師は「患者さんを守る最後の砦」です。臨床現場で安全かつ有効な薬物治療を行うために必要な与薬の知識を,一緒に考えていきましょう。
[第4回]インスリン製剤による正しい血糖コントロール
今回の執筆者
田﨑 智也,池田 龍二(宮崎大学病院薬剤部)
監修 柳田 俊彦
(前回よりつづく)
今回は,糖尿病患者さんに対して行われるインスリン療法について紹介します。インスリンの投与は,一般的に患者さん自身によるペン型注射器デバイスを用いた投与がなされますが,適切に操作できていなければ薬の効果が十分に発揮できないため,使用に際しては入念な服薬指導が求められます。患者さんに適切なインスリン注射をしてもらうための確認ポイントを事例とともに見ていきましょう。
入院時,インスリンの針を装着した状態で注射器を持参してきており,インスリンが針先から漏れていた。また,手技を確認したところ,混合型インスリンを懸濁せず,そして空打ちをせず投与し,注入開始後すぐに抜針していることが発覚した。
押さえておきたい基礎知識
慢性的な高血糖状態である糖尿病は,網膜症,腎症,神経障害などの重篤な合併症を引き起こす可能性があります。これらの合併症予防のため,糖尿病患者さんには過去1~2か月間の平均血糖値を反映する指標であるHbA1cを7.0%未満とすることが求められており1),その治療法としてインスリン投与が検討されます。
インスリン分泌パターンには,1)1日中食事に関係なく一定量分泌される基礎分泌,2)食事で急激に上昇する血糖値に対応するための追加分泌の2つがあります(図)2)。糖尿病患者はこれらの分泌が少ないことで高血糖となるため,インスリン注射によって不足分の基礎分泌や追加分泌を補充しているのです。一方で,投与タイミング,効果発現時間,最大効果発現時間はインスリン製剤によってさまざまであり,患者さんの血糖変動に合わせた選択がなされる必要があります(表)。服薬指導の際にはぜひ参考にしてください。
図 血中インスリン濃度の変化(文献2より一部改変)(クリックで拡大) |
表 インスリン製剤の種類と特徴(著者ら作成) (クリックで拡大) |
こんなところに落とし穴
インスリン投与においては,①注射器,製剤の取り扱い,②注射部位,③薬剤選択の落とし穴が存在します。順を追って確認していきましょう。
◆注射器,製剤の取り扱い
今回の事例でまず注目すべきは患者さんによる注射器の取り扱いです。インスリン製剤は使用直前の針セットが必須ですが,入院時,患者さんは針を装着した状態で注射器を持参していました。針を装着した状態で温度変化が起きてしまうと,カートリッジ内圧の変化によって薬液の漏れや気泡形成が起こり得ます。特に混合型インスリンの場合,無色透明な液体である超速効型成分と,白色結晶性の中間型成分が一定の割合で封入されているために,薬液が漏れると成分比が変わり,適切な効果が発揮できなくなる恐れがあります3)。また,混合型インスリンは,保管時に超速効型成分と中間型成分が分離しているため,使用前に混和せずに投与すると安定した効果を発揮できなくなります3)。
空打ちをせずに投与している点も見落とせません。空打ちとは,針の取り付け時にインスリンカートリッジ内の気泡を抜き,針先をインスリンで満たす作業のことで,正確なインスリン量を投与するために必須のステップです。針先からインスリンが出てくるかの確認は,デバイスが故障していないか,針を正しく装着できているかのチェックも兼ねています4)。さらに,注入開始後すぐに抜針している点にも注意が必要です。すぐに抜針すると過少投与につながるため,注入完了より長い時間(約10秒間)しっかり数えて抜針するよう伝えましょう。
◆注射部位
注射部位によってインスリンの吸収速度が異なることはご存じでしょうか。インスリンの血中への吸収速度は,腹部が早く,大腿部が遅いため,安定した血糖コントロールには基本的に注射部位の固定が必要となります。ただし,同一箇所にインスリンを注射すると,インスリンボールと呼ばれるしこりが形成されることには注意すべきです。これは,インスリン由来のアミロイド沈着や,インスリンの脂肪細胞分化促進が原因とされており,インスリンボールに注射した場合,インスリンの吸収性が低下し,血糖コントロールが不良となります。注射時に痛みを感じないことから,患者さんはこのしこりに注射してしまうことが多いため5),下記のように留意点を具体的に説明してみましょう。
◆薬剤選択
治療方針により使用製剤が変更された場合,インスリンの投与タイミングが変わることがあります。特に新規超速効型インスリンは「食事開始前2分以内または食事開始後20分以内に投与」という従来の製剤とは大きく異なる投与タイミングです。現場での認知度もいまだ低く,切り替え時の与薬ミスに留意が必要です(表)。
今回のまとめ
インスリン製剤は,準備から投与まで多数のステップを正確に実施することで正しい薬効を発揮します。投与中の患者の血糖コントロールが悪い時は,適切に操作できているかの確認がまず重要です。ただし,手技是正により指示通りのインスリンが投与されるようになると,急激にコントロールが改善し低血糖になる可能性もあります。血糖値の推移を見ながら慎重に投与量の再設定を行う必要があることも押さえておきたいポイントの一つです。患者さんに最も近い存在である看護師が,与薬のエキスパートとして落とし穴に気付き,適正使用につなげることが重要でしょう。
(つづく)
◆参考文献
1)日本糖尿病学会(編).糖尿病治療ガイド2020-2021.文光堂;2020.
2)吉岡充弘,他.系統看護学講座専門基礎分野 薬理学.医学書院;2018:p250.
3)西村博之,他.インスリン製剤のリスクマネジメント.薬事.2013;55(2):212-8.
4)中野玲子.インスリン療法とその管理の基本――自己注射時のピットフォール 手技説明のツボを押さえる.薬局.2008;59(3):396-9.
5)矢部沙織,他.インスリン注射部位におけるインスリン由来アミロイドーシスにより著しい血糖コントロール悪化を認めた1例.糖尿病.2015;58(1):34-40.
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