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第3358号 2020年2月10日


【FAQ】

患者や医療者のFAQ(Frequently Asked Questions;頻繁に尋ねられる質問)に,その領域のエキスパートが答えます。

今回のテーマ
患者の違法薬物使用を知ったとき,どうする?

【今回の回答者】
松本 俊彦
(国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所 薬物依存研究部 部長)
杉山 直也(沼津中央病院 院長/日本精神科救急学会理事長)


 患者が違法薬物を使用していることを知った場合,医療者はどう対応をすると法令違反になり,さらに,どう対応することが患者の健康増進に役立つのでしょうか?

 2019~20年厚生労働科学研究班「精神科救急および急性期医療の質向上に関する政策研究」(研究代表者=杉山直也)ではこの問題を検討し,対応の在り方に関するガイドラインをまとめました1)。今回,その成果に基づいて回答します。


■FAQ1

救急搬送されてきた患者が違法薬物を使用していることが判明しました。警察に通報すべきでしょうか?

 わが国には,患者の違法薬物の使用に関して,医療者に警察への通報を義務付けた法令は存在しません。ですから,通報しなかったからといって,その医療者が何らかの法令違反に問われることは,原則としてありません。

 一方,守秘義務については留意すべきです。刑法第134条1項では,医師や看護師といった医療職に就く者が「正当な理由がないのに,その業務上取り扱ったことについて知り得た人の秘密を漏らしたときは,六月以下の懲役又は十万円以下の罰金に処する」と規定されています(秘密漏示罪)。医療者としては,まず守秘義務を優先することが本来的といえます。

 もっとも,だからといって医療者は患者の違法薬物使用を告発してはならないわけではありません。最高裁判例2)によると,現に犯罪に当たる行為が存在する以上,守秘義務を放棄する「正当な理由」が存在すると考えられ,この場合には秘密漏示罪は適用されないとしています。

 それでは,その医療者が公的医療機関に勤務し,犯罪告発義務を負っている公務員(もしくは,みなし公務員)であった場合はどうでしょうか? 公務員の医師は,刑法以外にも国家公務員法や地方公務員法によって守秘義務が課されていますが,同時に刑事訴訟法第239条2項によって「公務員の犯罪告発義務」が課されています。

 実は,犯罪告発義務は全ての公務員,全ての状況に対して無条件に課せられているものではありません。たとえ公務員であっても,職務上正当と考えられる理由があれば,守秘義務を優先することは許容されるのです。例えば,医療を本務とする公務員が治療上の必要から患者の犯罪行為を告発しないのは正当な行為となります。実際,薬物依存症患者の診療では,薬物使用そのものが病気の症状ですから,再使用のたびにその都度告発していたら治療になりません。

Answer…公務員であるか否かにかかわらず医療者は,犯罪の告発に関して裁量することが許容されています。医療者として最も望ましいと思う選択をすればよいでしょう。

■FAQ2

患者の違法薬物使用に関して,警察に通報することが望ましい場合はありますか?

 医療者には,患者の健康増進や回復を支援する責務とともに,治療環境を安全に保ち,他の患者の治療を受ける権利を守る責務もあります。

 例えば,他の患者に対する違法薬物の譲渡や販売,使用の勧誘といった行為は明らかに治療環境の安全性を脅かす行為です。違法薬物の影響で興奮し,患者自身や他の患者,あるいは医療スタッフに危害を及ぼす恐れが切迫している場合も同様です。こうした場合には,他者の権利を侵害する恐れがあり,公益上の強い要請があると判断することができ,守秘義務を放棄する正当な理由になり得ます。

Answer…治療環境の安全が脅かされる場合等,医療者が警察に通報すべき状況があります。

■FAQ3

麻薬及び向精神薬取締法(以下,麻向法)では麻薬中毒者の届け出を医師に義務付けていたと思います。これは警察通報とどう違うのですか?

 麻向法第58条の2は,「医師は,診察の結果受診者が麻薬中毒者であると診断したときは,すみやかに(中略)都道府県知事に届け出なければならない」と定めています。この制度で注意してほしいのは次の2点です。1つは,届け出先が警察ではなく都道府県知事(実際には都道府県の保健所,もしくは都道府県薬務課)という点であり,もう1つは,ここでいう「麻薬」には,麻向法の規制対象薬物(モルヒネ,ヘロイン,コカイン,MDMAなど)に加えて大麻やアヘンも含まれる,という点です。

 医師が麻薬中毒者と診断し,届け出をすると,その患者は,麻向法による措置入院(精神保健福祉法の措置入院とは別種のもので,精神病症状や自傷・他害の恐れなどの要件は不要)の要否判断を受けるとともに,環境浄化(薬物入手ルート摘発を行い,患者が薬物を入手できない環境を作る)や監督の対象となります。

 しかし,この制度には2つの問題があります。1つは,麻薬中毒者の定義が現代の精神医学に照らしてあまりにも不明瞭である,ということです。「依存症患者」に近い意味なのかなと推測することはできますがやはり漠然とし過ぎており,最終的には,診断は医師の主観的裁量によらざるを得ません。

 そしてもう1つは,この制度による監督期間が保護観察などの刑事処分と比べてはるかに長期に及ぶ,ということです(十数年~数十年に及びます)。これは,今日の精神保健行政における人権擁護感覚に照らして異常な事態と言わざるを得ず,現代の法制度全般と整合するよう,早急な見直しが必要な部分といえます。

 以上の問題点を踏まえ,ガイドライン1)では暫定的な運用として以下の指針を提案しています。すなわち,麻薬中毒者の診断は,薬物依存症に詳しい精神科医が,治療経過などの情報を含め,総合的に行うべきものであり,精神科以外の診療科,例えばプライマリ・ケアや一般救急医療の現場において,拙速に麻薬中毒者の診断を即断することは控えるべきである,と。

Answer…麻薬中毒者の届け出は,精神科専門医の慎重な総合的判断によることが本来であり,他の診療科での即断は控えるべきです。

■もう一言

 読者の中には,「刑罰を受けたほうが薬物依存症から回復しやすいのではないか」と考える方がもしかするといるかもしれません。しかし,最近の研究3)では,刑務所を出所した覚せい剤乱用者は,刑務所服役期間が長ければ長いほど,そして,刑務所服役回数が多ければ多いほど,再び刑務所に舞い戻る可能性が高いことが明らかにされています。このことは,重症者ほど刑務所に沈殿するという皮肉な現実を物語っています。

 ともあれ,患者の違法薬物使用を通報するか否かに関して,医療者には裁量権があります。そしていずれの選択をするにせよ医療者は,患者に社会資源の情報を提供することだけは怠るべきではありません。もちろん,患者は自らが薬物依存症であることを認めず,情報提供を拒むこともあるでしょう。その場合には,患者のご家族に,精神保健福祉センターの依存症家族相談窓口などの情報を提供すべきです。なぜなら,依存症という病気の特徴は「本人が困るより先に家族が困る」という点にあり,治療はしばしば家族の相談から始まるからです。

参考文献
1)松本俊彦.精神科救急及び急性期医療における薬物乱用および依存症診療の標準化と専門医療連携に関する研究――平成30年度厚生労働科学研究費補助金「精神科救急および急性期医療の質向上に関する政策研究」研究分担研究報告書;2019.131-46.
2)最高裁判所判例集.平成17(あ)202.刑集.2005;59(6):600.
3)Hazama K, Katsuta S. Factors Associated with Drug-Related Recidivism Among Paroled Amphetamine-Type Stimulant Users in Japan. Asian J Criminol. 2019.


まつもと・としひこ氏
1993年佐賀医大(当時)卒。横市大病院精神科助手を経て,2015年より現職。日本精神科救急学会理事,日本アルコール・アディクション医学会理事。著書に『よくわかるSMARPP――あなたにもできる薬物依存者支援』(金剛出版),『薬物依存症』(筑摩書房)など。

すぎやま・なおや氏
1989年群馬大卒。97年横市大大学院修了,博士(医学)。都立松沢病院,横市大病院,米カリフォルニア大サンディエゴ校などを経て,2005~07年横市大病院准教授,07~09年同大市民総合医療センター准教授。11年より現職。日本精神科救急学会理事長,国立精神・神経医療研究センター客員研究員。